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チュン、チュン。
小鳥が鳴く、心地良い朝だ。
光は思ったより優しく、カレンを包み込んだ・・・のだが。
体の下が固い。
毛布をどけて、思いっきり伸びをする。
ベッドに毛布を戻そうと立ち上がった。
ベッドに目を向けると、何故床で寝るはめになったのかを思い出した。
本来は、カレン以外いないはずのベッドも掛け布団が上下している。
恐る恐る布団をめくるとそこには銀髪の人。
恐ろしいほどの美貌の持ち主だがそこに眠るのは男性だ。
なんとか、あの後警備兵にも見つからずに、家族もまだ帰ってきてないようで、家へたどり着けたはいいけど、昨日の発言通り疲れていたようで寝てしまったようだ。
カレンのベッドで。
まさか一緒に寝る訳にもいかず、睫毛が長いな、なんて横顔を眺めてしまって焦ってからは、もう床で寝るしか無かった。
追われている身だというのにそんなぐっすりでよいのだろうか。
呆れてしまった。
カレンは彼の閉じられたまぶたに青緑の瞳が隠されていることを知っている。
いまだにすやすやと寝息をたてる横顔を睨む。
カレンは昨日、十五になったばかりだが、彼はおそらく十八ほどか。
「なによ、勝手に私のベッドで寝ちゃって。私は床で寝るはめになったのに・・・。ちょっと!いい加減起きなさいよ!」
掛け布団を剥ぎ取って叩き起こそうとしたとき、ベッドの脇に置いてある鏡が目に入る。
そこに映る自分にいつもあるはずのものが無かった。
「嘘・・・」
首に手をやるが鎖の感触のみで、やはりそこには求めていたものの感触は無かった。
すっかり混乱していたが、無くなってしまっていたのか。
全身が氷になっていくみたいだった。
「そうだ、あの時・・・」
彼の唇へ消えた自分の石を思い出す。
あんなにあっさり無くなってしまっていいものじゃない。
なのに、消えるように、意味も分からず無くなってしまった。
そんなのって・・・ないよ。
体から力が抜けていく。
カレンは力の抜けるままに、しゃがみこむ。
その途中に手が机にあたり、音をたてた。
「ん・・・?」
その音で彼が起きてしまったようだ。
しかし、カレンの様子に気がつくと真顔になって駆け寄った。
カレンはそれがどこか遠くで行われているようにしか感じられなかった。
「大丈夫?」
彼がただ心配そうに見つめる。
だがカレンは、何故ここにあの石が無いのか、それだけが知りたかった。
「わたしの、大切なペンダントにあるはずの石がないの…昨日貴方が…」
言葉と共に新たな涙が溢れ出す。
「どうして、なんで?あなたには奪う権利なんて無いのに・・・返してよ・・・」
分かってる、本当は。
信じられないがあの瞬間、唇に消えたのだ。
あっという間に。
・・・まるで食べられてしまったみたいに。
「何言ってるんだ?悪い夢でもみたのか」
それは彼なりの気遣いだったのだが、カレンには白々しくしか聞こえなかった。
「ごまかさないで!あの時、あなたが私の石を・・・」
「だから、石って何のことなんだ?」
ひどい言い様にカレンは涙で濡れた目で彼を睨む。
鋭さはほとんど無かったが、代わりに頬に伝う涙がカレンの思いを訴えた。
「首の鎖にあったはずの私の大切な石よ!私が生まれた時にお母さんが、私が無事に生きていけますようにって祈りを込めてくれた大切な石。生まれたときから外したことなんて無かったのに・・・」
それなのに、といつもより軽い首の鎖を握る。
それきり、黙ってしまうカレンを困ったように見つめると、降参だ、と言うように彼は肩をすくめた。
「カレンの事情は分かったけどさ、僕も本当に憶えていないんだよ」
彼のほうを向くと、彼は悔しげな、申し訳なさそうな表情をしていた。
本当なのだ、とカレンは納得する。
「だからさ、何があったか教えてくれない?」
どことなく、幼い子供にするような口調で問いかける彼をしゃがみこんだまま見上げた。
ヴァリエがカレンの頭に、そっと手を置いた。
ルヴィー神っぽかった時はよく意識して見なかったけれど、なるほど、やっぱり綺麗なんだ。
でも、この世のものでないような恐ろしさを感じさせる、あの美しさとはなんだか違う。
あの時の美しさが『月』ならば、今は『太陽』と言った所か。
同じ人なのにこうも違うのはなぜなのだろう。
カレンは今の『太陽』のほうがいいな、と思った。
「カレン?」
彼の声に、すっかり棘が抜け落ちたばかりか、変に彼をじっと見つめていたことに気がつき、赤い頬を伏せて隠した。
でも、どう説明しようかと悩んでいると唇が白い石に触れたことを思い出し、さらに顔がほてった。
上手く説明できないな、これは。
だが結局、カレンは顔をあげた。
「あのね、昨日の祭りの途中にあなたと出会って、あなたは・・・そう、わたしの石を食べちゃったの」
彼は怪訝な顔をした。
「食べた・・・?」
あ、やっぱり上手く説明できない。
しかし、他に説明の仕方が無いのも事実だ。
これ以上どう説明すればいいのだろうと悩んでいると、彼は予想外の言葉を口にした。
「それ、もしかして、神光石か?」
「え?」
すぐには理解できず、ポカンと彼を見返す。
「だから神光石だよ。光を封じ込めたみたいに色々な光り方はしてなかったか?魔力を押さえ込む力があるんだけど、数が少ないからか、めったに持っている人はいないけど」
確かに、その特徴はカレンの石の特徴と一致する。
だが、何故彼は分かったのだろう?
カレンの視線を受け、彼は少しためらいながら口を開いた。
「僕の・・・のせいなんだ」
あまりに小声だったためによく聞こえず、聞き返そうとした。
だが、そんなカレンをよそに彼はカレンから手を離し、窓辺に近づいた。
景色でも見るかと思いきや、彼は遠慮なく窓を開けた。
「ちょっと何するのよ!今、冬よ!?」
思わず叫んだカレンに彼はしーっと合図した。
「今がまだ早朝でみんなぐっすり寝ているみたいだからいいけど、さすがにそんな大声だしたら起きないとも限らないだろ?さっきからの会話で起きないだけでもラッキーなんだからさ。君だって僕がいること、バレたらどう説明するつもりなんだ?」
確かにそれはそうだ。
「でも何で、窓を開ける必要があるのよ。寒いじゃない」
「えっとね、現場に行けばなにか思い出すかなって」
「現場・・・? というか外に出て大丈夫なの?」
「今度は目くらましの魔法かけて行くから。短時間なら大丈夫。僕が君の石を取っちゃった場所だけど、覚えてる?」
「うん、暗かったから曖昧だけど、大体は。・・・というか、窓から行くつもり?」
すると彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
いやな予感に、寒さのせいだけでなく背筋が凍る。
「ああ、そっか君高い所ニガテなのか。でも仕方ないよねぇ、まさか堂々と家から出るわけにもいかないし?」
「・・・私がニガテなのは魔法そのものだけどね?」
そう小声で返しながら、逃げ道を考える。昨日のアレはもうゴメンだ。
・・・だが避けられそうにない。
「私、まだパジャマなんだけど?」
そう言うと、カレンの服が光をおびて、変化しはじめた。
靴もコートも、ついでに髪もばっちりだ。
ヴァリエが魔法をかけたらしい。
「ほら、早いほうがいいだろう、もう行くから」
「私は玄関から・・・」
「だーめっ」
彼は逃げ腰のカレンを容赦なく連れ出した。