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出会い

「店長、お先に失礼します。お疲れ様でした」

「おお!五条ごじょう君お疲れ様!九宮くみや君も!」

「お疲れっしたー!」


 現在の時刻は午後8時50分前、閉店後の片付けが終わりバイト先である喫茶店から友人と2人帰路につくところだ。


「(それにしても…今日は慌ただしい一日だったなぁ…)」 


 店を出ながら俺が頭に浮かべるのは今朝の出来事だ。

 予期せぬ幼馴染の嘉茂かも三姉妹との再会。それだけでも十二分に驚きだというのに、三姉妹の長女……俺の初恋の人であるあやから伝えられた衝撃の事実―――次女のあいと三女のあおいちゃんが俺と同じ大学に通うという。

 正に寝耳に水、驚く顔と戸惑う声、だが…それ以上に弾んだ心を隠す事が出来なかった俺は、気恥ずかしさを露わにしながら小さな声であやさんに返事をした。

 そんな俺の様子を見て親父の悪戯心に再び火が付き、また一段と話が盛り上がったのがあの後の話だ。

 おかげであっという間に時間は過ぎ去り、気が付いた時には俺はバイトの時間が迫り、あやさん達は用事があるということで、名残り惜しかったが俺達は話を途中で切り上げ嘉茂かも家の3人を見送った。

 そしていつも通り、バイト先である喫茶店での業務を終えた俺は着替えを済ませ店長へ挨拶をし、バイト仲間であり同じ大学に通う同級生、九宮くみや きょうと共に暗くなった夜の道を歩いていた。


「いやぁ~今日も疲れたなぁしん


 俺の真横を歩きながらきょうがグッと体を空へと伸ばした。


「あぁ、最近は温かくなってきてお客さんも増えてきたからな。だけどきょう、お前言うほど疲れてないだろ?」

「おっバレたか」


 『ニッシッシ』と小狡こずるい笑顔を浮かべる友人を見て、内心小さなため息をつく。なぜなら俺はきょうが仕事中に度々あくびをしたり、壁に寄りかかって休んでいるを知っているからだ。

 

「まぁ…見えない所で気を抜くのは良いが、お客さんに見られないように気を付けろよ?」

「まかせろ!そんなヘマはしねぇよ」


 自信満々に返事をする友人、そもそも欠伸あくびをしたり壁に寄りかからないでほしいのだが…それでも憎めないのが俺の友人である。何せ仕事の手際と能力は普通に高いし、夏場の書き入れ時なんてきょうがいないと絶対手が回らないしなぁ。実際勤務中も手を抜いているという訳ではないし、やる時はキチンとやってくれるので店長も黙認しているのが現状である。


「あっそういえばしん、明日の三時限目の講義休講になったの知ってるか?」

「あぁ、教授が病欠なんだろ。さっき大学からメールが来てた」

「季節の変わり目だからなぁ~ん?てかそれならお前明日…」

「あぁ、講義0。だから完全に休みだな」

「うわ!?ずりぃいいい!」

「ズルくねぇーよ。1~2年の時にキッチリ単位取っといたからな。お前はサボりすぎ」

「あーあー聞きたくない聞きたくな…!」


 両耳を塞ぎ現実逃避をする友人のポケットから音が鳴った。

 それはスマホの着信音、着信に気が付いたきょうは「すまん」と俺に一言断り、ポケットからスマホを取り出し話し始めた。


「もしも…」

「あ!?九宮くみや君!今どこにいるの?!もう飲み会始まるよ!」

「ごめんごめん!今丁度バイト終わってさ!絶賛向かってるとこ!」

「も~~あとは九宮くみや君だけなんだから、早くしてよねー!」

「わかった!ごめん!直ぐ行くから!じゃあ!」


 そう言ってきょうは急いで電話を切った。


「悪いしん、俺急ぐから先に行くわ!」

「あぁサークルの飲み会だっけ?」

「いや合コン!」

「おま…彼女いるのに…」

「昨日別れた!また新しいの釣ってくる!」

「魚じゃねぇんだから…てか何人目だよ…」

「すまん時間がない!じゃあなしん、お前も早く彼女つくれよ!」


 俺の言葉に耳を貸さず、去り際に鋭い言葉のナイフで俺の心臓をえぐって駆け足で離れて行った友人を俺は無言で見送った。


「そう簡単にできたら苦労せん…」


 姿が見えなくなった友人に向かって、俺はそう呟く事しか出来なかった。

 そして鉛のように重くなった体と、目の前の街灯が照らす夜道よりも暗くなった心を引きずりながら、俺は家を目指して歩き出した。


「ほんと、春は目前なのにまだ冷えるな……てかいつもより風が冷たく感じる…」


 自宅への帰路の道すがら、春の気配が未だに見えない冷たい風を浴びながら独り言を漏らす。

 そりゃあ当然だろう?何も悪いことをしていないのに友人にはディスられ、夜風はそんな俺を嘲笑あざわらうかのように無防備な顔面に冷たい風を叩き付け、手袋とコートの中まで侵入して冷えた俺を更に冷やしてくるのだから。

 

「(大体彼女つくれって…簡単に言うが、サークルにも入らず学費の為にバイトばっかりしてる俺には出会いの場がねーんだよ!よしんば女友達が出来たとしても、女の子を喜ばせるような会話なんて出来るわけねぇーし!そもそも女の子に声かけれない時点で女友達すら出来る訳ねぇしな!!)」


 その先に誰もいない夜道に向かって俺は心の中で叫びまくった。


「でも…」


 ふと俺の頭に浮かぶ1人の女性、冷え切った身体を芯から温めてくれる母性溢れる笑みと心を落ち着かせてくれる柔らかい物腰、……俺の初恋の女性あやさんだ。あんな魅力的な人が、もし自分の彼女になってくれたらと考えるが―。


「ねぇな」


 自分で自分の淡い希望を即否定していた。

 当たり前だ。だいたいあやさんは彼氏がいたことがないとは言っていたが、どう考えてもあれは俺をフォローするための嘘に決まっている。あんなに綺麗でスタイルが良い人に彼氏がいなかったはずがないからな。いたはずだし、今もいるはずだ。


「風が痛い…」


 最早瀕死の哀れな男に容赦ない追撃を加える冷風、行く手を阻むように吹く風を全身で受け止めながら、俺は――暗く、人の気配が全く感じられない、冷たい夜風で葉が揺れる音が響く不気味な――公園、いつものように近道であるこの大きな公園を通り行けるために、ゆっくりと中へ足を踏み入れた。


「あ~満月だ。綺麗だなぁ」


 公園に入って直ぐだった。

 出入り口の前に敷かれた公園の大きさに反比例して少ない街灯が立ち並ぶ道。

 日中は散歩やジョギングをする人達が目立つ、今は暗く静寂な道。

 そこを横切った先に広がる、この公園の代名詞と言える場所。

 普段は多くの子供達がボール遊びや掛けっこ、家族連れがピクニックをする場所。

 草原を連想させる青々とした緑が視界いっぱいに広がる大きな広場。

 敷き詰められた芝生の上を歩き始めて直ぐ、雲に隠れていたお月様が顔を出したのだ。

 普段空なんて見上げないが、何かに癒されたくなっていた俺は足を止めて空を見上げていた。

 そこにはとても綺麗な真ん丸お月様と優しい光があった。

 ほんの少しだった。

 ほんの少しボーと見つめていた。

 すると…急に月が何かに隠され俺の視界から消えた。

 それと同時に大地が揺れ、大きな風が吹き荒れ、俺の視界が急に暗くなった。

 何が起こったのか分からなかった。

 そして分からないまま―――理解不能な現実を突きつけられた。


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