スクールダンジョン研究部へようこそ
◇
ゲーマーズダンジョン事件から数日。
放課後、あたしたちはコンピュータ研修室へ集まった。
黒板には『祝! スクールダンジョン同好会 正式認定☆』と可愛いらしいギャル文字がチョークで書かれている。
この「スクールダンジョン同好会」はコンピ研を「吸収合併」して旗揚げされた。
あたしたちの「居場所」だ。
「同好会……出来てしまった」
あたしは天井を仰いだ。
先日のゲーミングダンジョン攻略後、つい「PDSの同好会みたいな、場所ってあってもいいよなぁ」なんてポロリと口を滑らせたのが運のつき。
山田先生は「いいアイデアだ芽歌!」と諸手をあげて賛成、推してくれることになった。
あとは、あれやこれや……。
栞ちゃんや芽瑠、宮藤ほのかを巻き込んで謎の同好会の旗揚げと相成った。
「オレが顧問をする以上、おまえらは安心して部活に励め! 本気で楽しみ己の信念を貫け! この学園を……大切な日常を護るんだッ!」
山田先生はハスキーヴォイスで一気にまくしたてると、ギュィイインとギターを弾き鳴らした。
青白い松明の揺れる魔王城の中に爆音が響き渡る。
先生は完全にメス悪魔の姿でギターの弦をギンギンに弾いた。
「芽歌、これって部活、同好会の第一回活動……だよね?」
横から芽瑠が小声で尋ねてきた。
芽瑠はダンジョン参謀という肩書らしく、黒い鎧姿であたしの少し後ろに立っていた。
「そうだぞ! あたしは放課後、栞ちゃんたちとダラダラおしゃべりをしながらお茶を飲み、お菓子を食べ、きゃっきゃウフフな青春アニメみたいな、どーでもいい時間を過ごす……! そんな部活を想像していたんだよ!?」
たまらずあたしは立ち上がり叫んだ。
みんなの視線が集まる。
「玉座」にいるあたしに。
なんなんだ、これは?
コンピュータ室内は神無月アルトのPDS能力により、魔王城の玉座の間みたいな内装に変化。
一番奥のあたしの席は一段高くなっていて、赤い革張りの禍々しい椅子と、左右にドリルを模したオブジェが無数に生えている。
あたしが魔王かいっ!
「……御意、迷宮魔王メカ様の思うがまま、世界を改変するのも一興かと」
元コンピ研部長の神無月アルトは魔王軍幹部の魔導師みたいな恰好で、玉座の下にかしずいている。
メガネをキラリと光らせて、ロールプレイ。
完全に役割を演じてやがる……。
てか迷宮魔王とかダッサ。
「今日って、活動内容を決めるって話でしたよね?」
魔女姿の栞ちゃんが手を挙げて小さな声をあげる。
「そのはずだけどなー?」
なんだこの茶番。
神無月のダンジョンに取り込まれてんだ、あたしら。
「あのっ、せめて内装……可愛くしませんか!?」
栞ちゃん、そこじゃないだろ。
「そうそう! もっとキラッキラのアゲアゲになるヤツがいいいっ!」
サキュバス嬢姿の宮藤ほのかが叫ぶ。
「……ちっ。良い出来だと思ったのですが……」
「神無月アルト! オメーまだ懲りてねぇな!?」
あたしは右腕にドリルを励起。
ドギュルルル! と超回転させながら天を突き、空間を捻じ曲げ粉々に打ち砕いた。
「……アアアアッ!? 吾輩の芸術作品がぁああッ」
「なぁにが芸術だ。アンタの趣味で部室を改変すんな! 魔王城とか地獄のダンジョンからいったん離れろ!」
せめて可愛くしろ! ファンシーに。
「……し、仕方ありませんね」
地獄の魔王城じみた内装が溶けるように消え、元のコンピュータ室に戻る。
しかし、コイツ完全にPDS能力を使いこなしてやがるな……。
「はーい、芽歌ちゃん!」
元の制服姿にもどった宮藤ほのかが、教壇に立った。
「宮藤ほのかさん、どうぞ」
「活動内容は楽しくて素敵なダンジョンのことをみんなに知ってもらう……てのでどうかな!?」
教壇の横でウェーィと横ピースに片目ウィンクのキメポーズ。
あたしには絶対に真似できないギャル感全開な彼女は宮藤ほのか。
着くずした制服に短いスカート、髪も程よく金色に染めてある。
あたしが一応声をかけると、面白そう! とふたつ返事で加入してくれた。
中学時代はバスケ部だったらしいけど、高校に入ってからは部活とは無縁で怠惰な生活を送っていた。そんな宮藤ほのかにとっては嬉しい申し出だったらしい。
「いいね、そんな感じでゆるゆるでいこう」
テキトーだけど、同好会代表であるあたしの権限で決定。
運営は同好会副代表の宮藤ほのかにまかせよう。
「芽歌姉ぇ、具体性に乏しい活動内容だけど……」
「うるさいな、それぐらいでいいんだよ」
活動内容を学校に報告しなくてはならない。
ゆえに活動方針はとても大事なのだ。
「素敵、だと思います。みんなに知ってもらう。細かいことは後から考えてもいいんじゃないですか?」
栞ちゃんは静かに本が読める場所と、美味しいお茶があれば満足らしい。
「PDSの情報収集、分析。および『たのしい同好会』の広報、情報戦などは、元コンピ研の我々におまかせください!」
キラッキラの笑顔で宮藤ほのかにひれ伏す神無月。
「うん! よろしくね先輩」
「ヘヘッそりゃもう」
なんだコイツ、デレデレじゃねーか。
元コンピュータ研究会の部長の威厳は無い。
神無月アルトによるパソコン室の私的占有――。
本来なら停学でもおかしくないが、学校側の寛大な処置によりうやむやに。
普段からパソゲー三昧だったことに加え、PDS能力により「意図的に」占拠した事が問題視された。
栞ちゃんや宮藤ほのかのPDSは「偶発的」だが、神無月は自分の意思で悪用いた、という解釈らしい。結果的にパソコン機材と放課後の利用権を『スクールダンジョン同好会』へ委譲した形で幕引きとなった。
「PCは引き続き使えるんだね!」
「よかった作りかけのゲームあるし」
元コンピ研の部員だった芽瑠の隣には夏樹くんもいる。
なんだか妙に気が合う友人らしいけど、栞ちゃんが少し離れた位置からチラチラ二人を観察しては喜んでいる。
「芽歌っち! PDSで困っている人を助けるって、基本方針として書いておくけどいい?」
部長の宮藤ほのかが述べると、いつのまにか黒板の前に立った神無月アルトが書記のように黒板にお言葉をつらつらと書いてゆく。
「すばらしいです!」
キャラ変わりすぎだろ陰キャゲーマーのくせに。
「誰かの役に立てたらいいよね」
「栞ちゃんは優しいね」
よしよし、と肩を抱き寄せる。
「芽歌ちゃんがいてくれるから……みんなこうして集まったんだよ」
おぉ?
そんなこと言うとは可愛いやつめ。
あたしは同好会代表なんて正直のり気ではなかったけれど、ここまで言われちゃしかたない。
内申点の更なるアップと「部活動で実績を上げると推薦も通りやすい」という山田先生の真顔のささやきに屈したわけじゃない。
「芽歌っち、ひとことどうぞ!」
宮藤ほのかがあたしに投げると、みんなの視線が集まる。
えー?
緊張する。
何を話せばいいんだ?
「……あ、えと……うん。ほんとは、こんな部活が無くても、PDSだろうか何だろうが、普通に暮らせる学校に……世の中になればいいのになって思う。でも今はここから一歩、みんなで始められたらいいかもって思う」
あぁ、きっとあたしは上手く言えていない。
話すことに慣れていないし。これじゃ伝わらないかも。
「うん! わかる。PDSを発症した子への理解を深めてもらって、偏見を無くして、ちょっと他と違う力を持ったって皆と同じだよっ! て、そういうことを知ってもらえたらいいよね!」
宮藤ほのかが総括する。
そうか? あたしそんなこと言ったか? いや、言ったのか。
「そ、そう。それ」
なんというか、的を射ている。
世界がもっと優しくなってくれたら嬉しい。
誰も悲しまず、苦しまない学校であればいい。
世界は簡単には変えられない。
そんなことはわかっている。
でも自分から変われば、周囲も変わってゆく。
「素敵、すごく良いです!」
栞ちゃんが感動したように言葉を紡ぐと、自然と拍手が沸き起こった。
「……よぉし! 活動方針は決まったな。あとは好きに活動するといい、夏合宿、高総体、オーケーだ。文化祭への参加も楽しいぞ。ついでに俺のライブチケット販売もな、いろいろ活動して盛り上げていこうや」
ギューンと弦を鳴らす山田先生。
「山田センセ! 夏合宿はわかるけど、高総体にダンジョン競技ってありましたっけ!?」
流石の宮藤ほのかもツッこみをいれる。笑いが起こった。
「お前らが作るんだよ、歴史を! 今、ここから!」
なんかカッコイイこと言ってる。
あたしも可笑しくて笑う。
「……先生のライブチケット販売もするんですか?」
震え声でツッこむ神無月アルト。
「あ? 生徒が先生の夏フェス参加のライブチケットをご家族や親類縁者にお勧めする! それぐらい普通だろ」
「とにかくっ! 活動目標はPDSで困っている人がいたら助ける! これには専門家でプロの芽歌ちゃんの力が絶対に必要だけど……」
専門家? プロ? へっ、へへ。
「お、おぅ! まぁ、まかせなさい」
なんだよチヤホヤしても何もでないぞ。
「芽歌姉ぇ、僕も協力する」
芽瑠まで。みんなの前で恥ずかしいだろ。
学校は「PDSを発症した生徒」への対応とその後のメンタルケアを期待している。
同じような悩みを抱えた生徒を救える可能性を考えているのだろう。
モデルケースとして教育委員会や周辺学校との連携も視野にいれているとか。
正直そこまで大きな話だと気が重い。けれど……いまのあたしはひとりじゃない。
「やっぱりさ、ダンジョンの中とか様子とか、SNSで動画配信なんかも考えなきゃね!」
「部長殿、その点は我が元コンピ研の設備と技術力にご期待ください!」
パソコンにWebカメラ、それにGIGAスクール構想の高速ネットワーク。これらを使えるのは確かに強いな。
「よし決まり! これからいろいろ忙しくなるね」
なんだか盛り上がってしまった。
そもそも『スクールダンジョン同好会』なんて謎部そのものだ。
けど、こんな風にみんなでワイワイするのって楽しいし……悪くない気もしてきた。
「ふっへへ……」
「あっ……芽歌ちゃんが笑ってる」
「栞ちゃん、あたしだって笑うよ!?」
窓から差し込む光はオレンジ色を帯びていた。
さぁ、どんとこいPDS。
あたしのドリルで悩みごとブチぬいてやるんだから!
~第一部 完~
< 第二部へ つづく!>
あたしたちの謎部ははじまったばかりだ……!
という打ちきりではありませんw
第二部はちゃんとはじまりますので、ひきつづき芽歌たちを応援いただけたら嬉しいです★