ゲーマーズダンジョンの挑戦【Bパート】
放課後になり、再び職員室を訪れた。
「芽歌、解決できるな?」
デスメタルメイクで復活した山田先生は抱えたギターの弦をはじいた。
「コンピュータ室に出現したダンジョンの攻略ッスか……」
いまいち気が乗らない。
栞ちゃんや宮藤ほのかはクラスメイトだから助けた。
けれど今度のダンジョンは他のクラスの知らないヤツだし、コンピ研部長のオタクの男子。おまけに『真ゲーマーの挑戦を求む。勝利か死か』なんて痛々しい掲示をしている時点でヤバイやつに決まってる。
「困っている奴を助けるのが、強き者の責務だ」
どこかで聞いたようなセリフだけど、強き者とはつまりあたしのことか?
ダンジョン絡みの事件で頼りにされ、誉めてくれる。内申点も成績もアップするとなればまぁ悪い気はしないけど。
「あの山田先生」
「みなまでいうな芽歌。おまえの活躍はちゃんと評価している。……これを与えよう」
山田先生は一枚の紙をくれた。裏面にハンコを押す昔ながらのポイントカードだ。
「なんですかこれ?」
「よくみろ」
『ダンジョン攻略者限定、ポイントカード』
表面にはテプラで印刷されたシールが表に貼ってあった。
元は近所の次郎系ラーメンのポイントカードらしい。
「これってまさか」
「そう! ダンジョンを攻略すればポイントゲット。二十個集めれば我が校が今年から提携した某国立大学への『推薦』の道が開かれる。まぁ……国立防衛大学特殊応用物理学・対迷宮戦略ゼミ限定だが芽歌にピッタリだろ」
後半ゴニョゴニョ早口で聞き取れなかったけど、国立大学!? すごいじゃん。
「マジッスか」
ゴクリ。
裏面にはすでに四つ、赤い『よくできました』ハンコが押してあった。
「栞とほのかを救出した分が二つ、それと相原と備前の分も特別サービスだゾ」
「お、おぉ」
ダンジョン攻略ポイントカード。
貯めれば良いことがある。
一気にやる気出た!
これはがんばって貯めるしかないじゃん。
「気に入ったか」
「はい!」
「芽歌のようにダンジョン攻略のできるガイナススキルを有した生徒が増えればいいな。そうすれば、互いにポイントを競い合ったり、奪い合ったり。熱い学校バトル展開なんか面白いと思うぞ?」
見た目、悪の幹部っぽい山田先生はニタリと笑う。
「そいうのは要らないですけど!?」
面白くしようとすんな。
なんだポイントの奪い合いって。少年マンガあるあるだけど、冗談じゃないぞ。
何はともあれ、ちょっと嬉しい気持ち。ウキウキでダンジョン攻略へと向かうことになった。
放課後はすでに部活が始まっていた。
校舎内は体操着に着替えた生徒たちがせわしなく行きかっている。
「ふふん」
まぁせいぜいがんばりたまえ。あたしの手には未来を約束するチケットがあるのだ。
たどり着いたのは南側校舎の3階、廊下のつきあたりのコンピュータ室。
例のごとく黄色い『KEEP OUT』立ち入り禁止のテープで入り口は封鎖されている。
例のごとく一人の生徒が門番のように立っていた。
「あ、こんにちはっス」
いちおう挨拶する。生徒会の壇合先輩だ。
「やぁ蔵堀さん。今日もよろしくお願いします」
丁寧で飄々とした、すっかりダンジョン水先案内人だ。
「中はどんな感じなんですか?」
「コンピュータ研究会の部長、二年生の神無月アルト君と二人の部員が行方不明、中に取り残されているみたいなんだ」
「なるほど」
部長がPDS、パーソナルダンジョンシンドロームを発症。
部員たちは巻き込まれたのか。あるいは宮藤ほのかと取り巻きABのように、ストレスを与えてしまう関係だった……とか。
「扉を開けるといきなり挑戦的なメッセージが表示されるので……。生徒会で扉を封印し、その後は誰も入っていません」
ダンジョンはPDS発症者の精神が影響する。
ゲーム好きな部長メンタルが反映されているのだろう。
よし、ちゃっちゃと攻略しちゃお。
軽くストレッチをしていると、とたとたと足音が聞こえてきた。
「め、芽歌さーん!」
「栞ちゃん!?」
「はぁはぁ、ダンジョンに私もつれていつて!」
栞ちゃんの言葉に驚く。
昼に今回の件を聞いてから栞ちゃんはずっと考えている様子だった。
自分と同じPDS発症者を助けたいとでも考えているのだろうか。
「だめ、危ないから」
「平気です。芽歌さんと一緒だもの。それに私なりに勉強したよ、本やネットで」
真剣な眼差しがセルフレームのメガネごしにあたしを見つめている。
大人しい印象の栞ちゃんがそこまで言うなんて。
「中はどうなっているかわからんよ、変態ダンジョンかもしれないよ?」
「それでも助けになりたい。私は、芽歌さんの友達になったの。だから何か手助けできないかな……って。足手まといにはならないつもりだから」
くっ、そんな瞳で言われたら惚れちゃう。
「しかたない。……覚悟はいい?」
「はい! ありがと芽歌さん」
メガネの鼻緒を指先で持ち上げ微笑む。長い黒髪を耳の後ろあたりでハーフアップにまとめた可憐な図書室の乙女。栞ちゃんにこんな積極性があったとは。
「じゃぁお二人様、ご案内で」
壇合先輩がダンジョンの封印を解く。なんだご案内って、そういう店か?
あたしは栞ちゃんと手をつなぎ、慎重に扉を開けた。
一瞬、空間がゆらぐ。
そこは既にコンピュータ教室ではなかった。
薄暗い空間。目の前には『真ゲーマーの挑戦を求む。勝利か死か』の例の文字がホログラムのように浮かんでいる。
「おぉ? いかにもなダンジョンね」
いや、けれどこれ……ただのダンジョンじゃないぞ。
ゲームのスタート、入り口を再現しているのだろう。
なんだか嫌な予感がした。
『迷宮は困難と罠に満ち、深部には宝物が眠っている。挑みし勇者よ、挑むか退くか?』
空中に「はじめる」/「もどる」という表示がポップアップされた。
こんな仕掛けも初めて見る。
「芽歌さん……」
「くそ、いくっきゃないでしょ」
指をのばし「はじめる」を選択する。
とたんに吸い込まれる感覚がして後ろのドアが消えた。
部屋は四方が石壁で、壁でCGみたいな松明がユラユラと燃えている。床には輝く魔法円が描かれていた。
「わわ、ここ何!?」
早速不安げな栞ちゃん。勢いでつれて来てしまったけれど、危険なダンジョンなら壁をブチ破って脱出するしかない。
「大丈夫、まだスタート地点みたい」
魔法円の中心部にふたりで進む。
とたんに光に包まれ、目の前に半透明なウィンドゥと文字が浮かぶ。
『キャラメイク開始。プレイヤーの初期パラメータ自動生成。個人生体ステータス解析…………完了。初期装備デフォルト装備』
名前入力の五十音表示が浮かんできたのでここは素直に「メカ」と入力、栞ちゃんも「シオン」とすこしもじって入力した。
「うーむ、本格RPGっぽいな」
ちょっと感動してしまう。
ダンジョンは生成した人間の経験、妄想、想像力に影響される。
コンピュータ研究会のゲームオタ部長ゆえにこんなダンジョンを生成できたのか?
PDS発症初期では夢見心地、なかなか自分の意思で細部までは決められないはずだ。
なのに、この仕組みや解像度の高いVR、あるいは拡張現実型ゲームのよう。
並みの精神力では無理だ。ましてやこのRPGゲームのような再現度。
もしかして……コンピ研の部長、神無月アルトとやらは、何度かダンジョンを生成した「経験者」か?
「お?」
「わ?」
初期生成が終わったのか、光の粒子につつまれた。
光は形を成し装備品に変わってゆく。
制服姿の上に装備した簡易鎧、プロテクターみたいな革の鎧。
右手にはランス、いやドリルじみた武器を初期装備していた。
どうやら勝手に個人のステータスや特性を分析し、初期装備をつけてくれる仕組みらしい。
もちろん自分本来の『ダンジョンドリルブレイカー』も出せるけど、ここは面白いので従ってみよう。
「芽歌さんが戦士の格好に!?」
「わ、栞ちゃんは魔女だね! 似合ってる」
栞ちゃんは優雅な紫色のマントを羽織った魔女の姿。手には分厚い羊皮紙の古本、魔導書かな。
『なまえ;メカ 職業;戦士
レベル; 3
HP ;24
MP ; 0
状態 ;元気
装備 ;制服アーマー、ドリルランス
アイテム;回復薬1』
『なまえ;シオン 職業;魔法使い
レベル; 2
HP ;18
MP ;23
状態 ;元気
装備 ;制服魔女マント、かんたんな魔導書
アイテム;回復薬1』
目の前にステータスウィンドゥ。簡易的だけど最低限はわかる感じ。
「最新のVRゲームにしちゃ、ちょっと雑というか、ディテイールが甘いな。もう少しパラメータとかいろいろあってもいいのに」
思わずゲーマーとして感想を漏らすと、地下の奥深くからゴゴゴ……と地鳴りが聞こえてきた。
「な、なんか怒ってる!?」
「ダンジョンマスターに聞こえるのかよ……」
めんどくせぇな。ゲームを批判すると烈火のごとくネットで怒り狂うタイプか?
『転移:第一層へ』
表示されたとたん、足元の魔法円が赤々とした光を放ち一瞬で転移。
「きゃ!?」
「大丈夫、始まるみたい」
長い廊下のような地下神殿の入口を思わせる場所にわたしたちは立っていた。
両側に石柱がずらり立ちならび、かがり火が向こうまで続いている。
振り返るとさっきと同じ赤い光を放つ魔法円が消えてゆく。退路を断たれた。
「進んでみましょ」
「う、うん」
あたしが先頭、後ろを栞ちゃんが歩く。
緊張感とゲーム世界を冒険している感じは、今までの悪夢みたいなダンジョンとは違う。
本当にダンジョンを冒険している気分だ。
「さっきはディティールが甘いとか言っちゃったけど、実際にこうして歩くといい感じだ。いかにもダンジョンって感じで雰囲気あるじゃん」
思わず感嘆すると、聞こえたのかどこからともなく上機嫌なBGMが聞こえてきた。
ダンジョンマスターの機嫌が良くなったのか、参加プレイヤーの感想を意識しすぎじゃなかろうか……。
「芽歌ちゃん、前!」
「お、ぉ!?」
びょんびょんっと水玉のゼリーみたいなものが跳ねながら迫ってきた。
スライム型モンスターだ!
『バウンドジェリーA、B出現』
目の前にウィンドゥが赤背景でポップアップ。
「えっ!? あっ、どうすれば……」
『魔法使いは魔導書を開き詠唱することで、魔法を励起できる』
「親切っ!?」
チュートリアルまで出るとは初心者に優しい。
『前衛の戦士はリアルタイムバトルで攻撃、またはアイテムの使用も可能』
眼前にチュートリアルが浮かび上がる。
「だいだいわかるよ!」
あたしは跳ねるスライムめがけて接近、タイミングをあわせてドリルランスを叩き込んだ。
『ミス』
「あっくそ!?」
初撃を外した。すばしっこいスライムなんてアリ!?
ビョーンと壁に跳ね返るトリッキーな動き。
「意外とムズいっ」
迫る二匹目に向けてランスを振り回す。側面でヒット。
与えたダメージは2。
モンスターの頭上にはHP残量を表すバーが浮かんでいて、それが半分ほど減少する。
「えぇと……これを読めばいいのね! 『炎の精霊よ、汝に命じる、わが呼びかけに応じ、神聖な火炎の神威を示せ、メラリア』!」
魔導書を左手で広げ、読み上げた栞ちゃんの目の前に炎のボールが浮かび上がった。
「あわわ、なんか燃えてる!?」
『ターゲットを決めて弾くように放て』
「え、えいっ!」
バレーボールの要領で弾くと、炎のボールは矢のように飛んだ。
バウンドジェリーAに吸い込まれるように命中、爆発する。
『スキル補正、ホーミング』
なるほど、ある程度追尾するのか。
『ダメージ10、バウンドジェリーAを倒した』
「や、やったよ芽歌ちゃん!」
「ナイス栞ちゃん!」
あたしも負けちゃいられない、今度は打突。
『命中、クリティカル!』
バウンドジェリーBを貫きダメージ8。
光の粒子になってモンスターが消滅した。
「倒した!」
「やったね!」
ふたりで思わずハイタッチ。
経験値云々の表示の後にアイテムが床に転がった。
「ドロップアイテムね」
『回復薬』
飲めば元気になるのか? 飲まんけどな。
「なんか……面白い!」
栞ちゃんが目を輝かせた。
悔しいが認めざるをえない。
「まるで最先端VRゲームみたいじゃん」
体験型アミューズメントパークみたいで、身体を動かすリアリティが楽しい。
ダンジョン全体がブルブルと振動、華やかなファンファーレが鳴った。
「お?」
『メカ、レベルアップ。シオリ、レベルアップ』
レベルが上がった。
「レベルがあがるんだね」
「細かいなぁ」
思わず感心してしまう。
ところでセーブは可能なのか?
体力的に一日で攻略は無理だろ……。
ステータスウィンドゥをスクロールしていろいろ探すと一番奥のメニューにそれはあった。
『セーブ / ログアウト』
指でつつくと、案の定。どちらもグレーアウトで反応しなかった。
「どうやらゲームから脱出不能、ってことみたいね」
「えぇ!?」
「あるあるだね」
「あるなるなの!?」
栞ちゃんはすこし涙目になった。
<つづく>