図書室のダンジョン【Aパート】
「図書室にダンジョンができた。芽歌、おまえなら何とか出来るだろう?」
親指を立て微笑む山田花子先生。指にはトゲトゲのシルバーアクセサリー、赤いトサカ頭に真っ赤な革ジャン。ロックな先生からの問いかけに、
「いやです」
即答。
ダンジョン攻略なんて嫌。
あたしが何故にそんなこと、しなきゃならいないわけ?
ダルイしめんどくさい。
関わりたくない。
クラスの誰かが勝手に生み出した「ダンジョン」なんてほっときゃいい。生み出した本人が中で干からびるか死ねば解除されるんだから。
「芽歌、おまえ中間考査は赤点だったよな?」
デスメタルバンドのヴォーカルを生き甲斐にしている山田花子先生は、ギロリとあたしを睨んだ。地獄から来た悪魔みたいなメイクが迫力を倍増させる。
「ぎく」
「勉強は好きか?」
「嫌いです」
「あぁ!?」
「ひい……!」
に、睨まないで怖いです。
「ったく。ならば提案だ。ダンジョンを攻略し中に引きこもったクラスメイトを救いだしてくれるなら、内申点をアップすることを前向きに検討しようじゃないか」
「えっ、内申点……」
確かテストの点数が悪くても大学に推薦してもらえるチートアイテム、だよね?
「悪い話じゃねぇだろう? 芽歌」
山田先生は職員室の椅子にふんぞり返ると、ニヤリとしながら悪魔の取引をもちかけた。
「うぐぐ……やります」
熟考3秒、あたしは依頼を受けた。
内申点がアップすれば、多少勉強の成績が悪くても楽してヒャッホーと華の女子大生へレベルアップできる制度「推薦」への道が開かれるはず。知らんけど。
高校一年の7月、放課後の空は青い――。
青春真っ盛り、花のJK。だけど存在感薄めのスクールカースト中間層。
そんなあたしにだって夢はある。
楽をして生きたい!
素敵な夢だと思うったので、進路希望調査では正直に書いた。
【進路希望】
1年C組、 蔵堀芽歌
1、ゲーム実況動画のプロ視聴者
2、家にいたい
3、なし
『ユーチューバーや動画配信者になりたいという生徒は一定数いるが……なんだ「プロ視聴者」って、ダメ人間すぎんだろ、人生ナメてんのか!?』
『それほどでもないです』
『誉めてねぇ! オレが学年主任に怒られるんだよ、ウチは進学校だからな、せめて大学進学とは書いとけ』
『えっ? 進学校』
『初めて聞いたみたいな顔すんな』
それからあたしは事あるごとに山田先生に絡まれるようになった。
「じゃぁ放課後、今日中に解決頼むぞ」
「え、先生は?」
「オレはバンドの練習あっから」
赤と金のツートンカラーの獅子舞みたいな髪、耳にトゲトゲのピアス。派手なメイク。赤い革ジャンと革のパンツ。私立高校だからって先生が自由すぎる……。
「まぁ、いいですけど。ちなみにダンジョンを作った人は誰ですか?」
「長谷川栞、1年C組、同じクラスの……今日休んでただろ」
「あ、そういえば」
彼女は休みだった、かもしれない。
長谷川さんはあまり話したことはない。大人しくていつも教室か図書館で本を読んでいる印象。
「昨日から家に帰ってないと学校に電話があってな。調べると学校のロッカーには荷物も、下駄箱には外履きもあった」
「つまり学校から出てない?」
「あぁ。それで図書室が妙なことになっていることに気がついた。ダンジョン化しちまって危険で誰も近づけない。だから図書室朝から閉鎖してるだろ」
知りませんけど。
「大変じゃないですか、警察は?」
昼休みの職員室、あたしは声を潜めた。
他の先生たちはお弁当を食べ終えて思い思いに過ごしている。生徒一人が失踪したのになんという緊張感の無さだろう。
「だーから『ダンジョン』絡みだっつてんだろ。学校も警察も自衛隊も……大人はダンジョンに関われねぇ。PDSだかんな」
PDS。
パーソナルダンジョンシンドローム、個人迷宮症候群。
若い10代の少年少女がある日突然周囲に『ダンジョン』と呼ばれる異空間、隔絶された結界のような迷宮を生み出してしまう現象。
原因と事象の発動プロセスは未解明だが、21世紀初頭に観測された未知の超新星爆発が影響しているという説が有力である。
PDS発症者は『ダンジョンマスター』と化し自ら生成した迷宮内で異能の力を発現「ひきこもりの王様」状態になる。
世間では行方不明・失踪とされ、ダンジョンが生成されたエリアも子供や少年少女が迷い込み失踪する危険エリアと化す。
ダンジョンマスターを説得あるいは強制排除することでダンジョンは解除され「結晶化」する。
異能力を発現したダンジョンマスターに対抗しうるのは『ガイナス――PDS免疫獲得者』のみ。
ちなみに発症者が回復後、必ず免疫を獲得できるわけではない。ガイナスは全国で数十名ほど確認されているのみである。
【日本政府内閣府危機管理室発行、PDS対策分析資料概要より】
「免疫獲得者の芽歌だから頼んでいるんだ、おまえは出来る子、唯一無二なんだから自信をもて」
先生は爪を磨きながら言った。
「うまく言いくるめられている気が……」
「解決してくれたら内申点アップについて前向きに善処することを検討することを約束しよう」
先生はシルバーアクセサリーだらけの腕をあげて微笑むと親指を立てた。何か難しいことを言っているけど、成功すると内申点がUPする……ってことよね?
「わかりました、やりますよ!」
「頼んだぞ、芽歌」
あたしは放課後、図書室へと向かうことにした。
<つづく>
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