対面
…………
………
……
…
「し~ん!いつまで寝てんの!学校が休みだからって寝すぎよ!」
「!?」
暗闇の中で聞き慣れた声が響いた。
それが一体誰の声なのかは言われずとも瞬時に理解出来た。
そして理解したその瞬間、覚醒した俺は両目を大きく開き飛び起きた。
「ここは…」
真っ暗な世界から戻ってきた俺の目の前に広がったのは見慣れたいつもの光景だった。見慣れた天井と照明、壁と窓、家具にテレビにパソコン……ここは間違いなく俺の部屋だ。
そして先程聞こえてきた聞き慣れた声は、間違いなく俺の母さんの声だった。
「身体は!?」
周囲の状況を把握した俺が次に心配したのは、当然のことながら自分自身の身体のことだった。
焦りながら自分の身体に目を向けるが、キチンと寝間着を着ている身体に痛みはなく異変は感じられない。しかし不安が拭いきれない俺は、一切の迷いなくベッドから起き上がり、身に付けている全ての衣服を脱ぎ捨てた。
そして慌てながら部屋の電気を点け、姿見鏡の前で自分の全身をくまなくチェックした。
「よかったぁ~!!」
その結果は異常なし、文句なしの健康体だった。
安堵した俺は心の底からの叫びを部屋に響かせ、部屋の床に仰向けで崩れ落ち大の字を描いた。
「信!あんたいつまで…!」
俺が全裸で天井を眺めていると、突然部屋のドアが開いた。
ドアを開けたのは先程1階から俺を呼んでいた母さん、どうやらまだ起きてこない俺に痺れを切らして呼びに来たようだが…母さんはドアを開けた瞬間に言いかけた言葉を飲み込み静止した。
「「………」」
目と目が合う母と息子、鉛のように重い沈黙と共に母の目の前に広がる光景―――未だに閉められたカーテンから朝日の光が漏れる中、なぜか点けられたシーリングライトの光を全身で浴び、衣服が散乱した部屋の中で大の字で床に寝転がる息子と……天を衝く自己主張の激しいムスコ。
そんな地獄のような光景を見て、我が親愛なる母上は言葉を失い絶句した。
「……ちゃんと起きてるわね…いらんとこまで…。まぁ元気なのは良いことだけど、風邪をひくんじゃないわよ。あと朝ごはん出来てるから、さっさとその……なモノをしまって下りといで」
そう言うと、まるで汚物を見るような冷たい目で俺を見ながら、母さんはドアを閉めて階段を下りて行った。
「ちが…ちょまっ…!?ノックしろやババぁああああああああ!?!………あれ?」
弁明を試みるも頭が回らず何も浮かばず、諦めた俺は虚しく部屋のドアに向かって叫ぶしかなかった。しかし、叫び終えたところで俺は奇妙な事に気が付いた。
俺が気が付いた奇妙な事それは―――
「俺…なんで身体の心配なんかしたんだ?いや…確か凄く怖い夢を見た気が…ダメだ思い出せない。あれ?何だったか…」
そう。どうして自分がベッドから飛び起き、急いで全裸になってまで身体の異常を確認したのか?その原因が全く思い出せないことに気が付いたのだ。
頭の中の一部がとても濃い靄に覆われている感覚、ベッドから飛び起き叫んだ俺の頭はスッキリしているというのに…晴れぬ靄が一体なんだったのか?考えても全く思い出せなかった。
そもそも昨日バイト先を出て途中で京と別れた後の事を何一つ思い出せない。一体全体いつどうやって自宅に帰って来たのか……それすらも俺の記憶には残っていなかった。
そしてその恐ろしい事実に気が付いた瞬間、既に俺の身体は動いていた。
不安に駆られた俺は急いで立ち上がり、部屋を飛び出して階段を駆け下り一目散に母さんがいるであろうキッチンへと向かった。
一流の競走馬の様に素早い動きで部屋から飛び出し――。
草原を駆ける愛馬さながらの軽やかな足取りで廊下を走り――。
断崖絶壁を駆け下りる戦馬の如く勢いで階段を下り――。
風を切り風を起こし風を感じ風で感じ――。
一歩、また一歩と力強く足を踏み出し力強く廊下の床を蹴り出す度に――。
『ぶるん!』『ブルン!!』と暴れ馬の如く荒ぶる暴れん棒とキンタマを揺らしながら、俺はキッチンへと続くドアを勢いよく開けた。
「母さん!!俺昨日どうやって帰って来……!!?」
「さっさと服を着ろ、バカ息子ぉおおおおおおお!!!!!」
生まれたままの姿でキッチンのドアを開けた俺を待っていたのは、鋭い出刃包丁を片手に鬼の形相で立つ我が母だった。
家全体を揺るがす怒号と妖しく光る包丁、生命の危機を瞬時に感じ取った俺は一流のスポーツ選手顔負けの瞬発力で踵を返し、脱兎の如く速度で部屋へと戻った。