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一章 エピローグ 転じる生へと

 夜明けが始まったばかりの、雲から射すわずかな光でぼくは目覚めた。藁で作った簡素なベッドが肌を刺す。寝起きと就寝の時に味わうこの感覚は相変わらず慣れない。ミカはもう礼拝に出たらしい。隣のベッドには誰もいない。


 ということは、ぼくは礼拝に遅れていることになる。ぼくは、しまった、とついひとりごちた。礼拝の時間に遅れれば、村中のみんなから怠け者の烙印を押されてしまう。ぼくは急いで家を飛び出し、教会に向かった。


 それにしてもなぜぼくは寝坊したのだろうか。朝になると早起きのミカがぼくのことを叩き起こしてくれるはずだ。不思議に思いながらも、ぼくは教会に入り、礼拝堂に向かった。


あなたは主を疑ってはならない。

あなたは主の望まれる世界の民として善行を積まなければならない。

あなたは主の求める完全を目指し生きねばならない。


 他のみんなが復唱するのに、少し遅れてぼくも復唱する。隣からミカの、幼さを必死に突っぱねているような声が聞こえた。ぼくはミカにちらりと目をやったが、ミカは視線を返してこなかった。


 ぼくはちらちらと目を向けるが、ミカは何も反応しない。いつもならば、鬱陶しいぼくの足を思いっきり踏んづけるはずなのに。とうとう、怠け過ぎでミカに呆れられてしまったから、ぼくは無視されているのだろうか。いや、それはいつものことだろう。目の前にいるミカは偽物か、それともぼくについての記憶を失ったのだろうか。


 確かめたい気持ちに駆られ、ぼくはミカの肩に触れて揺らした。だが、何も反応しなかった。首を掴んでも、腕を握っても、ぼくが何を試しても、ミカはぼくに何も返さなかった。


 やがて礼拝が終わり、ミカは浄礼へと向かってしまう。ミカがぼくの知らない遠い所に行ってしまうような気がした。


「待ってよ、ミカ! 行かないで!」


 必死に叫ぶが、ぼくはミカが浄礼場に入っていったところで留まった。浄礼は神様がおつくりになった自らの身体も心も清める神聖な儀式だ。もしかすれば神様がミカの異変に気づいて、ミカの異常をお清めになってくれるかもしれない。ぼくは礼拝場に戻り、ひとり、神様が潜んでいる彫刻石に祈った。ミカを助けてください、もう怠けたりしません、完全な世界のために人生の全てを捧げますから、と。


 だけどぼくの祈りは届かなかった。出てきたミカを抱きしめても、ミカは何も反応しなかった。腕から力が抜ける。ミカを手放すと、何事もなかったかのように、ミカはその場を後にした。


 ぼくが呆然自失としていると、浄礼からバースが戻ってきた。ぼくはバースに駆け寄った。


「バース! ミカが、ミカがおかしいんだ!」


 だけど、バースもミカと同じだった。何をしてもぼくはバースに認知されなかった。待って、と叫ぶぼくを背に彼は礼拝堂を出ていっていまう。


「罰ですよ、シオン君」


 神父様が優しく諭すように、そして嘲るように、ぼくに言った。


「これは貴方に課せられた罰なのです。言ったでしょう。神は私達をいつでも見ていると。貴方がやった悪行は全て神の目に留まったのです」


 神父様の顔が次々と変わっていく、信徒たち、ティアナ、バースが戦って成導騎士へと。そうだ。ぼくは取り返しのつかないことをした。ミカの死に立ちあえて、彼女を助けられていたかもしれないのに、バースたちに合流しなかった。ミカの死に直面したバースを支えてあげるべきだったのに、バースの人生を改変し、自分の都合の良いしもべに変えた。


 ぼくは無視されて当然だ。いや、バースとミカがぼくに気づかないのも当然だ。二人はもう、いないのだから。


「やっと気づいたのか、シオン」


 嘲笑を浮かべたバースが目の前にいた。


「お前が俺に奴隷だと思い込ませた」


 バースは自分の首を指さした。そこには首輪の痕があった。


「あなたが私を殺したのよ」


 今度はミカが現れて、ぼくに言う。ミカの目は血で覆われ、胴体から臓器が出ていた。


「お前は罰せられるべきだ」


 バースが言う。


「あなたは罰せられるべきよ」


 ミカが言う。


「神から罰せられるべきです」


 罰せられるべきだ、と神父様が次々と別の人間の姿に変わって言う。そんなこと、何回も言わずとも、みんなも、ぼくも、わかっているはずなのに、何度も、何度も、責め立てられる。ぼくは臓腑がかき回されたような気持悪さを感じた。そして神父様の姿が変わり、白の短髪とあどけない顔の中性的な少年になったとき、ぼくは目を見開いた。


「君は罰せられるべきだよ。シオン、いや郡山遊真」


 目の前に現れたのは、ぼくだった。




「起きてください、起きてください!」


 意識が覚醒すると、それまでの、自分と、自分の身体への気持ち悪さに悩まされる感覚、ぽっかりと胸に穴が開いたような感覚、つまり強い罪悪感と喪失感を感性が伝えてきた。


「大丈夫ですか? シオン様!」


 バースは心配そうにぼくの目をのぞき込んだ。


 汗の感触がべったりとぼくの肌に染みついていた。呼吸が荒い。笑顔を作ろうとするが、上手く表情が操れない。そんなぼくを見て、バースの面持ちがより深刻になっていく。


 周囲の様子が目に入る。葉の隙間を縫って微かな陽光が届くが、林立している木々の影に覆われてしまっていた。辺りはまだまだ薄暗い。今は夜が明けたばかりだろうか。


 ぼくは尻のあたりに、ざらついた感触を感じて、立って下を見てみると、そこには皮の外套があった。そこでようやくぼくは落ち着きを取り戻し、今の状況を整理できた。


 ぼくとバースは森で野宿をしていた。眠った後、ぼくは夢の中で、ぼくを通して、ではなく、普通の感性のみを通して、罪悪感と喪失感を味わったらしい。みょうちきりんな言い方だけど、感性の夢を見た、と言い換えるのがわかりやすいだろう。


 事実に気づいた時、ぼくはつい笑ってしまう。夢の中で、ぼくは普通の人間の、普通の感性のみをもって、人生を体験していた。


 今までは、ぼくが感性から伝えられる感情に、喜びをもって、ノイズをかけていたが、今回のは違う。夢から目覚めたばかりのぼくは、まともな人間の感情をもって、生きていたのだ。


 笑いが止まらない。こらえようと努力しても面白くてたまらない。ぼくは目の前でぽかんと、戸惑っているバースを納得させられる理由を作ってやる。


「ごめん、ごめん、脅かしただけだよ! びっくりした?」


 バースは呆れたような顔を作り、ため息をついた。


「魘されていたので、心配しましたよ。肝が冷えることはやめてくださいね」


「はーい!」


 声だけは大きい返事をすると、バースに睨まれてしまった。感性が気まずさを感じたようで、足を地面に固定されているような感覚を味わった。もういつもに戻ってしまったようだ。感性がぼくに普通を伝え、ぼくが普通を楽しむ、その日常へと。だが、さっきの夢のように、まともな感性だけで、人生を捉える、そんな日がいつか来るのだろう。未来に思いを馳せると、胸が躍り、踊って、いてもたってもいられなくなった。


 ぼくの心情を汲んだかのように、未来を祝福するように、樹木の間から漏れた光がぼくを照らした。だが、ぼくの先は明るいわけではない。


 ぼくは転生するのだ。全ての体験を快楽として享受できる感性ではなく、苦楽の別がある人生へと。ぼくは光の中から、鬱蒼と茂り、先の見えない茂みへと、手を伸ばした。




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