手遅れ
一生懸命恋に恋をした、浅はかだった女の子の話。
私はあなたが好きです。
それはもう、考えない時がないほど。
これは片思い、叶わぬ恋。
一度だって話したことはないし、私のことなんて知るわけない。
それでもいい、好きな気持ちに変わりないから。
でも今日こそはあなたに告白します。
振られたっていい。気持ちを伝えるの。
例え拒否されても、私は恋を貫きたい。
そのために準備した、あなたを閉じ込めるための部屋。
振られたとしても、あなたを私のものにする。
呼び出した場所に彼がやってきた。
見覚えのないであろう私に怪訝そうな顔をしながら。
そんな顔もとっても素敵。
「ええと、何?」
ああもう好き、声もトーンもすごく好き!
口からついて出そうになるのをこらえながら、小さく深呼吸する。
「あの、私」
覚悟してきたはずなのに、言葉に詰まる。
しっかりして、もう決めたんだから。犯罪だとしても彼を手に入れるって、決めたんだから。
「私、あなたが好きです」
「え」
消えそうな声で告げた言葉に驚いたのか、または、聞こえなかったか。
首を傾げる彼に頬が熱くなる。
だめ、返事が待てない。
次の言葉を発する前に、私は握りしめていたスタンガンを彼の腹に押し付けていた。
***
「…っはあ」
ぐったりとした彼を支えながら部屋へ入る。
思ったよりスムーズに連れてこれた、彼の体格がそこまで大きくないからかも。
それでも大変だし、車がないと無理だった。
部屋の廊下を引きずるように運び、鎖のついた手錠を片手にかけパイプベッドのフレームに繋いだ。
「………」
ベッドに横たわる彼を見て、後ろめたさがないわけではない。
これは犯罪だ。監禁しようとしてるのだから。でも、そうしても手に入れたかった。
「…ごめんなさい」
気を失う彼に呟く。そっとベッドサイドに腰掛け、目を伏せる。
「あなたに嫌われても、好きなんです」
「はは、かわい」
「っ」
背後から聞こえた声にはっとした。
ばっと振り返ると、気絶していたはずの彼と目が合う。
「起き、たの」
「んーん、起きてたよ」
「え…」
彼の言葉に頭がうまく回らない。
起きてた?いつから?呆然と見つめる私に、柔らかく目を細める。
「馬鹿だな。女の子が一人で男を運べるわけないでしょ。気絶なんてしてない、気絶したフリをして俺が、自分で歩いて、ここまで来たの。君の肩を借りてね」
スタンガンとか百発百中でもないよ、とこの場にそぐわない酷く甘いトーンで話してくる彼。
私のほうが状況についていけない。
私の立てた計画、だったはずなのに。
「あーもう。笑いこらえるの大変だった、自分でやれてると思って一生懸命なの。可愛すぎ」
「わ、わかんない、なんで?私あなたを監禁しようとしてたのに…なんで自分から…」
混乱して声が掠れる。
好きだったはずの彼が得体の知れないものに感じる。
あからさまに動揺する私を楽しそうに眺めて、ゆっくり起き上がる。思わずびくりと震えた。
「君のこと知ってるよ。知花ちゃんだよね、バイト先に何回かきたことある」
「…え」
「俺のことが大好きで、帰り道よくついてきてたね。家の前にもいたことある、知ってるよだいたい。バレバレだもん」
知られてないはずなのに、名前まで。
怖くなって後ずさるとすかさず手首を掴まれる。
手錠に繋がった鎖がじゃらりと鈍い音を立てた。
「こんなことまでして俺が欲しいんだ?愛されてるね俺、ドキドキする」
「や」
「告白してくれたのに返事聞いてくれないんだもん、せっかちだな。今返事するね、俺も好きだよ」
強い力で引き寄せられて、そのまま抱きしめられる。
望んだはずの温もりが、今はただ怖い。
「ほら、俺はもう君のものだから君も俺のだね。両想いだし」
「ちが…」
「違わないよ、なあんにも。君は俺に『恋』して夢中になって、俺はそんな君が可愛くて滑稽で『愛』してるんだよ」
心臓がばくばくと跳ねる。
彼の腕に閉じ込められて、怖くて動けずにいると力が少し緩んで、彼の指が私の顎を掬う。
目の前には、とびきり優しい笑顔の彼。
「軽率だったね知花ちゃん、愛は恋よりずっと重いよ。教えてあげるね、恋しか知らない君に」
重なる唇。
ああ、もう逃げられない。
そのうち彼視点も書く所存。