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ネフリティスの軌跡  作者: 鳥兎子
【第四章 戦の神と暁の女神】
31/33

29


ヘリオスの矛の兵士達が集結する。

剣や鎧の擦れるガチャガチャとした音があたりに溢れる。

きっとこの先の暁の戦場でも、ミリアス軍の兵士達が同じような音を立て待っていることだろう。

昨日、ほんの少しだけど挨拶を交わしたり会話をした者達が今日は生きるか死ぬかの戦いに行ってしまうなんて・・・

カレンは兵達が綺麗に並ぶ光景がまるで夢のように思えた。


「ヴァリエ、それにカレン」


赤い鎧に身を包んだミカが向かってきた。

小柄な身体に似合わぬ厳つい鎧だった。


「これから私達は、暁の戦場へ向かうわ。クラルベの兵もそちらに集まるから、ミリアス街は手薄になるはず。ミリアス街を通って外へ逃げて」


ヴァリエは頷く。


「分かった。戦神ヨカのご武運を」


「ミカ・・・」


カレンは言葉を続けられなかった。

ミカは民の為、そして兄の敵を打つため・・・小さな背中に沢山の命と想いを背負って戦いに行く。

だけど、ヘリオスの矛はミリアス軍に勝てるのだろうか。

赤い鎧を着たミカが一瞬エレナに見え、カレンは唇を噛んだ。


「カレン」


そんなカレンを見てミカは微笑み、カレンの頬に触れた。


「昨日は話せて楽しかったわ。戦いに行く前に貴方と出会えた事はきっと神の思し召しだったのね。私が普通の女の子だったら・・・貴方の妹ともお友達になれたかな」


ミカの手が離れる。

追いかけるように、カレンはミカを呼んだ。


「ミカ!・・・絶対生きて・・・死なないで!」


ミカの唇が少し震えた。

笑顔がまるで泣いているように見えたのは気の所為だろうか。

ミカは振り返らなかった。


「全軍!暁の戦場へ!」


重い鉄の地響きが赤い太陽へ向かっていった。


「・・・僕達も行こう」


「うん」


カレンは赤い軍勢に後ろ髪を引かれたが、ミリアス街へ続く森へと向かった。


「森からは以外にミリアスはすぐみたいだな」


「クラルベの兵は残ってないか・・・?」


心配そうにルオルが辺りを見渡す。


「昨日までは居ただろうが、ミリアスに残っていたとしても街の警備兵だろうよ。ま、警戒を緩めずにいこう」


「そうね・・・」


背の高い木々の葉のせいで、森にはひかりがあまり入らない。

そのせいか不安がじんわりと広がってくる。


「カレン、不安か?」


ヴァリエがカレンを心配そうに見つめる。


「ミカ達か?それともリシェールか?」


ルオルが目を丸くして言う。


「・・・どっちもかな・・・私の故郷では戦争なんて縁がなかったから尚更ね。どうなっちゃうんだろう・・・これから」


「ミカ達には負けてもらうしかないだろうな」


ヴァリエは下を向いて言う。


「どうして・・・そんなこと言うの!」


彼らが負ける・・・ということは即ち死である。


「じゃあ、ミリアス軍に負けてもらうか? そしたらリシェールが、君の故郷が戦いに巻き込まれるだろうな。・・・カレン、君には悪いが言わせてもらう」


ヴァリエがカレンを見る。

その視線は切り裂くように鋭く、カレンは息が止まりそうになる。

ヴァリエのこんな表情は初めてだった。


「戦いは生きるか死ぬかなんだ。敵には気を許しちゃいけない。君も魔力のコントロールを覚えようとしているんなら肝に銘じて置くんだ」


「ヴァリエ、そんなこと言わなくても・・・」


「ルオルは口を挟まないでくれ」


ルオルは耳をぺたんと閉じてしまう。


「・・・魔力のコントロールがなんで関係あるの?」


「魔力をコントロールするってことは、魔法を使えるようになるということだ。君の場合、それは大きな力になる。力を持つものは、敵を間違えちゃいけない。力に責任を持たなきゃいけない」


「・・・そうね。確かにヴァリエの言う通りだわ」


「・・・カレン」


ルオルが心配そうに、足元に寄り添う。



(でもヴァリエ・・・私はそんな風に敵味方って割り切れないよ・・・)



「あ、ほら!!ついたんじゃないか?」


ルオルが前を指す。


「ほんとね・・・だけどやっぱり警備兵は残ってる。入れるのかな」


これから戦いがあるというのに、部外者がすんなり入れるのだろうか。


「ヘリオスの矛はミリアスの民だぞ。行き来はどうしてると思う?」


ヴァリエはにやっと笑うと、3枚の通行手形を取り出した。ミリアスの民の証が刻んである。


「いつの間にそんなの・・・」


「ミカに貰った。緊急時の予備だそうだ。入る時位は誤魔化せるだろう」


「街を抜ける時はどうするんだ?」


ルオルが少し尻尾を振りながら言う。


「・・・ミリアスの民ではないことがバレて、西口の門番に伝わる前にさっさと抜けるしかない」


「時間との勝負ってわけね」


通行手形をヴァリエから受け取りながら応える。


「では行くぞ。・・・我らの面影、親しき者のとならん」


ヴァリエが呪文らしきものを呟いた。

しかし、何もおこらないような気がするのだが・・・


「・・・ねぇ、どんな効果があるの?」


「まあ、見てて」


ヴァリエはそのまま警備兵の前に進んだ。カレンとルオルもそのまま進んでいく。


「やあ、こんにちは」


ヴァリエは親しげに警備兵の1人に声を掛ける。

随分強面の男だった。


(大丈夫なの・・・? そんなに堂々と・・・)


男はヴァリエを見たとたん、表情が優しく崩れた。


「おぉ! イースキーとこの息子じゃねぇか!街から出かけてたのか」


「えぇ、所用で」


(だ、誰!?)


どうやらヴァリエを知り合いの息子だと思っているらしい。


「それに、嫁さんのリリー! 」


「よ、嫁さん!?」


カレンは思わず声を上げてしまう。

それをフォローするように、ヴァリエがカレンを抱き寄せた。

優しい体温に包まれてカレンは頭が真っ白になる。


(・・・いい香り・・・少しだけ甘いんだ・・)


今までだって確かに、近くにいることはあった。だけど、クラルベから逃げる時だとか、食人花に襲われたりだとかでいつもいっぱいいっぱいの時だった。

それにヴァリエからなんて。


そんなことを考えてる自分に気が付き、頭のてっぺんからつま先まで一気に体温が上がってしまう。


「妻はどうも恥ずかしがり屋のようで」


すっかり固まってしまったカレンに、警備兵は笑う。


「初々しくていいねぇ、新婚さんは仲がいいこと」


何か喋らなくては、と思うが声が出ない。顔が赤いままパクパクとしているしている姿は警備兵には金魚のように見えているんじゃないかとカレンは思った。


「シロも元気にやってたか、またジャーキー持って行ってやるからな」


よしよし、と撫でられるルオルは苦笑いだった。

髭が引きつっている。


「それにしてもこれから戦があるんだから、外にでるのは危ないぞ。早く中にはいるんだ」


「ありがとうございます」


抱き寄せたまま、門をくぐるヴァリエ。


(もう勘弁してー!!)


カレンはぎこちない動きでミリアスの街へ入った。


「カレン・・・? 大丈夫?」


ヴァリエは中へ入ると心配そうにカレンの方を向く。


「いぃ・・・いぃから、あの、離して」


顔を見られまいと、そっぽを向いてカレンは言った。

ああ、ごめんね、とヴァリエは離す。

やっと終わったと思う自分と、少し残念な自分がいてカレンは複雑な気持ちになる。


「あのおじさん、犬だって!しかもシロって色も違うし・・・」


ルオルは少し憤慨ぎみだ。


「無事に通れたからいいじゃないか、あまり得意でない魔法だったけど大丈夫だったね」


魔法の効力はよくわかった。だけどもう使わないで欲しいとカレンは思った。


「西・・・だったよね。このまま真っ直ぐでいいのかな?」


「そうだな、それが最短ルートだろうな。堂々と中央通りを通るのがいい」


街は、人がぽつりぽつりと歩いていた。

やはり戦が始まるからだろうか。

大通りにしては少ないように思える。


「それにしても、空が赤いなぁ。もういつもなら日が登って青くなっててもいい頃なのに」


ルオルが上を見て言った。


「そういえばそうね・・・なんでかしら」


赤く燃えるような雲が、薄ら青い空を食い尽くすようだ。

なんだか不吉で、でも美しくて胸が焼け付く。


街の中央には、馬に乗った男の像があった。男の像は天地を裂こうとするように、槍を高く振り上げていた。

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