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「まったく・・・やっと見つけたぞ!」
振り向くと、岩陰から銀と青の瞳が除いていた。
「ルオル!?」
そういえば、最後に橋の上から見つめる姿を見たっきりだった。
「大変だったんだからな、あれからヤツらに見つからないように、川沿いに歩いて来たんだから」
改めてルオルを見ると、いつも艶やかだった毛並みが乱れてしまっている。
可愛いそうになって、思わず抱き上げる。
「大変だったのね・・・ごめんね」
「いーさ、カレンは命の恩人だから、どこまでも着いていくって決めてるからな!」
ルオルを抱きしめて、肉球についた砂を綺麗に拭いてあげると、ピンクのツヤツヤした肉球があらわれた。
思わずふにふにと触ってしまう。
「カ、カレン?」
ルオルがまあるい瞳でカレンを見上げる。
「ごめん…安心しちゃって…」
とは言いつつも柔らかさな感触がやめられない。
「くすぐったいよ、カレン」
ルオルがふふっと笑う。
「ここまで着いてくるなんて、すごい執着心だな、まるでストーカーだ」
カレンの腕の中で丸くなるルオルを見て、ヴァリエがさめた目で言った。
「もう、せっかくルオルが無事だったのに・・・」
「あいつには何言っても無駄さ、嫉妬の塊だからな」
ルオルがふん、と鼻をならす。
「誰が誰に嫉妬だって・・・?」
「ヴァリエも…ルオルの肉球触りたいの?」
そんなに触りたいなら…惜しいけど仕方ない。
「「絶対にいやだ!」」
2人同時に言うなんて、逆に仲が良いと思うのだけど。
思わず笑ってしまう。
「でも良かった・・・また3人になれて。川に飛び込んだ時はどうなるかと」
「見てるこっちもヒヤヒヤしたんだからな。 ところで・・・ここはどこなんだ?」
ルオルが辺りを見渡す。
「ミリアスっていう場所みたい。ミカ達が助けてくれたのよ。ここはミカ達の『ヘリオスの矛』っていうゲリラ軍の基地みたいね・・・」
「ゲリラ軍!? ミリアスってのは、物騒な場所なんだな!」
「長いことごたごたが続いている場所だからな。早いこと出るに限る」
ヴァリエがコーヒーに口をつけた。
「でも、辺りはクラルベの兵だらけでしょ? どうするの・・・?」
「ヘリオスの矛にうまくかけあって隙を見て街の外に出してもらえればいいけどな。なんだか嫌な予感もするし」
「嫌な予感・・・?」
カレンは少し考え込み、はっと思いついた。
雪の魔女の気配がする、と前にヴァリエは言っていなかっただろうか?
「まさか、雪の魔女が近くに来ているの?」
「気配は感じるんだが、何かに邪魔されているようで、靄がかかったみたいにはっきりと感じられないんだ。川の中で感じた妙な気は雪の魔女かもしれない」
「やっぱり、そうしたら、早く出たいよね・・ミカに相談させて貰いましょう」
1番近くの部屋にいるのは・・・先程の薬師のモリスだったか。
「すみません・・・モリスさん、いますか?」
すぐに返事がして、のれんをくぐり、モリスが現れる。
「どうしました?」
「助けて頂いた上に、申し訳ないのですが、実はご相談がありまして・・・ミカさんを呼んでいただけますか?」
「あー、今ミカは明日の作戦について話し合っているからしばらく無理だと思うわ」
カレン達は顔を見合わせる。
「明日の作戦・・・? 明日戦が始まるのですか?」
「そうよ、明日は暁の戦場で軍との最後の戦いをするのよ。長い戦も明日で終わりね。あちらは講和条約を結びたいみたいだけど・・・民に不利な内容の条約なんてこちらとしては受け入れられないわ」
カレンは息を飲んだ。
ヴァリエは眉を寄せた。
「まさか・・・この辺りも戦場に?」
「そうね・・・明日にはそうなるでしょうね」
ルオルは尻尾を逆立てた。
「大変だ!早く逃げないとだぞ、カレン!! やつらもここまでやってくるぞ!」
「やつら・・・? 追われているの?」
「そうなんです、クラルベの兵に見つからずにこの場所を出たいのですが・・・協力して頂けないでしょうか?」
「一度助けたんだもの、最後まで助けるわ。きっとミカもそう言うはず。だけど、逃げるにしても明日の方がいいわ。暁の戦場にクラルベの兵も集結するから、その隙になら逃げられるはずよ」
戦いの隙に乗じて、ということか。
「ありがとうございます!」
「ミカに伝えておくわ」
今日は休んでて、と言うとモリスは戻って行った。
「明日は中々骨が折れそうだな」
ヴァリエがため息をつく。
「大変な時に来てしまったのね・・・私達無事に逃げられるかしら」
「なんとかするしかないな・・・」
「不安だ・・・」
ルオルが耳をぺたりととじる。
「ヘリオスの矛のほうが、情勢が悪いらしいな・・・明日には彼らは生きているのだろうか」
ヴァリエが焚き火のほうへぼんやりと目を向ける。
「そんな、まさか・・・ミカ達は・・・死を覚悟で・・・?」
ミカは、エレナと同じくらいの年で、妹のようだった。そんなミカが明日死ぬかもしれないなんて。
「なんとかならないのかな」
「多少民に不利でも、持ちかけられている講和条約を結べば、な。まあ、不利な条件を飲む気はないようだが。元々民の地位向上のための戦だし」
それに、とヴァリエが続ける。
「もし、ヘリオスの矛が勝って、ミリアスとクラルベの合同軍が負ければ・・・カレンの故郷まで影響が出てもおかしくはないな」
カレンは目を見開いた。
クラルベはリシェールも治める貴族だ。
そのクラルベが負ければ、最悪カレンの大切な人達にまで影響が出るかもしれない。
「そんな・・・どちらが勝っても不幸な結果しかないの」
「戦なんて辞めちまえばいーんだ」
ルオルがうなって、尻尾をふる。
ミカ達に死んで欲しくなんかない。
だけど、カレンの大切な人達にも傷ついて欲しくなんかない。
「せめて、講和条約がミリアスの民に有利な条件ならね・・・」
だけど、元々それがヘリオスの矛の創設理由だ。
堂々巡りになってしまう。
うーんと考え込むカレンに、ヴァリエはコーヒーを渡す。
「まあ、なんにしても今日は寝よう。全ては明日だ。僕達も明日は逃げなくては行けないのだから」




