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出会い③

「あらあら、腰が抜けちゃったのかしらァ~?」


 そこには奇抜な服を着た女が座っていた。

 いや…この場合座っていたという表現は正しいのか?

 分からない…なぜなら女は本当に座っていたからだ。

 頭につばの広い円錐型の帽子を被り満月から顔を隠し、夜空に溶け込むような紺色のドレスで身を包み、女は月光を背にほうきの上に座っていた。

 何もない宙に。

 全く足場などない空中に。

 まるで寝そべるように地面と水平に浮かぶほうきの先端に優しく辺りを照らすシックなランタンを引っ掛けているソレに、女はお気に入りのベンチに腰をかけるかの如く、優雅に座りながら俺のことを見下ろしていた。

 俺を小馬鹿にするような喋り方で、この状況を楽しんでいるかのように口元を緩ませ、腰を抜かして地べたに座り込み震えている俺を上から立って見下ろしていたのだ。


「ウッフフフ」


 こちらを見下ろす女の不気味な嘲笑ちょうしょう、その対象がじぶんであることは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。

 だが混乱と恐怖に支配された今の俺に怒りの感情など湧くはずがなかった。

 何より俺はその幻想的な光景―――異国情緒溢れるドレスに身を包み、腰まで届くなまめかしい白銀の髪を夜風で揺らし、まるで満月を従者のように従え月光を背に浴びる……この鳥肌が立つ程美しく肝が冷える程に不気味な女に、完全に心を惹きつけられていた。

 そして俺は夜空に浮かぶ2つの妖しい真紅の輝き、時折その形を変える真っ赤な瞳から目を離すことが出来なかった。

 いや…正確には視線を逸らすことを許されなかった。

 俺の視線を釘付けにした女が、その真紅の双眼が、俺に他の何かを目に映す事を許可しなかったのだ…。


「かわいいわねェ~」


 女が意地悪く笑った瞬間だった。

 女の姿が突然目の前から消えた。

 今まで月を背に夜空に座っていた女が、ほうきだけを残して忽然こつぜんと姿を消したのだ。


()()さん」


 次の瞬間、俺の視界は急に暗くなった。

 一体何が起こったのか分からなかったが、その声を聞いて直ぐに理解した。

 今俺の視界に映っているのは、俺の目の前に立っているのは、先程まで夜空に座り此方こちらを見下ろしていた…あの女だという事に。

 そしてそれを理解した瞬間―――俺の後頭部は勢いよく地面の草の上に叩き付けられ、仰向けになった俺の身体は万力で固定されたように地に押し倒されていた。


「あらあら~随分と素直なのねェ~」


 地に降り立った女が『クスクス』と嘲笑あざわらいながら、恐怖と困惑の色に染まった俺の顔を覗き込む。

 俺の顔の直ぐそばまで近付き、ゆっくりとしゃがんで俺の顔を心底愉快そうに覗き込む。

 どう考えてもこの女の仕業なのは間違いない。

 なぜならこの場には俺とこの女…そして、息絶えた化け物しかいないのだから。

 だが目の前に立っていただけの女が、一体どうやって俺を引っ張るように後ろから勢いよく地面に叩き付けたのか?

 それが皆目見当がつかない俺にとって、この鳥肌が立つほどに不気味で端麗たんれいな女は、そこに転がっている非現実的な化け物よりも恐ろしい存在だった。


「フフフッ」


 月光に照らされる女の冷笑。

 整った顔を妖しく歪ませるその姿は―――真夜中の洋館の一室、誰もいない暗く静寂に包まれた部屋の中で、窓から差し込む月の光を浴びながら無言で佇む人形……気品さと上品さを兼ね備えているからこそ美しく、そして心底不気味な西洋人形を彷彿ほうふつとさせた。

 ゆえに俺は女から目が離せず…恐怖した。

 夜風によって冷やされた身体は更に冷え、手袋と厚手のコート中で動かぬ身体をブルブルと震わせた。

 生命の危機、命の危険、そんな日常だが非日常的な存在を肌で感じていた。

  

「あら?あらあらあらァ~?これはァ~何かしらァ~?」


 震える俺を楽しそうに見ていた女、しかし何かに気が付いた女は俺の顔から視線を外した。

 弾んだ声を更に弾ませ、気が付いた異変へと目を向ける女……その視線の先にあるのは俺の下半身だった。

 そしてあろうことか女は、嬉々としてソノ俺の異変へと手を伸ばした。


「ふぐっ!?」


 女の手が俺の異変へと触れた瞬間、俺は思わず変な声を口から漏らしてしまった。


「ウッフフフフ!こんな状況で勃起ぼっきさせるなんてェ~とんだ変態さんねェ~?あなた、恥ずかしくないのかしらァ~?」


 俺の異変…それは勃起ぼっきだった。

 夜風で冷えた身体を恐怖で更に冷やし、全身の感覚がなくなりかけるほど血液の動きは鈍くなっているというのに、俺は…こんな状況で俺は自分のナニをおったてていた。

 寒さと恐怖の余り、羞恥に顔を赤くすることすら出来ずにいるのに、俺の身体はまるで今この瞬間ナニが俺の心臓だと主張するように全身の血液を集中させ、ズボンの中で大きく硬くさせていた。

 そんな俺を女は嘲笑い、文字通り俺のナニをもてあそんだ。

もはや俺の男としてのプライドは粉々に砕かれ、頭の中は羞恥心と恐怖心が飛び交いグチャグチャになっていた。

 信じられない…信じたくない現実、何も出来ずに己の恥を晒すしかない目の前の現実に嫌気がさした俺は、とうとうその両目を固く閉じた。


「あらァ~?現実から目を逸らしちゃうのかしらァ~?いけない子ねェ~そんな子には…」


 俺の下半身を触っていた女の手が離れ、言葉が途切れ、一瞬の静寂が訪れた……その時―――。


「……お仕置き、しなきゃねェ~」


 俺の耳元で女がささやき、その息が耳に吹きかかった。

 次の瞬間、脳から全身にかけて電流が走ったような感覚に襲われた俺の意識は―――プツリと途絶えた。


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