ゲーマーズダンジョンの挑戦【Eパート】
「ラスボス気取りのアンタを倒せば、このゲームは終了ってことでいいわね?」
どうせならコイツのゲームのルールに従って、とことんやってあげる。
『そうとも! ここは吾輩が創造した仮想世界ッ! 最強にして神ぃいッ!」
ダンジョンマスター神無月アルトは玉座から立ち上がった。
全身からどす黒いオーラを漲らせ、闇のマントを翻す。
トゲトゲつき肩パットつきの内側が赤いマント。全身はダークメタリックな黒タイツにぶっといドクロマークのベルト。
心臓の上で禍々しい赤い光を放つ結晶が脈動している。そこから全身に向かって血管のような根を張り巡らせている。
どうみても急所で魔導核「コア」的な感じのヤツだ。
「フッ『ボクが考えたさいきょうのまおう』ってか」
『なにが「ふっ」だ貴様ぁ!』
「ダンジョンの中なら最強って思ってる?」
PDSの発症者は強い興奮状態にある。
高揚感、多幸感、万能感、そんな感情の暴走だ。
自分が世界の中心であると勘違いし、普段の人格に反して冷静でいられなくなる。
『あぁぁあ! うるさいうるさぁい! ひれ伏せ、絶望しろぉおッ!』
玉座から踏み出すと頭上にHPバーが浮かんだ。全部で五本。
今まで遭遇したどの敵よりも強い。
ダンジョンマスターも自分の生み出したゲームダンジョンの『理』に従っている。
敵ながらあっぱれ、ハードコア・ゲーマーの信念は感じるぜ。こういうの、山田先生が喜びそう。
「あのひとHPが1000もある!」
栞ちゃんはHPバーひとつ200と計算したらしい。
あたしと栞ちゃんはそれぞれ頭上にHPバーが1本、芽瑠には三3本。
「三人力を合わせれば互角ってことよ」
「来るよ、芽歌っ!」
芽瑠が黒い剣を構えた。
不協和音がハイミングするとおどろおどろしいGBMが鳴り響き、最下層フロア全体が炎に包まれた。
「きゃ!?」
「演出よ!」
『くらうがいい、デッド・ザ・落盤崩落!』
魔王アルトが腕を一振り、頭上に岩石のエフェクトが現れたかと思うと、あたしたちに降り注いだ。
「げっ!?」
「きゃ!」
ドガドガと岩が降り注ぎ全員のHPバーが減少する。
「全体攻撃ッ!」
芽瑠が盾で、近くにいた栞ちゃんをガード、ナイスだ弟よ。
「あ、ありがとう、芽瑠くん……」
「でぇやぁあっ!」
右腕のドリルで落下してくる岩を迎撃、破砕する。
直撃は避けても、一気にHPバーが半減した。
「流石ラスボスってとこか……!」
「吾輩の一撃に耐えるとは、なかなかやりおる! だぁが、これはどうだ? くらえ『地割死喰鬼』」
魔王アルトは両腕をクロス、地面に向けて青黒い光を放つ。今度は地面あ揺れてひび割れた。
「きゃあっ!?」
「あぶない栞ちゃん!」
地面が大口をあけ、噛みついてきた。
まさかダンジョンの再構成能力を全体攻撃に使うなんて……!
「これ……ゲームのエフェクトじゃない!」
芽瑠が叫んだ。
「ダンジョンの構造そのものを変化させて……うあっ!」
あたしは不意をつかれて体勢を崩し、噛みつかれた。足を地面に噛みつかれ、HPが減少し瀕死に近い。
「跳ねて逃げて、芽歌姉ぇ!」
芽瑠が黒い剣で地面を打ち砕いてくれた。
「んにゃろっ!」
「芽歌さん大丈夫!」
あたしは栞ちゃんをお姫様抱っこしたまま、地面を蹴り砕き、上に跳ねた。
これがPDS免疫獲得者、ガイナスの力。ダンジョンの中でなら精神力を転化することで、ドリルを生成したり、肉体の強度も一時的に向上することができる。
「まぁ、なんとかね」
着地し、栞ちゃんを下ろす。
「治療魔法!」
「栞ちゃんはここで援護して。あたしと芽瑠で仕掛ける」
あたしたち三人はダンマス魔王から距離をとった。
このまま連続攻撃されたらマズイ。ターン制じゃないリアルタイムバトルでは一気に押し切られかねない。
「魔王軍の回復ポーション!」
全員が体力を全回復、あとは在庫無し。
『吾輩から距離をとっても無駄ァッ! 岩柱飛炸・シューティングブレイク!』
氷柱のような岩の槍を無数に生成、黒いオーラとともに放ってきた。
近距離に全体攻撃、遠距離攻撃まであるなんて。
「ま、魔法詠唱、光の壁……リフレクション!」
栞ちゃんは魔法を詠唱、光の壁だ。
防御結界が向かってくる岩柱の攻撃を防いでくれた。
「ナイス栞ちゃん!」
「これくらいしか……できないけど」
着弾し、炸裂する岩柱。
長くはもたない。でも十分だよ栞ちゃん、このチャンス活かすね!
「いくよ芽瑠!」
「うんっ!」
あたしと芽瑠は同時に地面を蹴った。
左右別々にダッシュで飛び出し、高速移動。
いつものゲームと同じ、二人で呼吸をあわせての同時攻撃!
『この動き! やはり貴様らはいつもの忌々しい二人組か! ゆるさぬぞ、いつもコケにしおってからにぃいい!』
魔王アルトが怒りまかせに放った岩柱の矢は、狙いが甘い。
栞ちゃんから今度はこちらに射線を変えた。
「うるさいのよ、負け犬!」
加速!
背後で次々に爆発が起こり、さらに魔王アルトに肉薄する。
『は、速ッ……!』
「当たらなければどうってことない!」
背後に着弾し壁が砕けてゆく。
芽瑠も反対側から一気に間合いを詰める。
同時に複数の対象を攻撃することはできないとみた。
タイミングは完璧ッ。
「「ここだ!」」
完全に間合いに踏み込んだ。
軸足で身体をひねり、二人で同時攻撃。
『ぐ、ぉ……!?』
あたしは右腕のドリルランス、芽瑠は暗黒の剣。
左右から同時に打突と、剣撃を叩き込む。
回避不可能の、完全なタイミングで。
狙いは魔王アルトの首と、心臓の上のコア。
けど――火花が散り、切っ先が止まる。
【【【破壊不能】】】
警告音ととに、真っ赤な表示が浮かぶ。
破壊不能オブジェクトを示す警告だった。
「なっ!?」
「そんな!」
黒いマントで身を包み、ダンマス魔王は防御体勢をとっている。
マントか、あれが『破壊不能』なんて、ズルい!
本体にダメージを与えられない仕組みなのか。
『ヴァぁあカめがああ!? 効かぬわ! ボクは無敵、この世界の……神ィイイッ!』
魔王が両腕を広げ黒いマントであたしたちを吹き飛ばした。
マントの端が変形、まるで触手のようなり、幾筋もの黒いムチと化す。
「きゃっ!」
空中に飛ばされたあたしと芽留は追撃され、地面に叩き落とされた。
「め、芽歌姉ぇッ!」
衝撃でダメージをくらい、HPバーが一気に二割を切る。
『ハッハァア! これぞ絶対防御を誇る魔王の羽衣ッ! これを破らぬ限り、貴様らに勝利などなぁあぃ!』
最高にハイな狂気の笑み、舌をベロベロ伸ばし魔王っぽくズゴゴ……と背後で暗黒のオーラを立ち昇らせる。
「いってて……ラスボスだからってそんなのアリかよ!?」
『ノンノン! ちゃーんと、四天王の別のほうを倒していれば……対策アイテムが手に入ったのだぁ、残念』
「いきなり最終決戦ステージに召還したのは部長ですよね!」
芽瑠もたまらずツッこむ。
「シナリオおかしいだろクソゲーかよ!」
ヒロインとのイチャラブシーンで四天王が乱入したり、挑発したらいきなりラスボス戦に召還されるとか。
「きゃぁあっ!」
「栞ちゃん!?」
悲鳴にハッとして振り返る。
黒い魔導師みたいな影が栞ちゃんを捕えていた。
「しまった、あいつは……!」
芽瑠が叫ぶ。
「そう、四天王が一角ナツキール! この娘……我らの仲間にしてくれよう」
骨のような顔、落ち窪んだ眼窩。地獄の悪魔じみた四天王が、動きを封じた栞ちゃんの額に手を伸ばす。
「いやっ……やめて」
「栞ちゃん!」
あたしが飛び出そうとすると、芽瑠が腕をつかんだ。
「ダメだ、あいつは洗脳魔法を使うんだ、ボクもそれで……仲間にされたんだ」
くそっ!
『そして、次はおまえだメカとやら……グフフ!』
魔王アルトは並みのPDS発症者じゃない。
PDSのステージが進行し重症者。者発症である自覚がありながら、精神力で生成したダンジョンを制御している。
このままじゃ現実世界さえ「浸食」しかねない……!
『どのみち貴様らはここでゲームオーバー! ダンジョンでの死……それすなわち吾輩の軍門に下る……ということ』
「なにいってんだおまえ」
『負けたら操り人形、下僕となるルールなのだよ! お前とメガネちゃんでち四人! ニュー魔王軍四天王……誕生だ!』
ニチャァと邪悪な笑みを浮かべる。
「ふざけた設定練りやがって!」
『だぁがメカ! おまえはお仕置の刑、従順になるまで「でわからせてやる」ってやるシナリオさ』
鼻息も荒く妙にねちっこい視線を栞ちゃんとあたしに向けてくる。
「キメぇ」
「いっ、いやぁ! 放してっ」
『痛ッ……!?』
栞ちゃんが魔導書の角で四天王の頭を殴り付けた。
ゴチンと音がするとあっけなく手を離した。それは明らかに女子に触れることに慣れていない男子の動き。まさか、今の一撃でコンピ研の部員の記憶と人格が戻ったの?
「いい……かげんにっ……して、くだ、さいっ!」
栞ちゃんがボカボカと四天王の死神みたいなヤツを殴り始めた。
キレ……た?
魔導書の角でガンガン叩くと、四天王は情けない姿で縮こまった。
『あっ、痛っ、すみ、すみま……いたいっ』
『おのれ……! 我が四天王を……よくも! もう貴様らはゲームオーバだ!』
「ゲームオーバー? 冗談じゃないわこのキモヒョロ魔王」
『き、貴様!』
「今から、ゲームクリアしてあげるから!」
全身から力が漲る。
あたしのを中心に竜巻のような気流が生じ、闇を吹き飛ばす。
右腕に装備していたランスが砕け、光の粒子が渦を巻きながらまとわりつくと、あたし本来のドリルがリアライズ。
今日のドリルはでかいぜ。
二メートル近い、長大なランスのようなドリルブレイカーだ。
『吾輩の支配を、ゲームのルールを壊しただとぉ……!?」
あたしは立ち上がりドリルを構えた。
精神集中、白い光がドリルの刃をさらに鋭く、形成してゆく。
『一体何だそのスキル……ボクの設定には無いはずなのにッ! 何故だ……ここでは吾輩の思うがまま、自由自在の世界なのにッ! 無敵の魔王であるはずなのに……ッ!」
闇のマントがザワザワと蠢き鋭い刃と化す。
て無数の爪のような攻撃が一斉にあたし目掛けて襲いかかってきた。
「やらせないっ!」
芽瑠が飛び出した。
「芽瑠ッ!」
自らダメージをうけながら魔王の攻撃を叩き斬った。
「芽歌は……僕が守る!」
強い意志を宿した瞳で、親指を立てる。
「ヒィェエエエッ!? イヤァアッ無理!? 目の前で友情とか愛とか無理ィ!? シナリオに無い、無い……無いィイイ! 無理無理無理無理ィイイイイイ!」
ダンマス魔王が発狂しはじめた。
PDSの症状が悪化しつつある。
もう時間がない、決着をつけないと。
飛来する黒い刃の群れを黒い剣で迎撃する芽瑠。
ギンッ、ガガガッ! と火花を散らし自分も傷を負いながら退かない。
「芽瑠、どいて!」
HPバーがぐんぐん減少、残り1割。
このままじゃ死んじゃう、それでも踏み止まり攻撃をさばく。
「芽歌姉ぇ、魔王は攻撃している瞬間、破壊不能マントが無効化する! 胸のダンマス・コアを狙え、攻撃が届く設定なんだッ!」
芽瑠は迎撃をやめない。
ダンマス魔王はすでに自我を失ったのか、真っ赤な眼球をひんむいて絶叫。
胸の赤いコアが不気味に明滅する。
「わかった!」
あれがやっぱり急所か。
「芽歌さん! 援護しますっ!」
「栞ちゃん!」
四天王めがけてビンタ、くるくる回って情けなく倒れた隙に、魔導書をめくり魔法励起――!
『聖なる祝福! 全ステータス上昇!』
光に包まれたあたしの防御力、速度が上昇する。
「ありがと!」
地面を蹴り、突進。
「いっけぇ……芽歌姉ぇッ!」
ついに力尽き倒れた芽瑠の屍を乗り越え、ダンマス魔王へと迫る。
黒い刃が身体を切り裂く。
けれど栞ちゃんの防御魔法で威力は半減、致命傷ギリギリで完全に魔王の間合いに踏み込んだ。
「くらえッ!」
『ヒィイイッ!? 友情ッ、努力ッ、勝利ィイイ!?』
驚愕するダンマス魔王目掛けて渾身のダンジョン・ドリルブレイカーを叩き込む。
ギュルルルと超高速回転する白い光のドリルをダンマス魔王の胸元、赤く輝く結晶へと突き立てる。
『なぜ……ここが我が……魂の器だとわかっ……』
「わかるわボケ!」
栞ちゃんの想い、芽瑠の犠牲、すべてを背負いドリルは回る。
あたしも本気だ。
「全力全開ッ! リミットブレイク!」
本気のドリルで一撃を叩き込む。
超高速回転する螺旋が、甲高い高周波音へと変化。
光の剣と化して赤いコアを貫通する。
『ぐぶぁあああッ! バッ、バカな!? こんな……! このボクが……ボクの考えた最強のダン……ああああああっ!?』
まばゆい閃光と衝撃にダンマス・コアが砕けた。
ドリルの切っ先は背中に貫通、風穴を穿つと同時にダンマス魔王のHPバーが瞬時にゼロへ変わる。
【【【魔王アルトを倒した……!】】】
「……楽しかったよ、ダンマス」
最後の瞬間、ダンマス魔法の瞳に正気の光が戻った。
そしてまばゆい閃光とともに大爆発を起こす。
「のわっ!?」
魔王の肉体は粉々に砕け、同時に周囲のダンジョン空間もろともを巻き込んで歪め、飲み込んでゆく。
私のドリルがついにゲーミング・ダンジョンを砕いた。
周囲の空間が再構成され、元のコンピュータ学習室へと戻ってゆく。
「芽歌さん!」
「芽歌……?」
栞ちゃんも無事、倒れていた芽瑠もよろよろと起き上がった。
「ここからはエンディングだね」
あたしは二人に向かって笑顔で親指を立てた。
<つづく>