ギークの正体
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ミークの紅い左眼が無機質にキュイ、キュイィと極微量な音をさせながら動いている。どうやら先程スピカに追尾させたドローンの様子を確認しているのであろう。
「……ふう。どうやら間に合った」
スピカの協力もあり既のところでミラリスを救出し、洞窟内の残党を全員倒した事をドローンのカメラで確認出来たミークは胸を撫で下ろす。
「……あのそばかすの三つ編みの女の人が多分ミラリスって人かな? ギルドで騒ぎ起こしてたでっかい男に襲われてたけどとりあえず助ける事が出来て良かった、まあ後はドローンで何とかなるか」
そうやって皆に説明する様に1人語るミークだが、他の皆は呆れた様子でミークを見つめている。
「「「……」」」
「ん? 何?」
「……いやミーク、この状況で何故そんなに冷静なのかしら?」
「まあ知ってたからね」
「知ってた? だと? 何故……」
その言葉にいち早く反応したのはギルド長のギーク。
「何故って? まあ偶然警備隊長にドローンくっつけてたからだけどね。奴を追っかけてた最中入れ違いですれ違ったでしょ? その時の様子も見てたからね。だからいつどうやって本性現すんだろうって警戒だけはしてたんだ」
実は今、ギルド長ギークは、受付嬢ファルマを後ろから羽交い締めにし、その首筋に短剣を突き付けているのである。
突然の出来事にラミー達は反応すら出来なかったが、唯一ミークだけは冷静な様子で、しかも助けようともしなかったので、皆呆気に取られているのである。
「一体、どういう事かにゃ?」
ニャリルの当然の疑問に、ミークは「分かりやすく言うとこの人、二重人格? みたいな感じなんだよね。……多分魔族と人族の混血?」と、事も無げに答える。
「え? 魔族、との……」
「混血、だにゃ?」
「えええ……」
「……」
その言葉に皆一様に驚く。特にギークは「何故分かった?」と驚愕の表情に変わる。
ファリスの近くの迷いの森で見つけた幼い子2人から、ギルド長が酷い事をした、と聞いていたミークは、ギルド長を名乗るこのギークに何かしらの疑いを持っていた。
勿論それはラミー達も同様であるが、ただ彼女達は、ファルマとのやり取りを見てどうやら子どもの勘違いだろうと思っていた様である。当初ミークも同様だったのだが、それでも一応、ミークは警戒してギークの身体をスキャンしていたのである。
するとギークが元々持っていた魔素の成分の中に、魔族特有の魔素が含まれていたを見つけたのである。
この世界、冒険者なら魔素を持っている者が居ても不思議ではないが、魔族の魔素と元々人族が持つ物とは成分が違う事を、Aiが分析しミークに報告していたのである。また、唯一このメンバーでミーク以外に魔素を判別できるラミーは、先程の女魔族に会うまで魔族に遭遇した事が無かった為気付かなかったのである。
ミークの発言を聞いたラミーは、未だファルマを後ろ手に捕まえているギークを改めて観察する。
「成る程確かに……、微妙に魔素の雰囲気? が違うわね。先程の女魔族とそっくりな魔素を感じるわ。……人族と魔族の混血、この世界には存在はしているのは伝え聞いた事はあるけれど、殆どが幼少期に成長出来ずに亡くなってしまうのが通説。確か、魔族の魔素に人族の身体が耐えられなくなるから。でも、それが成人して存在しているなんてね」
ラミーの説明にギークは「流石ゴールドランクのラミー。詳しいな」とファルマの首筋に短剣を突き付けたまま向き直る。
「ミークの言った通りだ。俺は魔族と人族の混血。理由は不明だが運良くこの歳まで生きて来られた。しかもずっと、魔族の性格は表面化せず、人族の様に心穏やかに生活出来ていた。ところが……」
「あの町長が来て、で、あの薄い紫の膜が町を覆ってからおかしくなった、と」
「……急に狂った様に殺戮したくなる衝動に駆られた。こんな事初めてだった。おかしな話だと思うだろうが本当の事だ。魔族の血のお陰か、普通の人族より身体能力は高かったから、冒険者として名を挙げギルド長を任される様になり、平穏だったデムバックでも信頼を得られていたつもりだった。なのにその狂気の衝動を抑える事が出来なくなった。それで……」
「あの冒険者の連中と同じ様になった、と」
「……そうだ。だがそんな自分に抗う、人族としての気持ちが心の底に燻っていた。だから当初は衝動を抑え込めなかったものの、何度も挑戦するうち何とか紫の膜の中でも衝動を抑える事に成功した。多分それも皮肉な話、魔族の血のお陰かもな」
自嘲する様にニヤけるギークに、今度はミークが向き合う。
「で、この後どうするつもり?」
ギークはファルマから離れず警戒しながら、少しずつ後ずさる。
「このまま逃がしてくれれば何もしない。さっき言ってたよな? お前の不思議な力でミラリスを見つけた、と。俺もミラリス含め他の女達の行方を追っていたんだがな。なら俺はミラリス達に、自分がした事をバラされる。そうなると当然罰せられる。だから俺はここから逃れ、別の場所でひっそり暮らしたい」
ギークの話にミークは明らかにムッとした顔をする。
「自分勝手過ぎない? 逆でしょ。自分の出自をちゃんと説明して謝罪すべきじゃないの?」
ミークの正論を聞いて今度はギークが苛立った顔になる。
「お前は魔族が人族からどれだけ恐れられ、忌み嫌われているか知らないのか? 魔族の血が混ざってるなんて知れたら、到底受け入れてなど貰えないのは想像に難くないだろ。……安心しろ。ファルマだけでなくデムバックの人達を傷つける事はしない」
「まあそれは信じて良いのでしょうけれど」
傍で話を聞いていたラミーが口を挟む。
「でもギルド長のあなたが今回の問題に関係するのであれば、このまま放置する訳にはいかないのよ。私達、実はファリスのギルド長からここの調査を頼まれてここに来たのよ。原因の一端を担ったのなら、あなたも捕まえないといけないわ」
ラミーがそう話すと同時に、エイリーとニャリルはお互い見合って頷き合い、いつでも武器を装備出来る様身構える。その様子を見てギークは逡巡する。
……エルフと猫獣人は冒険者といえたかが女。だがラミーとこの黒髪は流石に俺の手に負えない。魔族の血を持つ俺でさえ、あの町長に敵わなかったのに、この黒髪、ミークは事も無げに倒した様だし、更に後から来た膨大な魔力を持つあの女魔族でさえ敵わなかった。さてどうするか……。
お互いがどう動こうかと身構える中、ミークが急に「あ、終わったみたい」と声を上げた。
「終わったって、何かしら?」
「洞窟の方。あの大男も私のドローンが倒したよ。とりあえず行った方が良いよね」
「え、でもこれ、どうするのかしら?」
ミークが顎に手を当て少し考え、「ラミーってミラリスって人と顔見知り何でしょ? じゃあラミーは行った方が良いね」とラミーに伝えると、「まあ、そうかしらね?」と返事する。
そして今度はニャリルととエイリーに向き直り、「私もドローン回収して女の人達の状態を確認したいし。よし、エイリーとニャリル、なんとかしてみて」と伝えた。




