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反省した?バルバ

お待たせしました。数話投稿します。

 ※※※


 時間にして既に夜に差し掛かろうとしている夕食時。ネミルの宿屋の入口前には行列が出来ている。それは宿に泊まろうとする人達の順番待ちでは無く、食堂を目当てに来た人達。今日の皆の目的は一角猪を扱った料理。ギルドで受付嬢が仕入れた事を零してしまい、皆その希少でとても美味な食事にありつこうと、辺鄙な田舎なのに行列が出来てしまっているのである。


 しかもここ最近は、一角猪に限らずネミルの宿屋で提供される料理全てとても美味。実はそれはミークが持ち込んだスパイスによるもの。よって他の料理屋の人間も味を盗もうと時折コッソリ並んでいたりする。


 そんな風に毎日大繁盛なので、今日も食堂は騒々しい。注文を受ける従業員も忙しそうに右往左往している。因みにネミルはギルドの仕事で店には居ない。


 そんな喧騒の店の中、とある不思議な光景が目に入る。


 料理が乗ったお盆を運ぶ、フワフワと浮かぶ細い女性の左腕。音も無く客と調理場を行ったり来たりしている。大勢の人や従業員がいるにも関わらず、上手くすり抜け全くぶつからない。そんな奇妙な様子なのに、客の方も慣れたもので、左腕が黙ってテーブルの傍までやって来ると「待ってました」と嬉しそうに、お盆の上にある一角猪のステーキや飲み物を取ってテーブルに並べている。


 そしてその本体はと言うと、厨房横の洗い場で、右腕だけを器用に使い次々やって来るお皿やコップ等を洗っている。そもそもミークは右利きなので、慣れれば何とかなる様だ。因みに今の左目は紅色。腕を動かすのにサーチ機能を使った方がより正確に動かせるからだ。


 そんな風に一生懸命洗い場で働くミークに客席から声が飛ぶ。


「よお赤眼の! お前のお陰で美味い飯ありつけて感謝してるぜ!」


「ばぁか赤眼じゃねえ隻腕だ! なあミーク?」


「あはは。どっちでも良いです」


 愛想笑いを返しながら忙しなく食器を洗い手拭いで水滴を拭き取り陳列していくミーク。美しい黒髪は洗い場では邪魔になるのでポニーにしている。その美しいうなじが振り返る度時折見えると、都度客席にいる男共はその艶めかしさを見たくて一斉に目を向けるが、ミークは素知らぬふりをしている。


 ……冒険者やってるよりかなり忙しいけど、何だか楽しい。


 お客さんが和気藹々と飲み食いしている様を見ながら仕事をする。地球では無かった経験に、ミークは心底楽しみながら食器を洗っていた。


 そのうち厨房も立たせて欲しいな、なんて思いながら鼻歌混じりに洗い場で仕事をしていると、急に店内が静まり返る。従業員までも動きが止まった。そして皆一斉に入り口を見つめている。ミークは「?」と思いながら皆と同じく入り口に視線をやる。


 そこには、今日ミークが倒した、軽装姿のバルバが居た。彼の視線の先にはミーク。無表情のまま見つめている。


「町の連中に、ミークがここに居るって聞いた」


 バルバが静まり返った店内で入り口で佇みつつミークに伝える。ミークは左腕をバルバに見つからない様自身の身体に戻した。そこで事情を知らないネミルの母親が、忙しそうにしながら入り口で突っ立っているバルバに声を掛ける。


「そんなとこで突っ立ってないでさっさと座っておくれ! カウンター空いてるから!」


 そう大声をかけられ、バルバは黙って1つだけ空席のカウンターに座る。そこは丁度ミークの目の前。着席したバルバを見て、先程まで上機嫌だったミークの表情が明らかに曇る。


「何の用? また暴れるつもり? あんた私と会う前も色々やらかしてたみたいじゃん。ネミルから色々聞いたよ」


 警戒をしたまま声をかけるも、バルバはじっとミークを見たまま返事をしない。


「この宿屋やお客さんにまで迷惑かけて欲しく無いんだけど。注文しないなら出てってくんない?」


 ミークが敵対心顕わにそう付け加えると、バルバは徐ろに立ち上がる。そして静かに頭を下げた。


「……悪かった」


 ボソッとそう呟いたのを聞いたミークは少し驚いて「え?」と聞き返すと、再度バルバは頭を下げ、今度はやや大きめの声になる。


「ギルドでは悪かった。謝罪する」


「……ふーん」


 ちゃんと約束守ってんじゃん。ミークはほんの少し感心しながら、「で、注文は?」と聞くと「一角猪のステーキ」とバルバが答えながら座ったので、ネミルの母親に注文を通した。


 闘技場でバルバがミークに倒された事は既に冒険者達があちこちで話していたので、ファリスの殆どが知っていた。更にギルドでバルバがひと悶着起こした事も。また何か騒動を起こすかも知れない、と店内に居た人々は内心ビクビクしていたのだが、バルバの謝罪する様子を見た面々は驚きながらも安堵し、先程の続きの様に喧騒が戻った。


 ミークも何事も無かったかの様に再び食器を洗い始める。バルバはその様子をじっと見つめている。カウンター越しなのでまあまあ距離は近い。流石にずっと見られるのが気恥ずかしいミークは、「何?」と聞く。


「いや。髪後ろに括ってんのいい感じだなって思ってな。やっぱりお前、相当な美人だな」


 フッと微笑みながら恥ずかし気も無く真正面から褒めるバルバに、ミークは「あっそ」と少し照れながらそっぽを向く。基本バルバは男前。そのイケメンが歯に衣着せぬ様子でキザな言葉を吐いた事に、ミークは虚を突かれた模様。きっとバルバはただ本音を漏らしただけなのだろうが、闘技場に居た時は敵対心満載だった事を鑑みると、ギャップがあってミークも困惑している。


 そして再び店内が忙しくなってきた。店内の配膳が遅れ気味になってきた。ミークは左腕を切り離そうか少し迷う。左腕を使って手伝いたいがバルバが目の前にいる。この町の人達は左腕について知っているので構わないがバルバは余所者。少し考えたミークだったが、まあバレても特に困る事は無い、忙しい今の状況を手伝う方が大事だ、と割り切り、スッと再び左腕を切り離した。


 それを見てバルバはびっくりし、座っていた椅子からガタン、とずり落ちる。


「なっ! な、何だそれは!」


 ミークを指差し眼の前で離れていく左腕を見ながら口をパクパクさせるバルバ。やっぱそういう反応になるか、と思うミーク。


「私の能力。気にしないで」


「い、いや能力って! 普通気になるだろ! ……って、おい。店内の連中全然気にしてねぇ!?」


 バルバの叫びに客の誰かが大声で答える。


「そりゃあ俺達慣れてるからなあ! 寧ろこの食堂でしか見れないから貴重だぜ!」


「そうさ! だから俺達は隻腕のミークって呼んでるんだ!」


 客達から飛んでくる言葉に、その2つ名は正直恥ずかしいから本当は止めてほしい、と小さく溜息を吐くミーク。いつからそう呼ばれ始めたのか定かでは無いが、既に勝手にファリス中に広まっていて、ミークがそれを知った時には時既に遅し。なので半ば諦めているのだが。


 そして料理が出てくるまでの間、店内を縦横無尽に行き交う左腕を、ずっと怪訝な顔をしたまま目で追うバルバ。少しして、ミークの左腕がお盆に一角猪のステーキをスッとバルバのところに運ぶと、ビクっと驚きつつもバルバは他の客がしてた様に、そろりと香ばしい匂いを漂わせる料理を自分の前に運ぶ。途端、お盆を持ったままの左腕がスッと離れる。


「……」


 食欲をそそる香りを絶やさないステーキを目の前にしても、バルバは左腕の動きを目で追ってしまう。


「どういう理屈で動いてんだ?」


 ついミークに質問するバルバだが、ミークは「理屈言っても分かんないと思うよ」と、忙しそうに食器を片付けながら答える。


「そんな事より、さっさと食べないと冷めちゃうよ。外でお客さん待ってるし早く片して欲しいんだけど」


「あ、ああ……」


 バルバはミークに急かされ一角猪のステーキにナイフを入れる。溢れる肉汁にバルバもつい涎が垂れそうになるが、それを制してカットした肉を頬張る。


「!!!」


 ……な、何だこれ! 王都の宮廷の味を超えてるんじゃねーか!?


 スパイスで味付けされたステーキ肉を食すのは当然初めてのバルバ。その強烈な旨味に驚いてしまった。バルバは王都で超一流と評されるシェフが提供する一角猪を嗜んだ事がある。一角猪は希少且つとても美味で有名な食材。だからこそ王都で食べた時の味は未だ覚えている。だがそれを凌駕する程の美味さ。同じ食材で、しかもこんな田舎の宿屋の食堂だと言うのに。


 そもそも一角猪がこんな辺鄙な場所で提供される事自体異常なのだが、それもミークが狩って来た、となれば、その強さを既に知っているバルバならある程度納得は出来る。


 ここの行列に並んでいる際、ミークが来てからこの宿の食事が格段に上がった、と人々が囁いていたのを聞いていたバルバ。


 ステーキを丁寧にナイフでカットし、行儀良くフォークで口に運びつつ、ふと、ミークを上目で見る。相変わらず忙しなく働いているが、左腕は依然として店の中を飛び回っているのでその身体には無い。その整った顔立ちを見ていると、時折紅色の左目がキラっと光っている。まるでゴーレムに組み込まれている魔石の様な、無機質な輝き。


 ……確か町の連中、ミークがこの食堂に色々提供してから美味くなったとか言ってたな。一体何を持ち込んだ? ……その圧倒的な美貌、似つかわない脅威的な戦闘能力、そして意味不明な腕に料理の素材。……ミーク、お前は一体何者だ?

感想等頂けたら幸いです。

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