26
コポ……。私の口からまた泡が抜ける。こうして泡が消えるたびに、しみるような不安が胸に溜まる。
もはや冷やされ過ぎて感覚すら、とうに忘れた。
それでも私は手を握り続けた。そこにあるはずの、指の感触を信じて……。
*
「おぉ、生きてた、生きてた」
知らない青年の声が眠りを遮り、カレンは顔をしかめた。
うっすらと瞼を開けると、日焼けした肌に若葉色の目をした……やはり知らない青年がいた。
次第に青年の言葉が身にしみてくると、状況を理解し始めた。
「助かったの……私?」
しかし、左手にあるはずの手の感触がなく、血の気が引いた。
「ヴァリエ!?」
「僕ならここにいるけど?」
その声に振り向くと、頭に布をかけたヴァリエがいた。
弱冠、顔が青白いものの怪我はなさそうだ。無事な姿に涙が滲みそうになる。
「よかった……ルオルは?」
「まあ、あいつなら大丈夫だろ」
川に飛び込んだ時にちらりと視界に入ったのが、ルオルを最後に見た記憶だ。
黒い猫の姿が水面でぼやけて遠くなったのを思い出す。
「そうだといいけど……」
カレンはため息をこぼした。あのまま一人で残してきてしまったが、本当に大丈夫なのだろうか。
「気がついたんだ?」
コーヒーの香りと共に現れたのは、髪をピンクに染めた少女だった。
高い位置で二つに結われた髪が緩やかに波打っている。
その年とツインテールの髪型に、カレンは故郷にいる妹のエレナを重ねせずにはいられなかった。
ただ、強烈な色彩には内心肝が抜かれていたが。
「あ、ミカさん」
現れた少女に、先程カレンに声をかけた青年が言った。
年下の少女に敬語を使ったことに疑問を持ちながらも、渡された温かいコーヒーを受け取った。
「びっくりしたよ、川に人が流れ着いたって聞いたときは」
「そう俺、あ、俺はリーキっていいます。俺がお二人を見つけたんすよ。それでモリスを呼びに行って……おーい、モリス!」
彼が奥の部屋に呼びかけると、艶やかな金色の髪をした少女が現れた。
どこか気品があり、落ち着いている。
「はい?何ですか」
「彼女がモリスですよ」
雰囲気を察した彼女はお辞儀をした。
「薬師のモリス・フィアです。医学の心得もあるので、細かな手当てをさせていただきました」
「ありがとう、モリスさん」
カレンが礼を言うと、モリスは恥ずかしげに微笑んだ。
「僕からも礼を言わせてもらうよ。ところで聞きたいんだけど……君たちは何者なんだ? ここはどこだ?」
ヴァリエが尋ねた。確かに、モリスはともかくミカも彼も無骨な服装でまるで軍人だ。
そして、この場所。
洞窟を削って作ったのは明らかだ。
何かの組織の基地のような、そんな様子だ。
「ここはミリアス! そして、俺たちは民を守る正義の味方!『ヘリオスの矛』!リーダーは何を隠そうミカさんだっ」
「えっ!?」
カレンは驚いて、ミカの方に振り向いた。
ミカは13、14の少女ではないか。
「リーキの言うことは大袈裟だけど、一応リーダーってことになってるの。よろしくね、カレンさん、ヴァリエさん」
「こちらこそ…! 助けて頂いてありがとうございます」
「よろしくお願いします。ご迷惑おかけします」
成程、ミカには幼い少女には似つかわぬ、落ち着いた雰囲気があった。
それもどこか、ただならぬ熱を身の内に秘めていそうで、ただのお淑やかな少女とは言い難かった。
リーキが、リーダーといえど、幼い少女を敬うのは、ミカがそんな雰囲気を秘めているからだろうか。
「私の方が年下なのだから、敬語なんて使わないで。仲良くしましょ。年の近い子は久しぶりなの」
「そうなんで…そうなんだね。もちろん!なんだかミカは、私の妹と似てるような気がする」
「妹さんがいるんだ・・・もう亡くなってしまったけど私は、お兄さんがいたの。元々兄がリーダーで、私は後を継いだの。兄の強力な魔力と同じように、私も兄と同等の魔力を持っていたから」
「お兄さん・・・亡くなってしまったのね・・・」
カレンは言葉を無くした。
「この戦争でね、敵の魔術師に。でも、最後も立派だったわ。ヘリオスの矛を、民を守った兄のアカツキを誇りに思うわ」
ミカは微笑んだ。
カレンは内心複雑だった。
今までカレンの周りで寿命や病気で亡くなった人はいた。
だけど、戦争で・・・人と人が殺し合うなんて。
遠い場所の、自分には関係ないことだとずっと思っていたけれど。
それなのに、妹のエレナと同じくらいの年なのに、ミカは兄を亡くしてそれでも微笑んでいる。
「ミカ・・・私なんて言っていいか」
「そっか、カレンは戦争から遠い街から来たのね。この街じゃ全然珍しい事じゃないから、気にしないで。」
その時、仕切りに使っている布の向こうから、男が顔を出した。
「ミカさん、例の武器についてなんですが…」
「OK、今行く」
2人の姿が幕に消えていくと、私とヴァリエ、チリチリと音を立てる焚き火だけが残された。
ヴァリエがぽつりと呟いた。
「割と運が良かったらしい」
「なんで?」
「ゲリラ軍の方に助けられて、だよ。正規軍の方には、多分クラルベが絡んでる。ミリアスは長いこと内部でごたごたが続いているから」
「…運が無かったら、危なかったのね、私達。と言うか、あんな危ないこと、よくしようと思ったわね」
手が無かったとはいえ、かなりの高さから川に飛び込むなんて…。
「僕は運が強いのさ!」
完全なる賭けじゃないか。
「ヴァリエ…」
怒りを覚え、笑顔でヴァリエの首に手をかけると、流石のヴァリエも青ざめて、まって。冗談。と言った。
「途中までは、魔法でガードしてたんだよ。気を失ってしまってからは…」
魔力の主が私でも、実際に使ってるのはヴァリエだ。負担がかかっていたのだろうか。
「途中、妙な気にあてられて」
「妙な気?」
ニャアと、ネコの声がした。




