フィクションの守護者
「何度言えば分かるんだ! 俺はフィクションの守護者なんだよ! あいつらの横暴を止めたかっただけだ!」
男は声を荒らげ、拘束された両手を取調室の机に叩きつけ、怒りを露わにする。
「俺は生まれてすぐ親に捨てられた。施設でも職員や他のガキから散々虐められたよ。そんな俺の唯一の救いが小説だった。こんなクソみたいな世の中に絶望してビルから飛び降りずにすんだのは、フィクションの世界があったからだ。それなのに……」
「空想と現実を混同し、ルールや価値観を振りかざし、作品を台無しにする自称有識者ども……フィクションをフィクションと理解できない愚か者のせいで俺の愛する世界は息苦しく、歪で、退屈なものに成り下がった!」
「あいつらは現存する作品を踏みにじるだけでなく、これから生まれるはずだった希望の芽を摘み、大地を穢した極悪人だ! それなのに自分達が正義だと勘違いし、世間だけでなく創作者まで奴らに同調し媚びへつらっている!」
「だから世の中に知らしめたかったんだ! フィクションを守る者が確かにここにいるということを! 奴らの蛮行は決して許されないということを! 俺は犯罪者じゃない、守護者なんだ!」
それまで黙って男の話を聞いていた刑事は、長く深いため息をついた。
「……もう何遍も同じやり取りを繰り返して、いい加減飽きたんだけどよ……お前もフィクションをフィクションと理解できない愚か者のひとりだろ」
「……は?」
「お前は孤児ではなく会社員と専業主婦の血の繋がった両親がいるし、刃物を振り回して襲いかかったのはコメンテーター役の俳優で、大層な御高説の内容も全部映画の主人公の台詞、そのまんまじゃねえか」
「……なに……言ってるんだ……」
「はあ……俺、観に行くの楽しみにしてたんだぞ、『フィクションの守護者』。それなのにお前のせいで公開中止になっちまった。事件の捜査でネタバレまでされるし、どうしてくれんだよ。誰がどう考えても、お前は守護者じゃなくてフィクションを台無しにするただの犯罪者だろうが」
男の焦点の定まっていない瞳には、もはや刑事の姿は写っていなかった。
「……そんな……ばかな……ちがう……おれは、フィクションのしゅごしゃ……そうか……わかったぞ! ……これも……ぜんぶフィクションなんだ! あははっ! そうだっ! そうに決まってる!! はははははははは」