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ネフリティスの軌跡  作者: 鳥兎子
【第三章 時に歪んだ町】
25/33

23


ラディカル城は、街よりも透き通るような彫刻が施されている。


巨大な芸術作品のようだ。


門をくぐると、カレンは背筋が痺れるのを感じた。


中は、荘厳な空気が重かった。


壁には、歴代ラディカル城主の肖像画。


床は純白大理石に模様が刻まれ、通る廊下全てに騎士や馬の象が並んでいる。


全てがカレンにとって馴染みないもので、また緊張の対象だった。


ぎこちなく歩くしかない。


前を歩くヴァリエは一見いつもと変わらないように見えるが、ピリピリとした空気を感じる。


それに、ルオルは黒い尻尾が逆立っている。


ヘレンはというと落ち着かないようにきょろきょろと辺りを見渡していた。


城のメイドに案内されてたどり着いたのは、この城の中で一番大きいであろう扉の前だった。


扉がゆっくりと開き、光が差し込んでくる。


そして、その先に。



「よく来てくれた。さあ、最高のパフォーマンスを見せてくれ」



そう、言ったのは彼ではなく、彼の脇に立つクラルベだった。


彼とは繊細な装飾が施された椅子に座り、頬杖をついてこちらを見ている男性だった。


長い銀髪が女性的な顔を隠すように垂れている。


無表情な彼は、睫毛一本一本までこだわり、作られた芸術作品のようだった。


その美しさにユマニで見た銀の柱と同じものを感じて、カレンは息を飲んだ。



「カレン」



ヴァリエが小さく呼び、我にかえる。


玉乗りをするルオルと、ヘレンが心配そうに見つめる中で剣舞は始まった。


大丈夫、さっきと同じことをやるだけだ。


自分に言い聞かせて剣を振るう。


色のとりどりのシャボン玉を浮かせ、舞わせる。


練習した通りに剣を振るう中で、どうしても城主の姿を目で追ってしまう。


ヴァリエと彼はどことなく似ているように見えるし、それに若干、城主の方が灰色に近いものの同じ銀髪だ。


何かを感じずにはいられない。


そんな中だ。


・・・え?


銀髪を垂らし、頬杖をつく彼の手の甲に錆色の何が見えた気がした。


振り返りもう一度見るが、やはり間違いなかった。


ヘレンも城主を見て、微動だにしない。


もしかして・・・彼が?


カン。


最後の剣の音が響き、剣舞は終了した。


パチ、パチと拍手の音が聞こえた。



「素晴らしい、さすがクラルベの見込んだことはある」



城主は静かにそう言った。



「何か、褒美を与えては?」



クラルベの一言に城主は頷いた。



「そうだな。では、何でも望みを叶えてやろう、パフォーマーよ」



ヴァリエは、城主に向きなおった。



「私の望みは・・・城主様の弟に会っていただくことです。」



その言葉にカレンは、やはりと思った。


ヘレンは何かを言おうと、口を開くも、唇を噛んだ。


城主はわずかに目を見開いたように思えた。


だが、彼は言った。



「何のことだ、わたしに弟などいない」



「私達はお兄さんを探してほしいと依頼を受けた魔法屋です」



「昔、ヘレン君のお兄さんはラディカ村の女性に自分の弟を預けました。ラディカルでは、その女性が言っていた銀髪で長髪の男性は、貴方しかありえない。ラディカルで銀髪は城主様の血筋以外いないからです」



カレンは、ヴァリエの続きを語る。



「その女性が、ヘレン君の義理のお姉さんが言っていました。ヘレン君のお兄さんには手の甲に薔薇のような痣があったって。・・・城主様、あなたですよね?」



その場の全員が俯く城主の手の甲に注目した。


そこには錆色の痣が丸く咲いていた。


しん、となったその時だ。


ヘレンは一つ前に踏み出し、城主の顔を真っ直ぐ見つめていう。



「僕がヘレンです。…あなたが、僕のお兄さんですか?」



「・・・どうなんですか?ユウス様」



そう聞いたのはカレン達を案内してくれた、メイドだった。


そのメイドは長年使えてきたように思えた。


そんなメイドの視線を受け、ユウスは深いため息をついた。



「もう、誰にも知られることはないと思っていたよ、まさかこんな形で知られることになろうとは。」 



そして、ユウスは口を開いた。



「そうだ、ヘレンはわたしの弟だ。父上も母上も亡き今は、わたしの唯一の肉親だ。こうして見ると、漆黒の髪は父上に、その瞳は母上によく似ているな。」



「お兄さん…」



ヘレンの瞳に涙が滲む。


しかし、ヘレンにはまだ聞かなくてはならないことがある。



「どうして、お兄さんは僕をアンナに預けたのですか?」



「…それは、わたしとヘレンがこのラディカルを作った『時の神』の血筋だからだ」



カレンはユウスが、ユマニの銀の柱のような美しさを持つ訳がようやく分かった。


・・・神に関係する者だったからだ。



「時の神は、ラディカルをおさめる神だった」



そうして、ユウスは語り始めた。



神が人の長として、実質的になりはじめたヒトの街があった。


その街が、今のラディカルとラディカだ。


昔はラディカルもラディカも一つだったのだ。


時の神は他の神とは違い、ヒトと同じようにヒトを治めた。


そう、彼は一層人間に近い者として存在していたのだ。


ヒトよりもすぐれ、また年をとらない彼のおさめる街は高い技術と長い繁栄をもって栄えた。


だが時の神はいつしか気がついた。


発展し過ぎた都市が、自然を壊すことを。


周辺ののどかな村を、覆い尽くそうとしていることを。


時の神は時を止めた。


都市は鎖国をし、その中でだけ発展し続けた。


わずかに残っていたラディカルの村、ラディカ村は外壁の外へと押し出した。


そう、ラディカルは・・・都市の彼らは自分達の為でなく、他の土地の者達の為に鎖国したのだ。


そして、それは現在も続いている。


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