巡り合い
『あなたは幽霊の存在を信じますか?』
いきなりそんな事を訊かれたら、誰だって『はぁ?』と言いたくなるだろう。
『では妖怪は?』『サンタクロースは?』
立て続けにこんな非科学的な事について本気で尋ねられたら、誰もが呆れて苦笑いを浮かべるか、無視してどこかに行ってしまうだろう。
少なくとも俺だったらそうする。
こんな質問に真剣に答えるのは子供くらいだからな。
勿論俺だって小さい頃はサンタクロースが実在していると思っていた。
妖怪や幽霊だって実在していると信じていた。
だから夜に一人で寝るのも、トイレに行くのも怖かった。
だが、今ではそういった類のものが全て御伽噺だと知っている。
『そうですか…じゃあ魔女は?』
魔女?あぁ、魔法使いのことか。
馬鹿馬鹿しい質問だ。皆もそう思うだろう?
さっき言った通り、そんな質問をされたら苦笑いされるか無視されるかだ。
間違いなく俺も、そんな反応を示しただろう。
以前ならば。
「ウッフフフ」
この光景を見るまでは。
「あらあら、腰が抜けちゃったのかしらァ~?」
小刻みに震える俺を見下ろしながら、女は楽しそうに喋りだした。
俺の眼に映る、不敵な笑みを浮かべる一人の女。
頭につばの広い円錐型の帽子を被り満月から顔を隠し、夜空に溶け込むような紺色のドレスで身体を包む。
異国情緒溢れるその姿は、俺の興味を引いた。
静かに、そしてゆっくりと肌を撫でる冷たい夜風に揺れる白銀の髪、腰まで届く癖のない銀髪は月光に照らされ光り輝き、真ん丸の月が佇む夜空の中を美しく泳いだ。
それは宛ら十五夜の夜に揺れるススキ……その余りにも幻想的な光景に、俺の心は惹きつけられた。
しかし———俺の視線を釘付けにしたのは、奇抜な服装でも、輝く綺麗な白銀の髪でも、畏怖の念を抱くほど整った女の顔立ちでもなかった。
今俺の眼に映っているのは……
「ウッフフフ」
夜空の中で妖しく笑う、2つの不気味な真紅の輝きだった。
只々《ただただ》その赤い輝を見つめ返すことしか出来なかった。
その輝きから目を離すことが出来なかった……いや、その瞳から視線を逸らすことを許されなかった。
「かわいいわねェ~」
突然視界から女が消えた。
今まで月光を背に夜空に立っていた女が消えたのだ、まるで最初からこの場にいなかったかのように……。
「人間さん」
声が聞こえた、あの女の声だ。
そして次の瞬間――――俺の視界は暗闇に包まれた……。