玉砕②
「…あなた――」
そんな俺を見たユエルは、驚きを露わにしていた。
当然だ……自分だけでなく親父と母さんの命がかかっているというのに、怒りにまかせてユエルに噛み付き大切な家族の命を危険に晒している今の俺の言動は、愚行以外の何ものでもないのだから。
だが俺がそれに気が付いた時には既に遅かった。
吐いた唾は呑めない。既に口から吐き出した言葉は二度と戻す事は出来ない。一時の感情に流された俺が我に返り、取り返しがつかないことをしたと理解した時には、血の気が引いた冷えた身体で目の前に座るユエルの顔を見ることしか出来なかった……これから告げられる魔女の言葉に戦々恐々としながら。
己の愚行を呪い、悔い、そして恥じたが…魔女の口は無慈悲にも動き出し、今まさに俺を二度と戻れぬ奈落の底へと突き落とす言葉を放―――!!
「貴方は一体何を言っているの?」
「…え?」
……放たれたのは、予想外の言葉でした。
「姉様…まさか五条さんの御両親まで脅しに使ったのですか?」
「うわっ…御姉様…外道…」
「ちっ違うわよ!そんなことするわけないでしょう!?」
妹二人、ラルさんとクリスさんに冷ややかな目を向けられたユエルは驚きの表情から一転、心底困惑した表情を浮かべて焦り気味に俺の言葉を否定したのだ。そしてその様子を見ていた俺自身も、一体何が起こっているのか皆目見当がつかず、ユエルと同様に困惑の色を隠せなかった。
「ちょっと貴方、変な言いがかりはやめてちょうだい!」
「…え?言いがかりって…いや、あなたが言った事でしょう…?」
「何時!?何処で!?」
「いや…だから、さっき自分で言ってたじゃないですか…俺の大切な者が二つ、この世から消えると…」
「「「え…?」」」
俺の言葉を聞いたロレンス三姉妹は声をそろえ同時に驚き、そして一瞬の沈黙が部屋の中を支配した。
「…姉様、どうやら大きな誤解があるようですね。というか、まだ説明していなかったのですか?」
「あ~…えっと…」
「五条さんをからかうのが楽しすぎてすっかり忘れていたと…そういうことなんですね?」
「あは…あははは…」
「…御姉様…元凶」
「ちがっ…!?そうなんだけど、まさかこんな風に受け取られるとは思わないじゃない!?」
「あれだけ派手にからかっておいて、しかも全く説明をしていなければ、そう受け取られて当然では?」
「うっ…それは…」
ユエルがラルさんとクリスさんに問い詰められ咎められている。未だに何が起こっているのか理解していない俺は、そんな光景をただ茫然と眺めることしか出来なかった。
「はぁ~まったく…御安心ください五条さん。私達は貴方の御両親に危害を加えるつもりはございません。御二人の安全は保障致します」
「じゃあさっきのは…」
「そのご説明は今から姉がします。姉様」
「はぁ~い」
ラルさんは呆れた様子で一度深い溜息を吐くと、視線の先を姉から俺へと変え、改めて三姉妹全員が親父と母さん二人の安全を保証する事を伝えてくれた。そして俺がさっきのユエルの発言、大切な二つのモノとは一体何なのか尋ねようとすると、ラルさんは姉であるユエルに説明を引き継がせた。
「今ラルが言った通り、私達は貴方の両親に危害を加えるつもりはないわ。だからさっき私が言った大切なモノ2つとは、貴方自身の事よ」
「は?俺自身…?」
「そう。私が貴方と公園で会った昨日の夜、私が化物を倒した後の事を覚えているかしら?」
そう言われて昨夜のことを思い出そうと―――
「貴方が勃起した時の事よ」
「屑が」
「…変態」
……したが直ぐに止めた。
ユエルの爆弾発言のせいでラルさんとクリスさんの眼が冷たいんだが?ラルさんなんて一瞬別人かと錯覚する位に俺を蔑んだ眼と発言をしたような気がするんだが?
「あの時私は貴方に呪いをかけたのよ」
「へぇ~…は?呪い?!えっ……どんな?」
呪いなどというまさかの単語を唐突に突き付けられ動揺が隠せぬ俺が尋ねると、ユエルは手のひらを天井に向け、開いた右手をテーブルの上に置いた。
何も置かれていない白雪のように白く絹のように美しい手を俺に見せる。
すると俺の後ろ―――誰もいない筈のキッチンの方から物音が聞こえた。
そして俺が物音の方へ振り返るより前に、俺の背後から現れた何かは……既にユエルの手の上にあった。
それは俺が見慣れた物――――親父の好物である殻付きのクルミ2つが、ユエルの手の平の上でフワフワと宙に浮いていた。
「このクルミがあなたの睾丸だとするでしょ?もしあなたが私達の秘密を喋ったり、裏切ったりすることがあれば…」
そう言うと、ユエルは何も握られていない手の平を『ギュッ!と』握り締めた。
次の瞬間―――!!
『バァアアアアン!!!』
鼓膜を大きく震わせる程の爆発音が家中に響き渡った。
俺の目の前にあった筈の2つのクルミは、爆発四散して跡形もなく粉々の木っ端微塵になって消え去っていた。
余りの音と衝撃的な光景により、俺は言葉を失い未だに鳴りっぱなしの耳の音を静寂が訪れた部屋の中で茫然と聞いていた。
そして暫しの沈黙が流れ、俺の耳が徐々に聞こえるようになった頃、ユエルが再びその口を開いた。
「これが貴方にかけた呪いよ。そして、これがこの世から貴方の大切な物が2つ消えるという意味よ。どう?理解してくれたかしら?」
「あ…ぁ…」
「あ?」
「悪魔だぁあああああああああああああああ!!!」
「「「……」」」
「いやぁああああああああああああああああ!!!」
こうして俺は悪い魔女によって呪いをかけられ、大切な息子を人質に取られてしまった。
受け入れがたい残酷な現実に絶望し、俺はテーブルに突っ伏して悲鳴を上げた。
そんな苦しみ悲痛な叫びを響かせる可哀想な俺を、呪いをかけた魔女達はまるでゴミを見るような冷たい目で見下ろしていた。




