図書室のダンジョン【Bパート】
ダンジョンが図書室に出現した。
その攻略はつまるとこと図書室で行方不明のクラスメイト、長谷川栞さんの救出ということだ。
「まぁ引き受けちゃったし、仕方ないか」
やるしかない。
山田先生の言葉にのせられて安請け合いをしてしまったけれど、成績アップのため。
ここがんばるしかない。
放課後になり、いよいよ図書室のダンジョン攻略へと向かおうとすると、クラスメイト女子が話しかけてきた。
「芽歌ちゃーん、帰りコンビニいこー、限定コラボグッズ欲しいんだー」
瀞美さんが話しかけてきた。
あたしと同じ帰宅部の彼女は、いつも気だるい。ナマケモノの生まれ変わりみたいでマイペース。学校がテロリストに占拠されても「おー?」とのんびりして最初に人質になりそうなイメージ。
「ごめんねトロちゃん。今日は先に帰ってて。山田先生に仕事、頼まれちゃってさ」
放課後の教室は好き。部活に行こうと声を掛け合うもの、男女で放課後遊びに行こうとしているグループなど。喧騒のなかにいると、青春って自由だなと感じることができるから。
「先生バンドのチケット売り?」
「そんな仕事は絶対うけねぇわ」
「あはは、だよねー」
カバンを抱き抱える瀞美さん。
「芽歌にしか頼めない! って先生が頭さげるから、仕方なくね」
ふふん、ちょっと気分が良い。机に腰かけて腕組みをするあたし。
なんだかんだいっても、実力を認められているということだし、なんたって御褒美もあるのだから。
「すごいね、がんばってねー」
「うん、じゃぁね」
さてと。気分もアガったことだし図書室へと向かう。
途中、自販機でミネラルウォーターを購入。PDSを発祥し、ダンジョンの奥底でヒキニート状態になっている子は、意識の無いこともある。
そもそも自分がお腹が空いていることも喉が渇いていることもわからないくらい、精神的に疲弊している事が多いからだ。
「先生に経費請求しなきゃ」
騒がしい廊下を抜けて二階へ。吹奏楽部員たちが奏でる管楽器の音が遠くから聞こえてくる。
「図書室……か」
北側の廊下はひんやりしている。たどり着いた図書室の入り口の引戸には『KEEP OUT』の黄色いテープが貼られ『害虫駆除作業中につき立ち入り禁止』の張り紙がしてあった。
図書室のいる口前の廊下には、ひとりの男子生徒が門番みたいに立っていた。腕章をしているので生徒会の人だろう。
「あっ! 蔵堀さんですか」
門番みたいな人が動いた。
「そ、そうですけど……」
「生徒会副会長の壇合です。今日はダンジョンの解放、お願いします」
四角いメガネの先輩は、後輩女子のあたしにも律儀に頭をさげた。
「ま……まぁ、あたしもいろいろ忙しいんですけど、山田先生に頼まれたので」
つい見栄をはってしまう。
普段こういうことがないから、どう反応すべきかわからないのだけど……。
「お忙しいところ無理を言ってしまいすみません。助かります。生徒みんなのためと思って、なにとぞお力をお貸しください」
「い、いいですけど」
実にいい気分。肩で揃えた髪を指先で耳にかきあげる。とはいえ、ここまで先生が用意周到に根回しまで終わっている。となれば、この責任から逃げられないワケか。
「では鍵を開けます」
壇合先輩は緊張しながら図書室の鍵を回し、黄色いテープを剥がした。
ここからはあたしのターン。
ダンジョン攻略だ。扉に手を掛け、
「30分たっても戻らなかったら、学校を爆破してください」
「えっ!?」
「冗談です。じゃ」
あたしは一度言ってみたかったジョークを言えて満足。扉をあけ図書室に足を踏み入れた。
扉を後ろ手に閉めると、途端に音が消えた。
空気が……違う。
静まり返っている。
古い紙とインクの匂い。遮光カーテンで閉ざされた窓の隙間から西日が差し込んで、空気中のチリをキラキラ輝かせている。
「……これが、図書室のダンジョン?」
静かだ。
まぁ図書室なのだから当然か。
いきなりダンジョンオリジナルのモンスターに襲撃される……なんてことはなさそう。
それにしても静かすぎる。
明らかに異質な空気。
静まり返って不気味な空間を見回す。正面に受付カウンター。右側は書棚が規則正しく並んで……いや、明らかにおかしい。
書棚が無限に、果てしなく並んでいる。
「ウチの図書室こんなに広かった!?」
見渡す限り書棚、書棚。まるでコピペした画像みたいに並んでいる。
迷路だ。
書棚が複雑に入り組んで迷宮になっていた。
「なるほど、たしかに図書室のダンジョンね」
慎重に進みながらポケットからスマホを取り出し時刻を確認。今は16時07分。電波は遮断されている。
ダンジョン内ではスマホで動画配信、なんてのができたらいいんだけどダメみたい。
写真を撮ってもノイズだらけ。電子機器が作動しない。だってここは普通の空間とは異なる異空間。PDSを発症した人の心が生み出す迷宮、不思議なダンジョンなのだから。
図書室ダンジョンの主は長谷川 栞。
彼女はいったい何に悩み、この迷宮を生み出してしまったのだろう。
「魔物も……人もいない?」
モンスターの出現しない静かなダンジョン、書棚の森を進んでゆく。
彼女は心から本が好きなのだろう。整然と並んだ本は背表紙がキッチリと揃っていてホコリひとつついていない。
「む?」
突き当たりの小説エリアを右に曲がると古典文学のエリア、左に進むと誰も読まないような百科事典。そしてまた小説のエリア。
「ガチで迷路じゃん……」
魔物が襲ってくるわけもなく、ひたすら迷宮。ある意味いちばんタチが悪いダンジョンだ。
「そうだ!」
書棚をよじのぼって棚の上を歩けばいいんじゃね?
あたし天才かよ。
早速、書棚に足をかけ、ガシガシっと上る。制服のスカートがめくれるのも構わず書棚をよじ登る。
「……よっこら……せ?」
と、空気が変わった。
コソコソ、ヒソヒソとあちこちから声が聞こえ始めた。
照明が明滅し、赤い非常灯のような色合いに変わる。ダンジョンマスター長谷川さんが反応している。
「ぐほっ!?」
突然、ボディに強烈な痛み。
あたしはよじ登りかけていた書棚から転がり落ちた。
「痛ってて、なに!?」
どうやら本が猛スピードで飛び出して、背表紙でボディブローを食らわしてきたらしい。
「本が……襲ってきた」
そして衆の書棚の本が一斉にガタガタと震え始めた。まるで威嚇するように無数の本が前後に出入りを繰り返す。
『……図書館では……』
『……ルールを……守って』
『……お静かに……』
あちこちから声が聞こえてくる。
さすがにヤバイ雰囲気。
「なんか地雷ふんじゃった?」
駆け足でその場を逃げ出す。といってもダンジョンの中、どこまでも声がついてくる。ヒソヒソ、コソコソその声はどんどん増えている。
「怖いッ!?」
声は全ての本棚から聞こえてくる。本たちが囁いているんだ。
「お化け屋敷のアトラクションかよっ」
照明は赤い明滅を繰り返し凶器じみてくる。
静かだったダンジョンが荒れ狂いはじめている。そして目の前にあった書棚がズズズッと移動、今度はあたしの行く手をさえぎった。
「わ、わっ!?」
逃がさないつもり?
ダンジョンマスターは警戒モードから戦闘モードへ移行したらしい。
『……でていって』
『……私の……大切な……場所から』
「長谷川さん! 聞こえる!?」
大声で呼び掛けてみる。
『……図書室から……出ていって……』
書棚が今度はあたしを押し出すように迫ってきた。挟まったら潰されてしまう。左右からドシン! と書棚がサンドッチする。
「あっぶな!」
無限の図書室迷宮を走り、逃げる。
でも構造がつねに変化している。最深部にダンジョンマスターがいるはずなのに、たどり着けない。
「あああ、もうっ! 聞いて! こんなとこに引きこもってたら干からびて死んじゃうよ!」
『……本を……バカにしないで……』
「バカになんてしないよ!?」
『……大好きななのに……私を……放っておいて……』
「わかるわかる! そういうのよーくわかるから」
クラスメイトに本のことをバカにされたのか、あるいは「暗い」「陰キャ」なんて悪口を言われたのか。
きっと長谷川さんは悩んでいたんだ。
悩み、苦しみ、悲しみ。
ダンジョンを生み出すには理由があるんだから。
「あたしが、今からたすけてあげるからっ!」
そのためにあたしが来たんだから。
左右から本がビシバシ飛んで来る。当たると結構痛い。
『嫌い……みんな……放っておいて……』
あああもうっ!
らちがあかない。
悩みすぎて気持ちが内側に向いて、話し合いができないタイプか。
一発ぶん殴らなきゃダメか。
あたしは逃げるのを止めた。
振り返ると恐ろしい勢いで書棚のトラップが押し寄せてくる。あたしを圧殺、あるいはここから追い出すつもりらしい。
「話は、ここを出てから聞いたげる」
身構えて、集中。
ダンジョン免疫獲得者「ガイナス」だけが使える対ダンジョン制圧スキル、発動!
「ダンジョン後と、ブチ壊すよ」
右腕全体に昔、あたしが生み出してしまったダンジョンのイメージをまとわせる。
渦を巻く螺旋、深く、心の奥底へ侵攻する迷宮。右腕に渦巻く光の粒子が、ドリルとして実体化する。
「ずぅりゃぁああああああ!」
奥義、ダンジョンドリルクラッシャー!
『……!? や、やめて……!』
超高速回転するドリル側面に、無数のトゲトゲを生成、押し寄せる書棚を殴り付ける。
激突しスパーク、青白い火花を散らしながら書棚の群れを粉々に砕いてゆく。周囲に木片と、本がバラバラになった紙吹雪が舞う。
「貫通、粉砕ッ!」
回転ドリルは周囲のダンジョンを構成する疑似空間を巻き込み始めた。
『イヤァアアアアア!?』
少女の悲鳴のような轟音、視界のぐにゃりとねじれ、空間ごと渦を巻くように収縮しはじめる。
『……嫌……やめて……』
「やめない! そこから出て来るまで」
空間が捻れ、周囲の書棚も排水溝に吸い込まれるように渦を巻き一転に収縮する。
すでに図書室全体がねじまがり、引きちぎれはじめた。舞う紙吹雪で視界が遮られたかと思うと、不意に図書室は見慣れたいつもの部屋に戻っていた。
「……ふぅ」
静寂が訪れた。
同時にあたしの右腕のドリルも光の粒子となって消えてゆく。
音が戻ってきた。吹奏楽部の音色と野球部の掛け声が、オレンジ色に照らされた図書室の中まで聞こえてくる。
床に何冊か本が落ちているだけで、どこも壊れていない。
ダンジョンが消失し、元に戻ったのだ。
「……ん……」
女子生徒が書棚の間に倒れていた。
駆け寄ると長谷川さんだった。黒髪のきれいな丸メガネのクラスメイト。
「長谷川さん? 生きてる?」
「……あ……うん……ここは?」
「図書室だよ、よかった気がついた」
「わたし……?」
「昨日からずっとここに籠城していたの。ま、詳しい話は署で聞こうか」
あたしは冗談めかして微笑んで、ペットボトルのキャップをあけた。
「あ……ありがとう……」
事情がまだ呑み込めないのか、メガネの奥で目をまたたかせる彼女に手渡す。
後ろで扉が開き、生徒会の壇合先輩が飛び込んできた。
「い、今の地震みたいなのは!? あっ図書室の迷宮が……消えてる」
「解決しましたよ、平和的に」
ダンジョンは解放しました。あたしの拳で、ちょっとパワーごり押しの攻略だったけど……。
頑固なわからずやには、肉体言語で語り合うほうが通じるものだから。
<つづく>