隻腕のミークと呼ばれ始める
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町の最奥にある立派な邸宅。町長が住まうその場所にラミーとバルバはやって来た。門番に連れられ中に入ると、バルバは先程からキョロキョロ見渡しながら「へえ~」と何やら感心している。
「辺鄙な田舎にしちゃ結構豪華な造りだな」
「ここの町長は昔王都に住んでいた事があったからでしょうね。それなりに立派にしておく重要性が分かっているんでしょう。それよりさっさと用事済ませてしまいましょう。町に来てまだご飯さえ食べてないのよ。早くゆっくりしたいわ」
そうだな、バルバがと返事したところで、若い執事のノライが2階から降りてきて、恭しく2人に一礼した。
「遠路遥々お疲れ様です。町長は上の部屋でお待ちです。お連れ致します」
2階に誘われバルバは後を付いていく。だがラミーが何故か付いて来ず下を向いてその場で佇んでいる。不思議に思って振り返り声をかけるバルバ。
「おい何やってんだ? さっさと終わらせようって言ったの何処の誰だ?」
「わ、分かってるわよ」
何やら気不味そうに慌てて階段を上がっていくラミー。少し頬が紅潮している様に見える。それを見て益々不思議そうにするバルバだが、早く用事を済ませたい気持ちが勝り、それ以上ラミーの様子について突っ込まなかった。
町長室の前までやって来てノライがコン、コンとノックし、「お連れしました」と扉越しに声を掛けると、中から「入ってもらいなさい」と即返答があり、失礼します、と一言告げた後、ノライは扉を開けた。
扉を開けると、銀髪で口髭を携えた痩せ型の中年男性、マルガン町長が「よく来てくれた」と笑顔で出迎えた。
「久しぶりだな、ラミー。元気だったか? そちらも遠路遥々ご苦労。さあ立ち話も何だから掛けてくれ。そうだ軽食を用意しよう。ノライ、頼む」
マルガン町長に指示されかしこまりました、と返事し一礼した後、ノライはチラリとラミーを見る。その視線に気付いたラミーはハッして直ぐふい、と下を見た。ノライの口元が緩んだ様に見えたラミーだが、ノライは直ぐ扉を閉め出て行ったので真偽の程は定かではない。
「飯用意してくれるのはありがてぇ。ここ来てまだ何も食ってねぇし。な? ラミー」
「え? え、ええ、そうね」
よそよそしいその態度にバルバは「?」と首を捻る。何だかここに来てから様子がおかしいラミーに対し、流石にバルバも気になって「一体どうした?」と聞いてしまう。
「どうしたって、何が?」
「ここに来てから様子がおかしいぞお前? いつもの偉そうな態度は何処にいった?」
バルバの言葉にラミーがキッとなって言い返そうとしたが、マルガン町長が口を挟んだ。
「済まないがこちらも忙しい身なんでね。話を進めても良いか?」
町長の言葉にラミーが向き直り「すみません。勿論どうぞ」と返事する。一方のバルバはラミーの様子にもう少し突っ込みたかったが、町長にそう言われてしまってはどうしようもないので、仕方無さそうに深く座り直した。
2人の様子を見た後マルガン町長はオホン、と咳払いを1つしてから話を始める。
「まず、魔族が顕れたかも知れない、という話は、既にギルドで聞いて貰ったと思う。そこで今回2人にはその真偽の確認も含め、魔族が顕れたというダンジョンの捜索をお願いしたい」
マルガン町長の言葉に2人は同時に頷く。
「あのダンジョンはまだ誰も踏破していなくてね。場合によっては最下層まで潜らないといけないかも知れない。なので君達2人だけでは危険だろうから、うちのノライを連れて行くと良い。彼はここの執事として働いているが、そうじゃなければゴールドランク級の冒険者に匹敵する強さだ。きっと役に立つよ」
それを聞いてバルバは「あのナヨナヨし奴がねえ」と呟くと、ラミーがムッとしてバルバを横目で睨みながら「何も知らない癖に」と反論する。
「あ? その口ぶりじゃあ、あの執事について詳しそうだな」
バルバがそう言うとラミーは言葉を返さず下を向く。またも様子がおかしいラミーに、バルバは益々訝しがる。そんな2人を気にせず町長が話を続ける。
「それと、今回魔族について報告してくれたミークという冒険者も共に行って貰う事にする。彼女が発見者だから魔族と思われる者が顕れた際分かるだろうし、冒険者としても相当な強さだから大丈夫だろう」
「ああ。オルトロスと、オーガ2体を従えたオーガキングをたった1人で倒したバケモノだろ? 到底信じられねぇけど」
「ギルドでも確認したけどその話本当なのかしら? 私もあり得ないと思っているけど」
訝しむ2人にマルガン町長はフッと笑みを浮かべ「そりゃそうだろうな」と彼等に同意する。
「当然私も当初は信じられなかったよ。でも私は目の前で彼女の能力を見せて貰った事がある。だから間違いないよ。まあでも、それでも未だに夢の中の話じゃないか、って思ってるけどね」
「そのミークって女の能力って何なんだ?」
興味津々な様子でバルバが前のめりに質問するも、マルガン町長は口髭を触りながら少し考え「冒険者の能力はおいそれと教えて良いものじゃないだろうから、当人に直接聞いてくれ」と言葉を濁した。
拍子抜けしたバルバは「ケッ、何だよ詰まらねぇ」と舌打ちしながらドッカと深く座り込んだ。
「とにかく、今回商人に素材の確認をして貰って、偽物じゃないお墨付きが貰えれば、ミークもゴールドランクに昇格させるつもりなんだよ。証拠が無いと出来ない決まりだからね。それにこの町のギルド長がシルバーランクだから、この町でそれ以上のランクに昇格となると、私の承認も必要になるから、多少手間がかかる訳だ」
「……まあ、その強さじゃゴールドランクも当然でしょうね。本当ならね」
「そのミークとやらも俺等とダンジョン捜索するってんなら、そいつの能力についてはその時までのお楽しみって事だな。でも女とは言えバケモノとパーティ組むのか……」
何やら残念そうな口ぶりでバルバがそう零したところで、町長室の扉からコン、コンとノックする音が聞こえ、「ノライです。軽食を用意しました」と声が聞こえた。「ああ。ご苦労。入ってくれ」と町長が伝え、ノライともう1人の給仕が軽食を載せたワゴンと共に中に入った。
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軽食をつまみながら町長との話が終わった後、バルバは身に付けていた鎧と剣が流石に邪魔だと、ギルドに戻り荷物を取って宿に行くとの事で一足先に町長宅を出て行った。ラミーは食事を終えた後、流石に長旅の疲れを感じた為、町長宅の庭園真ん中の噴水の縁に腰掛け一息ついていた。
そこへ執事のノライがやって来た。真面目で仕事に忠実な、普段余り表情を崩さないノライ。だが、その顔は珍しく笑みを湛えている。
「久しぶりだね。ラミー」
微笑みながら声をかけるノライ。そして近づいてきていたのには気付いていたが、何故か気不味そうに俯くラミー。
「え、ええ。久しぶり。大きくなったわね」
「ラミーもね。もう戻って来ないと思ってたよ。ジャミーさんと大喧嘩しちゃったしね」
「そ、そうね」
モゴモゴしながら何とか答えるラミーの横に、ノライは自然に腰掛ける。その様子にピクっと反応するラミーだが、その様子を悟られない様必死に自然体を演じている。そんなぎこちないラミーに気付いたノライは、俯いているラミーの顔を下から覗き込む。
「久々だから緊張してる? いつもの減らず口はどうしたんだ? 前はもっと僕に強く当たってたじゃないか」
ノライが覗き込みながらそう質問すると、ラミーは顔を見られない様ノライと反対側にフイ、とそっぽを向きながら反論する。
「へ、減らず口って……。私そんなに口悪くないわよ!」
「ハハッ。良く言う。小さい頃からずっと僕には怒鳴り口調だったじゃないか」
ノライの言葉に口を尖らせるラミー。だがふと、真顔になりノライに向き合って質問する。
「ねえノライ。本当に冒険者にならなくて良かったのかしら? 小さい頃から憧れてたって、王都に行って数々の功績を残して有名になりたいって、そう言ってたわよね?」
ラミーの問いかけにノライはハハっと笑いながら、足の反動を使い腰掛けていた噴水の縁からふっと飛んで立ち、「そう言えばそうだったね」と返事する。
「確かに以前はそう思ってた。でも今はあの町長の元に仕えているのも悪くないって思ってる。あの人本当にこの町の事を第一に考えているんだ。僕が町長を護る事でこの町も守られる。そう思うとやり甲斐はあるしね。後悔はしてない」
「そう……」
「それに給料結構良いんだ。勿論ゴールドランクのラミーよりは少ないだろうけど。そうだ。今度久々にネミルの宿屋で夕食でもどう? 最近良い食材が沢山仕入れられてるらしくて、元々美味しかったのに更に味が向上してるんだ」
それってデートじゃ……。とふと言いかけるも止めるラミー。慌てて別の話題を振る。
「食材って、迷いの森で冒険者が動物や魔物を狩って来るのよね? それが良くなっているって事?」
「ああ。さっきも話題に上がってたミークって言う冒険者が特にね。彼女、狩りだけじゃなく料理を美味しくする……、確か、香辛料? とか言ってたかな? そういうのも見つけるのが得意みたいでね」
嬉々として語るノライに、ラミーは率直に疑問を感じる。
「そのミークって、一体どんな女なの?」
ラミーの質問にノライはんー、と顎に手を当て考える。
「不思議。奇妙。奇怪。そのどれも当てはまる、かな? ああそれと、時々片腕が無くなるんだ」
ノライの妙な言い回しに、ラミーは「?」と首を傾げる。
「何その、時々腕が無くなる、って?」
「それは会ってみたら分かるよ。だから僕達ファリスの人間は、彼女を隻腕のミークって最近呼んでる」
ノライの回答にラミーは益々怪訝な顔をした。
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