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お茶会

「うっふふふ。いやですわ大家様ったら」

「いやいや!こんな美人さん達が引っ越して来てくれて、うちのアパートも華やかになりますよ!はっはっはっ!」

「どうかしらラルちゃん、クリスちゃん。お口に合うかしら?」

「…美味しい」

「そう!良かったわ~」

「良い香りですね。これはダージリンですか?」

「そうなの!私のお気に入りの茶葉で――!」


 鳴らした指の音と共に動き出したお茶の時間、最初こそ何時いつの間にか椅子に座っている俺を見て親父と母さんは驚き怪訝けげんな顔をしていたが、ユエルを始めとするロレンス家3人の真しやかな作り話を信じ込ませられ、気が付けば美味しそうにお茶を飲み茶菓子を食べ全員が和気あいあいと話していた……ただ一人、俺を除いて。

 恐怖と緊張。委縮と吐気。お茶の時間が始まってから早20分、正常な意識を保つだけで精一杯の俺は、その時間の殆どを只ひたすらに紅茶を見ることに費やしていた。いや…正確には自分の目の前に置かれた紅茶、母さん自慢のイギリス製のお洒落なティーカップに注がれた紅茶、その表面に浮かんでいる微動だにしない自分自身の姿だった。

 1分、いや1秒でも早く時間が過ぎることを切に願い静かに紅茶を見詰め続ける…そんな俺を居心地の悪い視線が貫き始めた。

 一時いっときは、今尚いまなお何食わぬ顔で平然と楽しく話すロレンス一家の言葉を信じた。冗談を交えて場を盛り上げ、時には俺をからかうような事を言って笑った。だが明らかにおかしい俺の異常を察した二人は、再び怪訝けげんな表情を浮かべ始めた。

 そう…ユエル達と楽しく話しをしていた親父と母さんが、時折俺に向かって居心地の悪い視線、不安と不満が混ざり合った眼差しをぶつけ始めたのだ。


『ガタッ』


 最早もはや我慢の限界だった。

 込み上げる胃液をおさえ込み、対面に座る恐怖に耐え、あまつさえ身内である母さん達に居心地の眼差しを向けられた俺は、意を決して椅子から立ち上がった。既にボロボロになった精神状態の中で、最善や最良といった事柄の一切を考えることなく、ただ純粋に我が身を守る為に、俺は無言で立ち上がった。

 浅はかな考えなのは百も承知だ。

 こんな事をしても何も解決しないなど十二分に分かっている。

 それでも俺は立ち上がり玄関に向かって歩き出した。

 突然の出来事に驚いているであろう母さん達を尻目に、目の前の現実に背を向け、先の事など考えずに入って来た扉のドアノブを、玄関へ向かう為のドアノブを回そうとした―――その時。


「あら?しんさん。どちらへ行かれるのですか?」


 あの女の声が、この場から逃げようとする俺の肩を掴んだ。


「少々お手洗いに…」


 回し掛けたドアノブをそのままに、俺は振り向くことなくドアに向かって女に答えた。


「そうでしたか、ごめんなさい野暮な事を聞いてしまい。わたくし、まさか()()()()()()()()()()()()()だなんて知りませんでしたの」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は跳ね上がった。


「ンッフフフ!ダメよォ~嘘なんか吐いちゃ?」


 背後から聞こえる弾んだ女の声、顔が見えなくても容易に想像が出来る……あの女の、ユエルの意地悪く歪ませた満面の笑みが。


「いい加減にしてくれ…一体俺が何をしたっていうんだよ!?」


 既に限界を迎えていた俺に、嘘を突き通す余力などなかった。

 後ろを振り向き、ユエルの目を見る度胸もなかった。

 ただ目の前の扉に向かって、吐き出すように不安と不満をぶつけることしか出来なかった。


「それを今から説明してあげる。だから席に戻りなさい」

「…断る」

「黙って、お・す・わ・り」

「!?」


 せめてものささやかな抵抗、相手に背を向け放った情けない拒絶はいともたやすく踏みにじられた。

 いつの間にか再び奪われていた身体の自由、己の意思に反して掛けていた手はドアノブから離れ、無情にもドアノブは元の位置へと戻る。

 振り向く勇気がなかった筈 《はず》の身体は、俺を無視してゆっくりと回り後ろを振り向いた。


「良い子ねぇ~」


 回れ右をさせられた俺の目に最初に映ったのは――――楽しそうな顔で停止している、親父と母さんの姿だった。

 一体いつ止めたのか?俺が突然席を立ち上がる直前まで、二人は間違いなくユエル達と楽しく喋っていた。

 一体どこで止めたのか?時折俺をいぶかしげに見ていた事実が嘘であるかのように、二人はとても楽しげな笑みを浮かべていた。


「ンッフフ」


 そんな晴れぬ疑問を浮かべる俺を、完全に後ろを振り向いた俺を、待っていましたと言わんばかりの笑みで迎えたのは、言わずもがなあのユエルだった。

 テーブルに片肘をつき、シミのない純白の手に西洋人形のような端麗たんれいな顔を乗せ、綺麗な口元を歪ませながら困惑する俺を楽しそうに眺めていた。


「クリス、しん君とお話したいから席を換わってもらえるかしら?」

「…はい…御姉様」


 振り向かされた俺の身体が自分の席、さっきまで自分が座っていた席へ戻るために歩を進めた時だった。ユエルが妹であるクリスさんに席を換わるように言い、二人は立ち上がって両端の席を交換した。


「さぁ、これでお話ししやすくなったわねぇ~しん君」


 そして俺は対峙することとなった。再び椅子に…自分の席に座らされたその時、俺をこんな目に遭わせている元凶、このイカレた状況を作り出している諸悪の根源、気品と異質が同居するこの不気味なユエルと、再び対峙することとなったのだ。


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