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ネフリティスの軌跡  作者: 鳥兎子
【第四章 戦の神と暁の女神】
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26


 コポ……。私の口からまた泡が抜ける。こうして泡が消えるたびに、しみるような不安が胸に溜まる。


もはや冷やされ過ぎて感覚すら、とうに忘れた。


それでも私は手を握り続けた。そこにあるはずの、指の感触を信じて……。







「おぉ、生きてた、生きてた」


 知らない青年の声が眠りを遮り、カレンは顔をしかめた。


うっすらと瞼を開けると、日焼けした肌に若葉色の目をした……やはり知らない青年がいた。


次第に青年の言葉が身にしみてくると、状況を理解し始めた。


「助かったの……私?」



 しかし、左手にあるはずの手の感触がなく、血の気が引いた。



「ヴァリエ!?」



「僕ならここにいるけど?」



 その声に振り向くと、頭に布をかけたヴァリエがいた。


弱冠、顔が青白いものの怪我はなさそうだ。無事な姿に涙が滲みそうになる。



「よかった……ルオルは?」



「まあ、あいつなら大丈夫だろ」



 川に飛び込んだ時にちらりと視界に入ったのが、ルオルを最後に見た記憶だ。


黒い猫の姿が水面でぼやけて遠くなったのを思い出す。



「そうだといいけど……」



 カレンはため息をこぼした。あのまま一人で残してきてしまったが、本当に大丈夫なのだろうか。



「気がついたんだ?」



 コーヒーの香りと共に現れたのは、髪をピンクに染めた少女だった。


高い位置で二つに結われた髪が緩やかに波打っている。


その年とツインテールの髪型に、カレンは故郷にいる妹のエレナを重ねせずにはいられなかった。


ただ、強烈な色彩には内心肝が抜かれていたが。



「あ、ミカさん」



 現れた少女に、先程カレンに声をかけた青年が言った。


年下の少女に敬語を使ったことに疑問を持ちながらも、渡された温かいコーヒーを受け取った。



「びっくりしたよ、川に人が流れ着いたって聞いたときは」



「そう俺、あ、俺はリーキっていいます。俺がお二人を見つけたんすよ。それでモリスを呼びに行って……おーい、モリス!」



 彼が奥の部屋に呼びかけると、艶やかな金色の髪をした少女が現れた。


どこか気品があり、落ち着いている。



「はい?何ですか」



「彼女がモリスですよ」



雰囲気を察した彼女はお辞儀をした。



「薬師のモリス・フィアです。医学の心得もあるので、細かな手当てをさせていただきました」



「ありがとう、モリスさん」



カレンが礼を言うと、モリスは恥ずかしげに微笑んだ。



「僕からも礼を言わせてもらうよ。ところで聞きたいんだけど……君たちは何者なんだ? ここはどこだ?」



 ヴァリエが尋ねた。確かに、モリスはともかくミカも彼も無骨な服装でまるで軍人だ。


そして、この場所。


洞窟を削って作ったのは明らかだ。


何かの組織の基地のような、そんな様子だ。


「ここはミリアス! そして、俺たちは民を守る正義の味方!『ヘリオスの矛』!リーダーは何を隠そうミカさんだっ」



「えっ!?」



カレンは驚いて、ミカの方に振り向いた。


ミカは13、14の少女ではないか。



「リーキの言うことは大袈裟だけど、一応リーダーってことになってるの。よろしくね、カレンさん、ヴァリエさん」



「こちらこそ…! 助けて頂いてありがとうございます」



「よろしくお願いします。ご迷惑おかけします」



成程、ミカには幼い少女には似つかわぬ、落ち着いた雰囲気があった。


それもどこか、ただならぬ熱を身の内に秘めていそうで、ただのお淑やかな少女とは言い難かった。


リーキが、リーダーといえど、幼い少女を敬うのは、ミカがそんな雰囲気を秘めているからだろうか。



「私の方が年下なのだから、敬語なんて使わないで。仲良くしましょ。年の近い子は久しぶりなの」



「そうなんで…そうなんだね。もちろん!なんだかミカは、私の妹と似てるような気がする」



「妹さんがいるんだ・・・もう亡くなってしまったけど私は、お兄さんがいたの。元々兄がリーダーで、私は後を継いだの。兄の強力な魔力と同じように、私も兄と同等の魔力を持っていたから」



「お兄さん・・・亡くなってしまったのね・・・」



カレンは言葉を無くした。



「この戦争でね、敵の魔術師に。でも、最後も立派だったわ。ヘリオスの矛を、民を守った兄のアカツキを誇りに思うわ」



ミカは微笑んだ。


カレンは内心複雑だった。


今までカレンの周りで寿命や病気で亡くなった人はいた。


だけど、戦争で・・・人と人が殺し合うなんて。


遠い場所の、自分には関係ないことだとずっと思っていたけれど。


それなのに、妹のエレナと同じくらいの年なのに、ミカは兄を亡くしてそれでも微笑んでいる。



「ミカ・・・私なんて言っていいか」



「そっか、カレンは戦争から遠い街から来たのね。この街じゃ全然珍しい事じゃないから、気にしないで。」



その時、仕切りに使っている布の向こうから、男が顔を出した。



「ミカさん、例の武器についてなんですが…」



「OK、今行く」


2人の姿が幕に消えていくと、私とヴァリエ、チリチリと音を立てる焚き火だけが残された。


ヴァリエがぽつりと呟いた。



「割と運が良かったらしい」



「なんで?」



「ゲリラ軍の方に助けられて、だよ。正規軍の方には、多分クラルベが絡んでる。ミリアスは長いこと内部でごたごたが続いているから」



「…運が無かったら、危なかったのね、私達。と言うか、あんな危ないこと、よくしようと思ったわね」



手が無かったとはいえ、かなりの高さから川に飛び込むなんて…。



「僕は運が強いのさ!」



完全なる賭けじゃないか。


「ヴァリエ…」



怒りを覚え、笑顔でヴァリエの首に手をかけると、流石のヴァリエも青ざめて、まって。冗談。と言った。



「途中までは、魔法でガードしてたんだよ。気を失ってしまってからは…」



魔力の主が私でも、実際に使ってるのはヴァリエだ。負担がかかっていたのだろうか。



「途中、妙な気にあてられて」



「妙な気?」



ニャアと、ネコの声がした。



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