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決着、そして山田先生の提案

 ダンジョンが解除され消えてゆく。

 周囲の景色は再構成され、夢から覚めるはやさで元のコンピュータ実習室に戻った。

「いっ、今の衝撃は!?」

 実習室の扉が音を立てて開いた。慌てた様子で中を覗き込んだのは生徒会の壇合(だんごう)先輩だ。


「…………ボクの……ダンジョンが」

 入り口付近には四角い眼鏡をかけた男子が呆然自失の様子でへたりこんでいた。

「君はコンピ研部長の神無月アルト君! 大丈夫ですか!?」

 すぐさま壇合(だんごう)先輩が近寄る。けれど心配する声を遮り、

「ボクは平気です」

「しかし君! とりあえず保健室へ」

「いらない。ボクより彼女たちや部員を頼みます」

 驚くことに神無月アルトはしっかりとした様子で応じ、自分よりダンジョンに巻き込んでしまった部員やあたしたちを心配している。

「わかった」


「それなら心配ないわ」

 あたしはそこで声をあげた。

「……私も平気です」

 栞ちゃんはあたしが保護して近くの椅子に座らせている。少し疲労の色は見えるけど、気分も悪くはなさそうだ。


「僕も大丈夫だよ、慣れてるから」

 コンピュータの向こう側からひょっこりと立ち上がったのは芽瑠。小脇に小さな背格好の男子を支えている。

「ぼくも……なんとか」

 まるで女子のような可愛い顔にさらさらの髪。

 もしや黒い魔導師に化けて栞ちゃんに襲いかかった部員Bか。


「おぉ、部員の蔵掘芽瑠(くらほりめる)くんに、(ひいらぎ)冬樹(ふゆき)くん、無事でしたか」

 壇合(だんごう)先輩が指差し確認し安堵の表情を浮かべた。


「……すみません。みなさん。ボクの……ダンジョンにまきこんでしまって」

 神無月アルト部長があたしたちに頭をさげた。

 もはや傲慢なダンマス魔王の面影はない。


「部長は悪くありません、ぼくが……見たいって言ったから、それで」

 芽瑠に支えられていた小柄美少年。冬樹くんが部長を擁護するように声をあげた。

 えっ、なんか可愛い。

 同じ一年にいたっけこんな男子。

「冬樹くん、僕にも責任がある。元はといえば神無月先輩をゲームでキルしていたのは……僕らなんだから」


 ぎく。

 僕ら、とはつまりあたしも入ってるのか。

 いやプレイヤーキル担当は主にあたしだけど。

 神無月部長がPDSを発症、暴走させた原因の一端が芽瑠とあたしにある……かもしれない。


「……んぶっ!」

「栞ちゃん!?」

 突然、栞ちゃんが鼻血を出した。

 とっさにハンカチで押さえる。やはり体に負担がかかっていたのか。

「……平気……いや、ちがうの、芽瑠くんと冬樹くんがずっと手を握りあってて……尊くて……死にそう」

「そっち!?」

 丸メガネを曇らせる栞ちゃん。

 BLフィルターを通せば、確かに尊いシーンにみえなくもないけど。いい加減はなれろ弟よ。


「ごめんね芽歌さん、姉弟の愛も尊いけれど、綺麗な男子同士の破壊力がすごくて……コンピ研にこんな逸材がいたなんて……ブフッ」

「いいから、もうしゃべらなくていいから!」

 あたしは栞ちゃんの後頭部と鼻を静かにおさえた。栞ちゃんもなかなかヤバい子だよ。

「大丈夫かい!? 保健室に」

「す……すぐ止めますから」

 栞ちゃんは頑なに固辞。芽瑠と冬樹くんの姿をまだ見たいのか。

 変な空気になった女子の気持ちを知ってか知らずか神無月アルトは二人に近づき、ぎゅっと部員たちの肩をだきしめた。

「……ありがとう、ふたりとも」

「部長……」

「神無月せんぱい」


「ふッ……尊死!」

「栞ちゃんが死んじゃう」

 血がとまらねぇ!?


「それと……蔵掘の……姉のほう」


「な、なんですか?」

 神無月アルトはあたしに向き直った。

「ボクの傑作を……ダンジョンを……設定を……ルールを、あんな風に無視して破壊するなんて」

 恨みがましく、忌々しげに。けれど諦めと呆れのまじった複雑な表情を浮かべ視線を向けてくる。


「山田先生に言われたから助けてあげたんですけど」

 おぅなんだやる気か?

 先輩だからって容赦しないぞ。栞ちゃんを抱き締めたままにらみかえす。


「君が噂に聞く、対PDSダンジョン制圧能力者……ガイナスだったなんて」

「……まぁ」

 正確にはPDS免疫獲得者。

 別に対ダンジョン制圧が目的でこんな力があるわけじゃない。

「ネットで知ってはいたけれど、まさか……こんなかたちで遭遇するとは思わなかった」

「珍獣みたいに言わないでください。先輩こそ、PDSを発症して相当……努力したみたいですけど?」

 あれだけ緻密に制御されたダンジョンは初めてだった。目の前に浮かぶステータス、HPのダメージ計算などはそのつど彼が頭で演算しないと成り立たない。


 神無月アルトは表情を緩めた。

「……君になら話してもいいか。PDSの発症を自覚したのは三週間前。……君たち姉弟にゲームでボコられて……まぁ当時は中の人間が誰かなんて知らなかったけど、怒りとストレスからボクはPDSを発症した。気がつくと部屋が別の場所に変わっていたんだ。しばらくそこで過ごして気持ちが落ち着くと、ダンジョンは消えた」

「すごい、初めてで制御するなんて」

 ダンジョンマスターになった瞬間だ。

 意識を保ち冷静でいられたのは精神力と、情報を事前に学んでいたからだろうか。


「凄いかはわからないがね。最初は、謁見の間と玉座だけの一部屋だった。けれど何度かダンジョンの生成と消滅をくりかえすうちに廊下や階段、別の階層を作れたし、うろつくモンスターを生み出させた。創造力の粘土細工みたいな感じだったよ」


「あそこまで複雑で緻密なダンジョンを構成できるなんて、すごいと思います。ゲームとしても楽しかったですし。ね、芽瑠」

「うん、すごかったです部長」

 凄いのは確かだ。

 もし機会があればまたチャレンジしてもいいくらい。謎の宿はどうかとおもうけど。

「そうか……。はは……よかった」

 けど神無月アルト部長は、この先どうなるのだろう。PDSを発症し制御下における人間は少ない。

 栞ちゃんも宮藤ほのかも偶然、あるいは勢いで出現させ完全に制御していたわけじゃない。


 ガイナス、免疫獲得者に至る可能性もあるけれど、そのためには乗り越えなきゃいけない壁がある。

 トラウマと向き合い乗り越える。

 言葉で言えば簡単だけど……。

 自分の限界を越え、気持ちと戦わなきゃならない。

 けれど神無月アルトの根元にある感情は「ゲームで馬鹿にされた」という鬱屈したものにすぎない。

 そこに覚悟はあるのだろうか?

  要は「緩い」のだ。


 あたしがガイナスになったあの日。


 本気で誰かを殺したいと思ったし、世界を壊したいとさえ思った。

 あたしに対するクラスメイトたちの理不尽な仕打ち、自分へのイジメなら耐えられた。でも、あいつらは一線を越えた。

 芽瑠。

 弟が流した血を目にしたあたしは、キレた。

 我慢の限界を越えた。

 心の奥底から沸き上がる怒り、憎悪。

 よくもよくもよくも! 殺してやる!

 あたしの巨大なデス・ダンジョンがすべてを飲み込んだ。空間を歪ませ、周囲の大地の深層までブチ抜いて。それは現実世界さえも侵食し、地殻変動を誘発しはじめた。地下の活断層とマグマ溜まりさえ破壊寸前となったところで、ついに国防戦略軍が出動。

 大型地中貫通爆弾、通称バンカーバスターであたしごと殲滅する作戦が立案されたらしい。

 煮えたぎるマグマ。

 絶望と怒りの深淵であたしは――――。


 ギュィイイイン! と唐突なギターの弦の音に驚く。

「なっ!?」


「話は聞かせてもらったぁあああア!」

 扉の向こうからデスメタルな衣装に身を包んだ山田先生が現れた。

「山田先生……」


「見事だ、芽歌。そして芽瑠と栞も! まぁコンピ研の面々も、迷惑をかけたことを反省すれば……よし」


「よし、て」

 それで済ますのかよ。


 弦をチューニングしながら、山田先生はあたしたちを見回した。


「奇しくもここにPDS、ダンジョン絡みのメンツが揃ったわけだ」

「いえボクは巻き込まれただけ……」

 冬樹くんのか細い声は無視された。

「しかしPDS発症者への理解は浅い……。偏見と戦い、世間のやつらに胸をはっていくには、将来と今後を考える場所が欲しいとは思わないか?」

 ジャラララン……。

「「「「なるほど」」」」

 山田先生の提案に妙にみんな納得する。デスメタルな地獄メイクだからこその説得力。


「そこでだ! コンピ研究会部室を接収、芽歌と栞、それに宮藤ほのかを加え、コンピ研あらためダンジョン研究部を立ち上げるってのは、どうだ?」


「せ、接収てなんで!?」

 神無月アルトが悲鳴をあげた。

「5人以上だから部に昇格ですね部長」

 芽瑠が指折り数えた。

「芽瑠くん!?」


「ダンジョン研究部……ダン研部ですか、いいですね。芽瑠くんと冬樹くんを研究できます」

 栞ちゃんは鼻にテッシュを詰めたまま嬉しそうに手をうった。


「なんでみんな乗り気なの!?」

「ってそりゃぁ芽歌、ロックだからさ」

 ギュィイインと山田先生は不敵な笑みをうかべポーズをキメた。

「え、えぇ……?」


<つづく>

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日は帰ってから読もうと思っていたのですが、寝落ちしてしまい、改めて職場で読むはめに。(汗) 転んでもただは起きぬというか……。 コンピュータ研究会がダンジョン研究部に昇格かるとは……。…
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