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襲撃

ケルベロスはよく出てくるのでオルトロス

 ※※※


「はあ……。はあ……。へへへ。よしよし。ちゃんと着いて来てやがるな」


 ゴルガは時折振り返りながら、一定の距離を保ちつつとある方向へひた走る。


 武器と装備は持ったままなので相当苦しいが、目的があるからか、その顔には思った程疲労の色は無い。寧ろ活き活きとしている。


「はあ……。はあ……。おおい! こっちだ! 俺はこっちだぞ! ほら! 俺程度にも追いつけないのかあ!」


 言葉を理解しているとは思わないが、そんな安い挑発でものってくれる。「ガルルルウ~」と怒りの唸りを上げ、ゴルガ目指して追いかけてくる。


 ゴルガも流石はブロンズランクの冒険者。森の中を一直線には走らず、ジグザグに移動したり、裏をかいて物陰に隠れたり、そして挑発しながら逃げていた。


「はあ……。はあ……。ダンジョンで見たオルトロスがここに居る理由は分からねぇが、これだけの魔物なら……、へへへ」


 息を切らしつつも嗤いながら目的地へ魔物を誘うゴルガ。


 オルトロスとは2つ頭を持つ犬の魔物。及び全身は黒い毛で覆われていてその背丈は15mにも及ぶ為まるで動く岩山の如く巨体。尾が蛇になっているのも特徴で、蛇の牙には猛毒がある。その大きさに似つかわず俊敏で、強靭な鋭い爪と牙で相手を瞬殺する。


 ゴールドランクの冒険者でも数人がかりで漸く倒せる様な強力な魔物。実は以前ゴルガがパーティを組みダンジョンに挑んだ際、勝手に下の階に進んで出会った魔物が、このオルトロスだった。


 そうこうしているうちにゴルガは迷いの森を抜ける。その後を岩山の様に巨大なオルトロスが後を追う。


「ここまでくれば……!」


 ゴルガは盗賊から盗んだ風の魔石を使い、走る速度を加速させる。「ガガガ?」もう少しで追いつきそうになったオルトロスは一瞬驚いた様な雰囲気になると同時に、中々捕まえられない苛立ちが募り、


「ガオオオオオーーーーーーンン!!!!」


 と森の外で大きく吠える。オルトロスはいつの間にか森の外出ていて、目の前に大きな壁とその中に沢山の人間の気配を感じた。


「グルル……」


 そこでゴルガへの興味は失せ、舌舐めずりをしながらノシリノシリゆっくり町の入り口へ向かって行く。その様子を木陰でこっそり覗いていたゴルガはぐっと拳を握りしめ歓喜する。


「へへ! 大成功だあ! 俺をコケにしやがった町の連中皆殺されちまえ! ……ああ。俺は何も知らねぇぜ? オルトロスが勝手に町に向かったんだからなあ!」


 してやったりの顔で喜ぶゴルガ。そして町が襲われる様子を見てやろうと、ゴルガは気味の悪い笑みを浮かべ木陰から様子を伺っていた。


 ※※※


「何だ? 今の?」


「迷いの森の方から聞こえてきたぞ?」


 門番のリケルとカイトは聞いた事の無い獣の様な声が聞こえた方角を見る。するとその方向から、徐々に黒い大きな塊が町の方へ向かってくるのが見える。それが近づいてくると大きな魔物だと分かった。


「ま、魔物だ! 滅茶苦茶デカい!」


「不味い! こっちに向かって来てるぞ!」


 急いでリケルはポケットから警笛を出し、ピイイーー! と思い切り吹いて鳴らした。これは町中を警備している他の隊員へ危機が迫っている事を知らせる笛で、それを聞いた警備隊は一斉に集まる仕組みになっている。


「と、とにかく俺等で何とか防がなきゃ! カイト! ギルド行って冒険者にも協力を要請してきてくれ! あんなデカブツ警備隊だけじゃどうにもならない!」


「いや駄目だ! この時間ギルドに冒険者は居ない!」


「そ、そうか」


「何にしてもお前1人じゃ無理だ! とりあえず笛は鳴らしたんだ! サーシェク隊長も来る! それまで俺達2人で持ちこたえなきゃ!」


 分かった、とリケルが答え、覚悟を決めて2人は装備している槍を構えた。


 オルトロスはとうとう町の入り口にやって来た。そして一旦2人の目の前で立ち止まる。「グルル……」と2つの頭が涎をダラダラ垂らしながらじいぃ、と2人を睨みつける。


 オルトロスの口から覗く牙1つで、人間の大きさ位はあるだろうか。余りの凶悪な見た目と巨大さに、2人は蛇に睨まれた蛙の様に恐怖で固まってしまった。


 ……こ、こんな化け物、どうやって倒せば良いんだ?


 ……ああ。震えが止まらない。怖い。恐ろしい。こんな怪物倒せっこない。食われる。殺される……


 何とか勇気を振り絞り、抗おうと攻撃したくても、恐怖のあまり身体が硬直し言う事を聞いてくれない。


 刹那、フッとカイトがその場から消えた。と同時にバン、と数十m離れた先で音がする。恐る恐るそちらを見ると、カイトが吹っ飛び打ち付けられた音だった。


「攻撃が……、全然、見えなかった……」


 ガタガタ全身が震えるリケル。ゴフッとカイトが飛ばされた先で血を吐いている。だが、助けに行けない。動けない。


 ……こいつはこれまで見知った魔物とは圧倒的にレベルが違う。絶対的な強者。もし町に入れてしまったら間違いなく一方的な蹂躙が始まる……


 リケルは心の中に燻る正義感を振り絞る。「動け! 動け!」と足をバンバンと槍で叩く。そして「ふうぅー」と息を吐き、死ぬ気で突撃しようとしたその時、


 肩にポン、とサーシェクの手が乗った。


「止めておこう。無駄死にする必要はない」


「た、隊長!」


 リケルの目がぱあ、と輝く。後ろを見ると他の隊員達も20人程駆けつけていた。


 だが、サーシェクの顔には全くの余裕が無い。


「……オルトロス。何でこんなところに? ラルもブロンズランクの連中も出払ってて居ない今この時に、こんな化け物が町に来るなんて」


 ※※※


「ん?」


 何やら笛の音が町の入り口方面から聞こえた。ミークが「何だろ?」と不思議に思いギルドに向かう足を止める。するとその後直ぐ、警備隊と白馬に乗ったサーシェクが町の入り口方面へ駆けていった。一応顔を知っているのですれ違いざま挨拶しようとするも、その表情には緊張の色が見て取れた。しかもサーシェクはミークとすれ違った事さえも気づいていない様子。


 家の中に居た町の人達もゾロゾロと外に出てきて、何事か、と不安な様子で警備隊が向かう先を見つめている。


「何かあったのかな?」


 明らかにただ事ではない。ミークは人に悟られない様注意しながら、左目を紅色に変え、望遠で町の入り口方面を見てみる。


「おお? 何かデカい犬? がいる。ってか頭2つある! あれ何か分かる?」


 ーー先程トレースした魔物図鑑のデータと照合……。オルトロスという魔物と酷似。見た目に反して相当俊敏で尻尾が蛇になっていて猛毒を所持。獰猛で人を食料にする様ですーー


「ええ? じゃあ危ないんじゃないの? あの警備隊の人達で倒せそう?」


 ーー警備隊と隊長全員の身体能力を確認……。討伐の可能性2%。オルトロスの戦闘力の方が圧倒的ですーー


 これは相当不味い。助けに行かないと。じゃないと町が危ない。そう思ったミークは左腕を切り離そうとする。


 だが周りにはそこそこ人が居る。腕を切り離した自分を見られるのは不味いかも知れない。色々詮索されるのは面倒だ。


「空を飛ぶのも止めといた方が良いな……。じゃあ走るのが最適解か。身体能力5倍」


 ーー了解。身体能力5倍ーー


 AIから返事があったと当時に、ミークの四肢がギシギシと軋む。そしてスタートの構え。現在の場所から入り口まで約2.3km。身体能力5倍なら約2分半で着くだろう。


「空を飛べばもっと速く着くけど仕方ない。警備隊の人達それまで頑張って」


 そしてスタートの構えからビュン、と駆け出すミーク。いきなり風を切って走る美女に、周りの人達も驚いているが今はそれどころではない。その中に「あ! 昨日の木の実の子だ!」と声を上げるとある冒険者の声が聞こえたがそれもスルーし、ミークは先を急いだ。


 ※※※


「俺が先頭に立つ。皆は俺の合図と共に左前足を一斉に攻撃だ」


「「「「「了解!!!!」」」」


 緊張の色が濃くなるサーシェクは、自身の剣をスラリと抜き、目の前で未だダラダラと涎をたらしながら、サーシェクを見つめる2つの頭の前で構える。


 背中の冷や汗が止まらない。これまで何度も魔物の討伐はしてきたサーシェクだが、ここまでの強敵は初めてだ。


 それでもここで抑えなければ、間違いなく町の人達は助からない。運の悪い事に普段は沢山いる冒険者達もこの時間帯は殆ど居ない。


 額からも汗が流れる。それを拭き取ろうともせず、緊張感を保ったまま、どう討伐しようか考えていると、双頭が同時にクイ、と頭を持ち上げ大きな口を開けた。


 サーシェクは「何か来るぞ! 総員散れ!」と大声で叫びサーシェク自身も身を翻そうとする。そして次の瞬間、


「「ロアアアアアアアーーーー!!」」


 と双頭が同時に超音波の様な息を混ぜながら、大きな叫び声を警備隊全員に浴びせた。するとサーシェク含む全員が、ピシ、と固まってしまい、ガタガタと震えだす。


「こ、これは……。弱者に対して恐怖を浴びせ身動きさせなくする、オルトロスのスキル、か」


 他の警備隊員達は言葉さえも発せられず恐怖で顔が青ざめ震えと発汗が止まらない中、唯一サーシェクだけは口を開く事が出来た。だがそのサーシェクも剣を構えるのがやっと。


 一方のオルトロスは強者故か余裕の佇まい。捕食者とただの餌という圧倒的な差。全く警戒せず警備隊の1人に片方の頭が大きな口を開けあーん、と齧り付こうとする。


 だが、「させるか!」と、サーシェクが渾身の力を振り絞り、どうにか身体を動かす事が出来、ガシィ、とその牙を何とか剣で受け止める。だが「ぐ、ぐぐ……」食らいつこうとする顎の力が強過ぎる。サーシェクは全身で抗うのが精一杯。


 そんなサーシェクを、もう1つの頭が邪魔だと言わんばかりに額で軽くゴン、と頭突く。「ぐわあ!!」とまるで木っ葉の如く吹っ飛び町の壁にドン、と激突した。


「う、うう……」壁にめり込み呻きながら、何とか剣を杖代わりにして立ち上がる。そして再び、未だ動けない警備隊に齧り付こうとするオルトロスに向かって、一か八か息を切らせながらも叫ぶサーシェク。


「はあ……、はあ……。そんな、動けない奴しか……、相手に出来ないのか! はあ……、はあ……。臆病者めえー!」


 言葉が通じるかどうか分からない。だが何とか警備隊員を守らねば。その思いから必死に挑発し、自分へと意識を向けようとする。それを聞いたオルトロスは、どうやら意味が通じた様で、齧り付こうとしていたのを止め、「グルルル……」と唸り双頭をサーシェクへ向ける。


 ……とりあえず挑発は出来た。だがこんな化け物俺達だけじゃ絶対に勝てない。ラル達冒険者が居ても勝てたかどうか。とにかく町から遠ざける。俺が囮になって一旦迷いの森へ向かわせる!


 挑発に乗ると言う事は、何故だか分からないが言葉は理解出来る様だ、と、サーシェクは「ほらこっちだ!」と迷いの森へ駆け出そうとした


 が、


 オルトロスがバン、とひとっ飛びでサーシェクのいる場所を超えて跳躍する。「な!」驚くのも束の間、オルトロスが振り返りざま鋭い爪でサーシェクを横薙ぎ。「がああああ!!」痛みで叫びながらふっ飛ばされ、カイトが飛ばされた近くの地面にドン、と叩きつけられた。


「う、うう……」腹ばいで呻くサーシェク。そしてノシリノシリとゆっくり向かってくる捕食者。鎧がある程度攻撃を防いでくれたものの、銅の部分は鎧ごとザックリ裂けてしまい深手を負ってしまった。その隙間から血が溢れて来る。


 ……ああ。俺はもう無理だ。これで終わりだ。ラル、後は頼んだ。……ネミル、伝えたい事があったんだけどな……


 双頭のうち片方が、サーシェクを咥え持ち上げる。もう片方が食らうのに邪魔だと思ったのだろう、器用に鎧を剥がしていく。


 もう抗う気力も無くなったサーシェクは、オルトロスのなすがままに身包みを剥がされる。そして片方の犬が舌なめずりした後、大きな口を開け中にサーシェクを放り込む。


 が、


 放り込んだ筈のサーシェクが居なくなった。


「???」


 不思議に思ったオルトロスが辺りをキョロキョロ見回す。だが見当たらない。それもその筈、サーシェクはオルトロスの遥か上空に居るのだから。


「危なかったー。間一髪だった」


 それを成した黒髪の美女が焦りの表情を浮かべ、そう呟いた。



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