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対面③

「おいしん!いないのか!?聞こえてないのか!?」


 しかし、心地よい眠りの時間は唐突に終わりを告げた。

 俺の部屋に響き渡る『ドンドン!!』というドアを力強く叩く音と、ドアを貫通して俺の鼓膜こまくをぶち抜く親父の大きな声が、深い眠りの底にいた俺を物凄い勢いで引っ張り出した。

 叩き起こされた事に苛立ちを感じながらそばにあったスマホを確認すると時刻は12時半、まだ俺が寝てから1時間ちょっとしか経っていなかった。

 『何だよ…』と心の中で不満を漏らしながら、俺はゆっくりとベッドから起き上がり部屋のドアを開けた。


「なんだ寝ていたのか」

「あぁ、なんか疲れが溜まってて…」

「そうか…それはすまなかったな。だが入居者の方が、どうしてもこれからお世話になる家族の皆様に御挨拶をと言われてな。すまんが挨拶だけでもしてもらえるか?」

「ん…分かった」


 なんとも律儀で礼儀正しい入居者様だろうか。べつに俺がお世話をするわけではないし、そもそも俺が入居者と関わることなど殆どないというのに。


「(はぁ…)」


 だが余りのタイミングの悪さに俺は内心深いため息をつかざるを得ない。

 とはいえ向こうが礼儀正しく振舞ってくれているのにないがしろにする訳にもいかない。

 俺は鏡の前で身だしなみをチェックした後、部屋の外で俺を待っていた親父と一緒に重い足取りで階段を下りた。


「申し訳ございません。もしかして御休み中でしたでしょうか…」

「あぁお気になさらず!きっと部屋で音楽でも聴いていたんでしょう。今日は学校も休みですから」

「本当に申し訳ございません。わたくしの我儘に御付き合いさせてしまい…。ただどうしても、これから御世話になる大家おおや様の御家族の皆様には御挨拶したく…」

「いいんですよ~!そんなに頭を下げないでください!こっちが恐縮してしまいますよ~!」

「お心遣いありがとうございます。なにせ初めての異国の地ですので、分からないことも多く…としが近い大家様の御子息様にも何かと御世話になる機会も多いかと存じまして…」

「うちのバカ息子であれば好きに使ってください!力仕事位はできますから」


 親父に続いて階段を下りている途中、1階の玄関先から話声が聞こえた。

 一人は間違いなく母さん、もう一人は恐らくくだんの入居者様だろう。どうやら声から察するに、新しい住人は若い女性のようだ。


「(さっさと挨拶を済ませて二度寝しよ…)」


 まだ覚めきれぬ眠気を引きずりながら階段を下り切った俺は、親父と一緒に玄関へと向かった。


しん!あんた何やってたの!?さっさとご挨拶しな!」


 親父と一緒にようやく二階から下りてきた俺を見ると、母さんは大きな声で俺を呼び手招きをした。

 正直こういう初対面の人間に挨拶するのは苦手だが、向こうが律儀に挨拶に来てくれている以上こちらもそれ応えるのが筋である。

 俺は今一度背筋を正し、玄関先にいる新しい入居者達の前に出た。

 そして―――


「お目にかかれて光栄ですわ。わたくし、本日からお世話になります【ユエル・ロレンス】と申します。後ろにいる二人はわたくしの妹で、貴方あなた様から見て左にいるのが次女の【ラル】、右にいるのが三女の【クリス】ですわ。二人とも、御挨拶なさい」

「よろしくお願い致します」

「…よろしく…お願いします」


 彼女達を見た瞬間、俺の頭から一切の眠気が吹き飛んでいた。

 母さんの隣に立った俺の目の前には3人の新しい住人―――思わず息を呑んでしまう程に美しい白銀の髪が印象的な、3人の若い異国の女性が立っていた。

 そのうちの一人、恐らく長女であろう女性―――ユエル・ロレンスと名乗った女性は、俺が母さんの横に立つのと同時に深々と俺に向かってお辞儀をし、流暢な日本語で丁寧な挨拶をした。


「あっ…私が息子の五条ごじょうしんです。お待たせしてしまい申し訳ありません。こちらこそよろしくお願い致します」


 余りの礼儀正しさと物腰の柔らかさ、そして何より庶民の俺ですら分かる気品溢れる所作に、俺は恐縮し反射的に深々とお辞儀をしていた。


「(おいおい新しい入居者って外国人かよ!?しかも3人ともメチャクチャ美人じゃんか!人形かよ!?いやそれよりも……3人とも胸がでけぇ!!足が長ぇ!!あと日本語上手!)」


 深々と頭を下げるユエルさんに反して軽く会釈をする程度だったラルさんとクリスさん、しかしおかげで2人の顔はしっかりと見る事が出来た。

 ショートカットの癖のない銀髪と無機質なシルバーの金属フレームのメガネ、カフェでコーヒーを飲みながら活字を読む姿が容易に想像出来るラル・ロレンスさん。その姿は正に仕事ができる女、しかし…まるで凍りついたかのように眉ひとつ動かさない彼女からは、なんとも近寄りがたい圧を感じた。

 対して癖のある腰まで伸びた長い銀髪でメガネをかけていない三女のクリス・ロレンスさん、彼女からはラルさんのような圧は全く感じなかった……のだが。彼女もまたラルさんとは違うが何とも言えない空気、俺を見ているはずなのに俺以外の何かを見ているような目と感情の読めない表情が、言いようのない独特な空気を醸し出していた。

 だがそんな2人にも完全に共通する紛れもない事実が1つ、それは―――二人とも思わず息をむ程に容姿端麗な美人だということだ。

 昨日約十年ぶりに再会した嘉茂かも家の3人、あやさん達も言葉を失うほどに綺麗だったが…この人達ロレンスの美しさは彼女達かもとは異なる種類、言うなれば和と洋…あやさん達がしとやかな日本人形ならユエルさん達は煌びやかな西洋人形、どちらが勝っているとか劣っているとかはなく、どちらも違った美しさを放っていた。

 

 久々に再会した大和美人の幼馴染達と新たな住人である異国の美女達、まるで夢のような展開に俺の心は当然躍る。しかし何より、何よりだ!俺の心を跳ね上げさせたモノがある。

 そう―――それはОPPAIだ!!!!

 深々とお辞儀をした事で揺れ、その存在を大きく主張したユエルさんに実ったたわわな二つの果実!!その大きさは昨日約十年ぶりに再会した嘉茂かも家長女、あやさんにも負けず劣らず立派な果実!!

 そしてそんなユエルさんの一歩後ろ、俺から見て左に立つラルさんと右に立つクリスさん、ユエルさんの妹である彼女達の果実は大きさこそ僅かに劣るが、姉のユエルさんと同様に立派な果実を携えていた!!そしてそれはまさしく、同じく昨日見た嘉茂かも家三女、あおいちゃんを連想させる立派な果実であった!!

 これを見てテンションの上がらない男がいるか?いいやいる訳がない!!そんな奴は男じゃねぇ!!

 こうして俺は平静を装いながら心の中で喜びの舞を踊っていた。


「それじゃあ挨拶も済んだことだし、せっかくだから皆さんうちでお茶でもいかがかしら?」


 俺とユエルさんがほぼ同時にお辞儀を終え頭を上げると、上機嫌な様子の母さんがユエルさん達にお茶のお誘いをした。


「そんな、お気遣いなく!」

「いいのよ!せっかく美味しそうなお茶菓子を頂いたんですもの!お茶位ご馳走させてくださいな!」


 そう言うと母さんは遠慮するユエルさんに手に持っていたオシャレで高級感のある紙袋を見せた。


「(なるほど…母さんが上機嫌だったのは高そうなお菓子をユエルさん達からもらったからか)」


 わざわざ俺にも丁寧な挨拶をするくらい律儀な人なのだから、手土産を用意していても何ら不思議ではない。そしてその律儀で礼儀正しい姿勢を見て、母さんは余程ユエルさん達の事を気に入ったようだ。お茶の誘いに恐縮し遠慮するユエルさんを、母さんはやや強引気味で誘っていた。


「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせて頂きますわ」

「よかったわぁ~美味しいお茶を入れますから、さぁさぁ3人とも上がってください!」


 そんな2人のやり取りを少々不安げに見守っていた俺と親父だったが、最後はユエルさんが母さんの顔を立てて折れてくれた。それにより心底嬉しそうに無邪気にはしゃぐ母さんだが…俺と親父は内心冷や汗ものだった。


「あっ…そうだしんさん」

「はい?なんですか?」


 ホッと胸を撫で下ろした俺に掛けられた声、俺はその声に返事をし…母さんから俺の目の前に立つ声の主へと視線を移した。

 そこで俺は初めて声の主―――ユエルさんの顔をしっかりとこの眼に映した。

 玉のように美しくシミ一つない純白の柔肌。

 人形のように誰かの手で作られたのではないかと思う程の端麗な顔立ち。

 絹のように艶やかでサラサラな腰まで伸びた癖のない銀色の長い髪。

 そして……まるで見る者全てを吸い込んでしまいそうな、宝石の如く美しく妖しい輝きを放つ透き通った真紅の瞳。

 それら全てを、俺は、今、初めて、しっかりと、……この両目に映したのだ。

 

「これからよろしくお願いしますわァ~」


 女は笑う。

 不敵に笑う。

 柔らかかった口角を鋭利に吊り上げ。

 優しかった目を不気味に歪ませ。

 慎ましく隠していた白い歯を大胆に見せ。

 湧きあがる喜びの全てを表情に乗せ、女は楽しげに笑った。

 

「あ…あぁ…あああぁ…!?」


 男は震える。

 恐怖に震える。

 頭のてっぺんから足の爪先まで硬直させ。

 身体中の穴という穴から玉のような汗を出し。

 力が入らぬ口を無防備に大きく開き。

 湧きあがる恐怖の全てを表情に乗せ、男は極寒に耐えるように震えた。


「ウッフフフ!そんなに驚かれたらァ~お姉さん悲しいわァ~かわいいかわいい()()さん」


 恐怖に震える男の眼に映るのは不敵に笑う美しい女、されどその女は人なれど人間にあらず。

 ゆえに男の脳裏に浮かぶのは―――つばの広い円錐型の帽子を被り、紺色のドレスで包んだ身体を夜空に溶け込ませ、夜風に長い白銀の絹髪きぬめがみを泳がせ、ベンチに座るように夜空に浮かぶほうきに腰をかけ、満月をまるで従者のように従え月光を背に浴び、妖しい真紅の輝きを放つ双眼でこちらを見下ろす一人の女だった。


「ウッフフフフ!!これから仲良くしましょうねェ~~し・ん・く・ん」


 そして女は笑う。不敵に笑う。口角を鋭く吊り上げ。その目を不気味に歪ませ。男の腹の底から嬉々として恐怖と絶望を引きずり出すように、女は心底楽しげに家に笑い声を響かせ………そして身の毛もよだつ冷たい笑みを浮かべた。


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