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それからは、色々と考えたり、荷物を纏めたりしただけの一日だった。
最後の日だというのに、みんなに何も言っていない。
こんなんでいいのだろうか。
コン、コンとノックの音がした。やばい。
「ちょ、と待ってね!」
「ヴァリエ、ちょっとここ入っててくれない?」
「いいけど」
ベッドに座るヴァリエにクローゼットに隠れてもらうと、エレナに返事をした。
戸が開くと妹のエレナが現れた。
いつも通りのツインテールの髪型をしたエレナを見つめると、今までのことが嘘のように思えてくる。
「カレン姉?もう夕食の時間だよ。お母さんが降りてきなさいって」
もうそんな時間か。
「エレナ、先に食べてて。私は後で行くから」
エレナは渋々、分かったと言って降りて行った。
エレナが下におりたのが分かると、カレンはため息をついた。
「ヴァリエ、もういいよ」
クローゼットから、ヴァリエもため息をついて出てくる。
「見つかったら、カレンのお父さんに『お前に娘はやれん!』って言われちゃうな」
ちょっと論点がずれてると思う。
ちょっと体温が上がった気がして、パタパタと手で顔を仰ぐ。
「な、何言ってるんだか」
「だって、ほんとに娘を連れていくわけだし。家族にくらい、事情説明する?」
「…そうね、色々考えたけど」
家族も昨日の領主様絡みの騒ぎは知っているはず。
説明したら、まず止められるだろう。だけど。
「一言も何も言わないより…納得して分かってもらいたい」
「カレンがそう言うなら、やっぱりお父さんに殴られる覚悟はしといた方がいいな」
「むしろそれで済めばいいけど…」
最悪、通報されて終わりな可能性もある。
「そしたらもう逃げちゃうしかないかな」
「で、ヴァリエは人攫いの罪を重ねる訳ね」
ヴァリエは憤慨して言う。
「失礼な、泥棒ではないよ、取り返したんだ」
「分かってる、分かってる。冗談だから」
そっぽを向くヴァリエに、ちょっと笑ってしまった。
「そういえば、私、昨日が誕生日だったんだっけ」
「そうだったんだね…誕生日プレゼントにしてはとんでもないことになっちゃったか」
ヴァリエが苦く笑う。
「ヴァリエのせいではないよ、決めたのは私だし。ヴァリエを連れてく前に、まず説明だけしてこようかな」
「じゃあ僕は部屋で待ってるから。大丈夫そうなら呼んで」
カレンは頷いて、下の階へ向かう。
4人で囲める食卓はこれで最後か。
そんなことも、あの3人は知らないでいる。
いつもなら、誕生日に何もしてくれない家族にイライラしていただろう。
それでも幸せな日々だったんだ、今思うと。
私がいなくなれば、3人だけでも幸せに暮らして行ける。
だけど、名残惜しい。
ずっと一緒に、当たり前の毎日を続けさせてくれれば、それでいい。
それが、今のカレンの唯一の欲しいものだった。
「叶わないなら、せめて最後の日を楽しむしか無いよね」
戸を開き、うつむきながら階段を降りると思いがけない音が響いた。
パンッと弾ける音が2つ。
クラッカーの音だ。
「カレン姉、誕生日おめでとう!」
エレナが笑顔で駆け寄ってくる。
部屋を見渡すと、いつものリビングが色とりどりに飾り付けられている。
よく見れば、所々昨日のお祭りで売っていたであろう鮮やかな品々で、素敵に飾り付けられていた。
「これって・・・」
「ごめんね、遅くなって。昨日のお祭りで材料調達するのと、飾りつけるのに手間取っちゃって。内緒にしててごめんね」
気がつけば父のケインや母のべリのみならず、カレンの親友たちやよくお菓子をくれるケインの仕事場の親方まで、カレンに近しい人たちがそこにいた。
カレンの親友の一人が、エレンに続いて駆け寄る。
「ニーナ・・・」
「カレンの為に人呼んだり、飾り付けてもらったりするの大変だったんだから。さあ、こっち来て」
そう言うと、カレンを席に案内する。
そこには『15歳の誕生日おめでとう!』とチョコペンで書かれたケーキ。
ハッピバースデー、トゥーユー♪
と少し恥ずかしいけれど、定番の歌の合唱。
4人で食卓を囲む、どころじゃない。
こんなにたくさんの人が来てくれて、私の為に歌ってくれている。
そう思うと、蝋燭の火を消すのを待っているみんなの前で涙が零れだす。
「カ、カレン!?」
と一応小声でニーナが囁く。
いつも明るくて、勝気な彼女にしては珍しい。慌てているようだ。
彼女の声に、泣きながらもフーッと蝋燭の火を消した。
パチパチと拍手の音。
誰もニーナ以外にはカレンが泣いたことには触れない。
恥ずかしいな、と微笑むカレンへの気遣いだ。
すると、エレナが箱を持ってやってくる。
エレナの友達が、まだ早くない?と話しかけているが、今渡したいのとエレナが答えた。
「カレン姉、私たち家族からのプレゼントだよ」
開けてみて、と促すエレナの声に、黄色のリボンを解く。
シュルルと音がして現れたのは、可愛いオレンジのレースの、ブラウンのワンピース。
カチューシャとブーツも一緒だ。
「あのね、服がお母さんで、カチューシャがあたしが選んだの。・・・お父さんはお母さんに選んでもらったけど、ブーツだよ」
その言葉にプッと吹き出す。
ケインはセンスが無いから、そうだとは思った。
「ありがとう、可愛いよ」
すると、人の横をかいくぐって、黄緑のドレスを着て眼鏡をつけた、親友のメリルが現れた。
「あ、あの、私も服なんだけど・・・。これ」
いつもどおりの内気な様子に微笑んだ。
彼女の言葉に、箱を開けると、袖がシフォンになっている白いブラウスがあった。
「ご、ごめん。かぶっちゃって。でもこれしか思いつかなくて」
「ううん、とっても素敵だよ。ありがとうね」
と、横にいたはずのニーナの姿が無い。
今度はニーナが奥から何か、包装された袋を持ってきた。
「私はこれ!」
「私は茶色のポシェット」
中を見ると、確かにカレン好みの可愛らしいポシェットが。
「私の弟は、微妙な呪いの人形だよ」
「あ、馬鹿!ばらすなよ」
そう叫んだのは、いたずら好きのノエルだった。
カレンの為に集まってくれた人達は、幼い少年の阻止されたいたずらに笑いあった。
だが、カレンは反対に涙が再び溢れてきてしまう。
ニーナとメリルが駆け寄る。
「ご、ごめ…うちのバカ弟のがショックだった? 靴紐が解けるっていう微妙な呪い人形なんだけど」
「カレンちゃん、ごめんね…昨日みんなでお祭り行けなかったから? 色々内緒にする為にだったの」
「違うの…みんなのが嬉しくて…」
もう会えないかもしれないと思うと、昨日から我慢していたものが零れてしまいそうだった。
ふと、階段を見やると、腕を組んだヴァリエがいた。
伝えなくては。
「あのね、みんなに…お父さん、お母さんにも伝えないといけないことがあるの」
上手に伝えられるだろうか。
「なんだ、カレン」
「どうしたの」
ケインとベリが前に出てくる。
「あのね…」
言いごもってしまうカレンに、ベリは何が気づいたようだ。
「神光石は?どうしたの?」
「それは僕のせいなんです」
「ヴァリエ!」
痺れを切らしたのか、ヴァリエがいつの間にか隣にいた。
ケインが眉をひそめる。
「君は誰だね…見かけない顔だが、まさか昨日領主様の警備兵が回っていたが」
「違うの!お父さん、聞いて。ヴァリエは自分の剣を取られそうになってしまったの」
ヴァリエの銀龍の牙が、その能力を狙われ奪われてしまいそうになったことを説明した。
「…あの領主様ならやりかねないな」
案外納得してしまっている。確かに、私が逆の立場でも思う。
「領主様の件はひとまず、カレンの神光石が無くなったことと君はどう関係するんだ」
「僕は…魔女に呪いを掛けられているんです。神光石を無意識に求め、死ぬ呪いを。そのせいで彼女の神光石を消してしまった」
「なんということ…」
ベリが顔を覆う。
「もう一度神光石を見つけるのは難しい。だが、僕ならば彼女の神光石の代わりができる。コントロールの方法も教えられる」
「…まさか、カレンを連れていくのか」
ヴァリエは頷いた。
「もちろん、貴方達の判断によりますが」
ヴァリエはそうは言ったが、ベリにもケインにも分かっているはずだ。
神光石をもう一度見つけるのは困難で、神光石がないカレンが危険な冗談なこと。悩む時間もあまりないこと。
「今でこそ彼女は安定した魔力ですが、それもいつ崩れるか分からない」
「君を信用はできない…だが、カレンを危険に晒しては置けないだろう」
「貴方! 神光石なら、また見つければいいですわ、お金だってなんとかしてみせます」
ベリが泣き崩れる。
「そんな猶予がないことは君も分かってるだろう?」
「ええ、ええ…でも」
分かっていても納得できないことだってある。
実の娘なんだから。
カレンは胸が締め付けられた。
「いつかは絶対帰ってくるでしょ?カレン」
妹のエレナが泣きそうに微笑み、カレンの手を握る。
「もちろん!絶対帰るから」
カレンも握り直す。
「カレンちゃん…まさかそんなことになってたなんて」
「ちょっと、いきなりすぎてちょっと泣いちゃうじゃない…」
「ねぇ、ねーちゃん、カレンどこにいくの?」
メリルにニーナ、ニーナの弟のノエルがそれぞれ言った。
「ごめんね、まさか私もこんなことになるなんて思わなかったから」
「ほんとよね、ちょっとあのバカに連絡しとくから」
ニーナが涙を拭いながら、壁際に行く。
ニーナの言うあのバカって…。
「ヴァリエと言ったか。娘を必ず守ってくれ。娘に何かあったら、その時は容赦しない」
「まだ心の整理がつかないけど…娘を頼みましたよ」
ケインとベリがヴァリエへ言った。
「分かりました。肝に銘じます」
そんな横でエレナが笑う。
「お姉ちゃん、嫁入りみたい」
「ば、ばかなこと言わないで」
「でも、あのヴァリエって人、結構かっこいいね。もしかしたらもしかするかもね」
「だから冗談はやめて」
「でも、レンくんなんて言うかな」
メリルが何故かレンの名前をあげたとき、玄関の扉が開く。
東洋の血を引いた、黒髪の少年が入ってくる。
久しぶりに会う幼なじみの姿だった。
「レン!来てくれたんだ」
ここ最近はしっかりと話すこともなかったから、驚いた。
「やっときたんだ、バカ」
「バカはやめろ。それより明日街を出るって本当か」
ニーナとのやり取りの後、カレンに向き直る。
「本当だよ。ヴァリエと、街を出るの。急なことで私もびっくりしてるんだけど、絶対帰ってくるから」
レンが何故かヴァリエを睨みつける。
ヴァリエが何を思ったか、きょとんとした後、微笑んで手を振る。
「…あんな奴、信用できないだろ。いくな」
まさか止められるとは思わなかったので、驚いた。
「やっぱり会ったばかりだし、そうよね。だけどもう方法がなくて」
「他にも、何かあるだろ。残って考えればいい」
「もうそんな猶予ないの。いつ魔力が暴走するか分からないから」
レンが唇を噛む。
「俺は納得できない」
「ごめんね…」
カレンが俯いた時、ニーナがカレンの肩に手を置く。
「レン、カレンを困らせないでよ。なんか声かけてあげれば?」
「…絶対帰ってこい」
「うん、分かった」
レンに頷く。
誓おう。絶対に。
「カレン」
ヴァリエに呼ばれ、両親の前に行く。
「明日の朝出ようと思ってます。カレンもそれでいいだろ?」
「いいよ、そうしよう」
早朝、目覚めると昨日のパーティのことを思い浮かべた。
あの後は、おいしい食事と会話で盛り上がった。
昨日貰った服を着る。
ブラウンのワンピースに、シフォンのブラウス。
大切な人達の思いがこもっている。
そのまま荷物を持って下へ向かうと、リビングは昨日の跡形もなく、新しい一日の準備がしてあった。
「もう、ここには二度と来られないのかな・・・?」
いや、違う。
私が自分で魔力を制御できるようになるまで、ここに来ないだけ。
幸せな平穏に戻るために、彼と行くんだ。
戻って来れるころには、私も妹や親友や、幼馴染もきっと成長してる。
戻ってきたら、胸を張って『ただいま』を言おう。
だから・・・そのときまでの辛抱だ。
玄関の戸を開けると、眩しい朝日が目を刺激した。
でも、目は閉じたくなかった。
そこにいる人が分かっていたから。
「やあ、おはよう。いい朝だね」
そこには青緑色の瞳をこちらに向けた青年がいた。
その銀の髪は朝日を浴びてさらに輝いている。
いよいよだ…緊張が走った体を伸ばすように、踏み出す。
「カレン、その…」
ヴァリエが何かを差し出した。
そこには銀の輪が2つ重なってできている腕輪があった。
片方は古代の文字かなにかが刻まれ、もう片方は透明な何かの石がついていた。
この石、どこかで見たような気がする・・・。
「これは?」
意味がわからず視線を投げる。
「その腕輪は魔力を循環させることができる。つまりは魔力の共有だ。それについている石、結晶石は僕のイヤリングと銀龍の牙についている結晶石と元は同じ結晶石だから3者の魔力の循環が可能だ。つまり、これで君は暴走しなくてすむ。」
「…ありがとう。綺麗ね」
「僕のせいで大変な目に合わせちゃったし。君の誕生日だったから、プレゼント」
「…嬉しい」
カレンが微笑むと、ヴァリエがカレンに片手を差し伸べる。
いきなりの行動にカレンは驚いて固まった。
「カレン、二人で一緒に、遠く果て無き見知らぬ場所へと行かないか」
その言葉はかつてルヴィー神が少女と共に行く際に、少女に語った言葉。
ヴァリエは、カレンがヴァリエをルヴィー神だと間違えたことをからかっているのだろうか。
カレンはヴァリエの顔を見つめる。
・・・微笑みはやっぱりからかいが入っているからなのだろうか。
でも、半分は真面目みたいだから、いっか。
カレンは彼の手を取った。
「うん、私はあなたと旅に出るよ」
その言葉が以外にも真剣なものだったからか、ヴァリエは目を見張ったが、すぐに元の表情へ戻った。
「いいだろう、これからは苦楽を共にする仲間だ」
「ちょっと、それってルヴィー神のまね?全然似てない・・・。でも、ちゃんとついていくから」
そう言ったカレンに彼は目を細めた。