魔族
ある程度書き溜め出来ました。
また暫く投稿開始致します。
サーシェクが難しい顔をしながら成る程、と呟く。
「魔族か……。だが俺達は実際見た事無いんだよな」
「確か、前に魔族がこの世界に顕れたのが30年位前だった筈。当時俺達はまだ小さい子どもだったから、殆ど記憶がない。ファリスには魔族が襲って来なかったしな」
サーシェクが折れた剣を横に置いたタイミングでラルが徐に本棚に歩いていく。そして背表紙に「魔族について」と書かれた一冊の本を取り出した。
サーシェクがラルの行動を不思議がり、「どうしたんだ?」と質問するが、ラルはその問いには答えず、それをペラペラと捲ってとある箇所で止め読み始めた。
「魔族とは、人型の様な外見をしている。中には頭が山羊や熊の形をしている者も存在する。皆須く王族よりも遥か膨大な魔素を体内に保有し、また、人族或いは亜人が使用する魔法よりも強力強大な魔法を使用出来る。更に、我々が知り得ない特殊な能力を持っている事がある。過去には、魔物を使役したり、催眠、麻痺、毒等を使用出来る魔族が存在した。そして、魔族1人それだけで、ゴールドランカーと対等に戦えるだけの戦闘力を兼ね備えている」
ラルが一息ついたところでサーシェクが疑問に思って質問する。
「いや、そんな本今更開いて調べなくても皆誰でも知ってる事だろ? 魔族ってのは規格外の強者ってのはこの世界での共通認識だ。わざわざどうしたんだ?」
「いや、再度確認したかっただけだ。だがこの通りだとするとおかしい」
「何が?」
「昨日水晶玉使ってミークの魔素を調べたんだが、ミークは魔素を全く持って無かった」
「へ? でもそこに書いてある通り、魔族って全員魔素を持ってるんだろ? しかも王族より遥かに多い魔素量を」
「だからおかしいって言ってんだよ。ミークの不思議な能力と馬鹿力について説明がつかねぇ」
「もしかしたら、鑑定魔法を阻害出来るとか?」
サーシェクの推測にラルがうーむと、唸る。
「その可能性も無くはないがな。ともかく、ミークはこんな辺鄙な町に1人ふらりとやって来た余所者。しかもこの世界の事を全く知らない。本人は神様に生き返らされ連れて来られた、と言ってるがな。正直信じられない話だ。だからもしかしたら、ミークが人に化けた魔族かもって疑ってんだ」
「でも、さっき会ったら普通の女の子だったけどな。ちゃんと挨拶もするし」
サーシェクの言葉にラルは頭をガシガシと掻きながら「そうなんだよなあ~」と困った顔をする。
「昨日ずっと一緒に居たネミルによると、とても素直で思いやりもあり手伝いもする良い子って言ったんだよな」
「良い子ねえ」
ラルの言葉にサーシェクはう~んと顎に手を当て唸る。
「魔族は30年程前、俺達人族そして亜人も含めて、世界を恐怖に陥れた存在。破壊と殺戮を世界中で行い、人を人と思わず蹂躙しまくったよな? それが良い子と言うのは違和感しか無いな」
「やっぱそうだよな」
サーシェクとラルは2人揃って黙り込む。ミークの存在自体をどう判断すれば良いのか、気持ちが定まらないというか、落ち着かない様子。
「まあでも、あの美貌は普通じゃないかも知れないな」
「へえ。ファリスきっての男前、サーシェクでもそう思うのか」
ラルがからかい半分でそう言うと、サーシェクは「やめろよ」と手を振る。そして真顔でラルにこう伝える。
「余り考えたくはないが、もしかしたら人族に溶け込む為に良い子を装っている可能性もある。ま、俺も一応気にかけとくよ」
「杞憂だと良いんだがな。今この世界はとても平和だ。過去魔族と戦ってくれた先輩達のおかげでな。特にファリスは魔族が侵攻して来なかった事もあってずっと平穏だ。俺としてはこの状況が末永く続いて欲しい。だから些細な事でも気になった事は解決しておきたい。その為に怪しいと思ったら何でも調べるつもりだ」
熱く語るラルを見て、サーシェクはフッと笑い「責任感強いね」とおだてる。そんなサーシェクにラルは「寄せよ気持ち悪い。お前が俺を褒めるって、明日槍でも降るんじゃねーか?」とおどける。
そしてゴホンと咳払いして話を続ける。
「ま、ギルドとしてはとりあえずネミルをずっとミークの傍に付けている。何か気になった事があったら、ネミルから報告あるだろうし」
「ま、あの美少女、ミークがそれだけ規格外だって事なんだな。ラルがそんなに気にかけるなんて。寧ろ興味湧いてきたよ」
「おいおい。余計な事すんなよ」
嗜めるラルにサーシェクは分かった、と返事するが、その顔は少しニヤけている。ラルはそんなサーシェクの心中が気になったが、一応警備隊長、滅多な事はしないだろうと一応信じる事にした。
「じゃ、そろそろ行くよ。今日は興味深い話聞けて楽しかった」
そう言って立ち上がりギルド長室のドアまで歩いていくサーシェク。そしてドアを開け「あ、警備隊長の件は諦めてないからな」と白い歯を見せニコッと笑顔で振り返った後出ていった。
サーシェクの眩しい太陽の様な笑顔を浴びせられたラルだが、慣れた様子で呆れた顔をしながら、
「いやいい加減諦めろよ」
と、既に誰も居ないギルド室で返事する様に呟いた。
※※※
小走りで駆けたので、ネミルはギルドからやや離れたところで息を切らし立ち止まった。同じく走ってついていっていたミークは不思議に思いネミルに聞いてみる。
「どうしたの急に?」
はあ、はあと息を整えているネミル。少しして「何でもないの」と顔を赤らめたまま返事する。そしてふう、と息を吐いて、
「と、とりあえずご飯食べよっか?」
ね? と念押しして直ぐ、スタスタとミークを置いて歩いていく。「え?」と驚きながら慌ててネミルの後を追うミーク。
そこでハッと気付く。もしかしてネミルは……。
「そっか。あの警備隊長さんが気になってるんだ」
と率直な意見を言うと、ネミルは耳まで真っ赤になってしまい、歩いていたのにまた逃げる様に駆け出した。
あ、これ多分図星だ、と、それ以上聞くのは野暮だと思い、ミークは黙ってネミルの後に付いていった。
因みに向かっているのはギルドがある場所から更に奥、町の入口とは反対側。ミークは町の知らない場所に向かう事が楽しくてついあちこち目移りしながら、ネミルの後をついていく。そんな、2人の女性が大通りを小走りで駆けていくのを、周りの人達は不思議そうに見ていた。
少しして、ネミルはとある店の前で立ち止まった。膝に手を当て肩で息をしながら。
「はあ、はあ、こ、こ、ここ、ぜえ、ぜえ、と、とて、とても、はあ、はあ、美味しい、ぜえ、ぜえ、のよ……」
息を切らしながら説明するネミルとは対象的に、ケロッとした様子で「へー。確かに美味しそうな匂いが外まで漂ってきてるね」と若干テンションが高い様子で答えるミーク。
「はあ、はあ……。さ、さす、流石冒険者、ね……。疲れてないのね」
「この程度なら一日中走っても大丈夫だよ」
何ならもっと速いスピードで走れるけど、とつい口から出てしまいそうになったのを慌てて止める。また変に勘ぐられるのが面倒なので。
漸く息が整ってきたネミルが、はあ、と呆れてため息を吐く。
「ギルド長倒したのは伊達じゃないって訳ね。まあとりあえず入りましょうか」
また美味しい物が食べられる。それが嬉しいミークは元気よく「うん!」と返事した。
※※※
ネミルが案内してくれた食堂の食事もとても美味しかった様で、ミークはニコニコしながらお腹を擦りつつ出てきた。そんな様子をネミルはクスクス笑いながら「余程満足したのね」と言うと、
「うん。お魚なんて初めて食べたから」
と答える。ミークが暮らしていた地下には、川も海も、当然湖も存在しない。勿論地表にはあったが食用となる生き物は全て死滅していたし、魚を獲る為に危険な地表に行こうなどと誰もしなかったし、そもそももう飲料水として使用出来ない程汚染されていたので、存在は知っていたものの食べた事は無かったのである。
ニッコニコでそう答えるミークだったが、ネミルにとって魚を食する事は特段珍しく無かったので、「そんなに酷いとこだったんだ」とつい本音を呟く。
その言葉が耳に入ったミークは「そう。本当に酷かった」と返した。
「昔はこの世界に近い位、空気が澄んでて海も川もあって、自然があって綺麗なとこだったんだって。でも私が産まれた頃には既に戦争してて、全てを滅茶苦茶にしちゃってた。だから私達は地下に潜ってずっと暮らしてたんだ」
「地下に?」
「そう。そこで大きな町を造って。でもそれも全部壊されちゃった。両親も友達も皆死んじゃった。……望仁も……」
「モチヒト?」
「あ、ううん。何でも無い。とにかく、この世界の平和な環境、澄んだ空気、本当素敵だと思う」
やや寂しげにニコっと笑顔を向けそう答えるミークの目の下が、ほんの少し濡れていた。
「そう。辛かったのね。ごめんね、辛い事思い出させちゃって」
ネミルが申し訳無さそうに謝ると、ミークは「ううん、気にしないで」と答え、「ほら、魔石屋連れてって」とネミルの袖を引っ張った。
……話が具体的なのよね。だから嘘吐いてる様に見えない。でもその話が、魔族の世界の事を語っているかも知れない。でもこのミークが魔族って、うーん……。
感想等頂ければ幸いです。