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ヴァリエが目で合図する。
・・・行くよ。
カン。
剣同士がぶつかる音が響く。
滑らかに、流れるように。
練習したことを繰り返す。
色とりどりのシャボン玉を綺麗に舞わせる。
この剣舞が終わったら、本題のヘレンの兄探しだ。
銀髪で美しい男性なんて、なかなかいるものじゃない。
・・・いや、いるよね。
今、目の前に。
ヴァリエの髪は綺麗な銀髪だ。
神光石のような。
・・・あ。
ユマニで見た銀の柱が頭をよぎる。
神のように美しい人。
他にいないと思っていたその人はもう一人いたのかもしれない。
何か関係あるのかな?
前に思ったことをもう一度思い直す。
会ってみれば何か分かるかもしれない。
なら、なおさら探さなきゃ。
時間がかかっても、ヘレンと、それから少しの好奇心のために。
「カレン!」
ヴァリエの声がカレンを現実に引き戻した。
なにが起こったか分からぬ内に、飛んできた何かをヴァリエが空中で燃やした。
驚いて、シャボン玉が震える。
だめ…。こんなところで!
シャボン玉を止めるイメージを作ると、シャボン玉の震えは収まった。
ほっとして、ヴァリエを見る。
「あいつの横にいるやつが投げたんだ」
何語ともなかったかのように剣舞を再開したヴァリエが目で指し示す。
カレンも横目でちら、と見ると、遠くてよく見えないが、高そうな服を着た男・・・たぶん貴族か何かだ・・・の横にいる従者が投げたらしい
剣舞が終了に入り、パチ、パチと初めに拍手が起こり始め、やがて耳が痛くなるような大きな拍手へと変わった。
「え・・・?」
カレンは初めて、初めよりも大勢の人が周りを囲んでいたことに気がついた。
辺りのパフォーマーも腕を止めてこちらを見ている。
やっと気がついた事実に、今更ながら息が止まる。
「すばらしい」
そちらへ目を向けると先ほどの貴族らしき男がいた。
横にいるヴァリエの表情が険しい。
「予期せぬことにも動じないとは・・・やはりすばらしい」
『予期せぬこと』を指し向けたのはどこのどいつだよ、とヴァリエが小声で言う。
「ねえ・・・あの人、誰なの?」
同じく小声でカレンは聞いた。
「あいつは・・・」
「私は」
同じタイミングでヴァリエと男は口を開いた。
「クラルベ・オウ・イステワードだ」
カレンは凍りづいた。
それは、残酷伯爵と呼ばれる男の名だったからだ。
そして、ヴァリエの銀龍の牙を狙っている者。
カレンは驚愕のあまり目を見開いたまま動けずにいる。
だが、それはカレンだけではなかった。
観客、そして他のパフォーマーまでもが何かに縛られているかのように沈黙し、辺りは痛いほどの静寂が張り詰めている。
わずかな身動きの音でさえもその静寂を破りかねない。
唯一、静寂に縛られないものは薄く片頬で笑う男性とその従者らしき者、そして青緑の瞳で静かに見つめる・・・。
「ヴァリエ」
カレンは静寂を破ることを承知で彼の名を小さく呼ぶ。
そうしなければ静寂よりも恐ろしい何かが起こりそうな気がした。
ヴァリエは答えない。
ただ目の前の者を見つめ続けるだけだ。
ただし、それははたから見ればのこと。
カレンはその瞳に宿る静かな敵意に気がついていた。
「すまない、いきなり名だけを告げられても分からなかったかな?私は少し離れたところに住む伯爵だ。今はラディカル城の主の客として来ている」
どうやら、人の目もある為、ここでは何かをする気はないらしい。
ラディカル城の主とはすなわちこの都市の責任者だ・・・。
鎖国しているこの都市に堂々と客とは。
カレンの背筋に怖気がはしった。
この男、クラルベ・オウ・イステワードはカレンの故郷リシェールを含む広大な土地の領主だ。
同時に残酷伯爵の異名を知らしめる大貴族でもある。
「一介のパフォーマーに過ぎない僕らに伯爵様が何の用でしょうか」
ヴァリエの張り詰めた空気にクラルベは片頬で笑った。
「そう硬くなる必要は無い。ただ、わたしはお前たちのパフォーマンスを見込んで頼みがあるだけだ」
「頼み?」
ヴァリエは眉をひそめた。
「そうだ、ここのラディカルの主を楽しませてほしいのだ。なあに、手みやげでも、と思っていたらなかなか素晴らしい剣舞を見たものだからな。さぁ、皆も拍手を!」
クラルベが言うと、拍手が一つ、二つはじまり、大きな喝采になる。
ヴァリエは唇を噛んだ。
貴族の頼み、というのはすなわち命令なのだ。
まさかここの城主の前で騒ぎをおこすとは考えたくないが。
否定の返答は許されない。
「分かりました。ありがたくやらせていただきます」
クラルベは満足したように頷いた。
「では、支度がすんだらすぐに城に向かえ」
クラルベと従者の男は人だかりの中に消えた。
カレンはようやく張り詰めていた空気が緩み、強張りが解けていくのを感じた。
「やっと行ったね・・・それにしてもなんで私たちが?」
「さあな。だけど丁度良かった、城に行こうと思っていたから」
ヴァリエは苦笑した。
何で城へ向かおうと思っていたのか、と聞く前に、ルオルが駆けてくるのが見えた。
「なんだ、なに話してたんだ?」
「ラディカル城で剣舞をしろとさ」
「すごい、いきなりお城で披露なんて!」
ヘレンが今にも飛び跳ねそうに、喜ぶ。
「ただ、クラルベは信用ならないからな」
「私の街の領主様なんだけど、ヴァリエの銀龍の牙を奪おうとしたこともあるの」
「・・・いいのか?そんなヤツの誘いにのって」
「のるもなにも、断れるわけないだろ」
ルオルが首を傾げると、ヴァリエは溜め息をついた。
「もしかして、裏があるかも、なんだね」
せっかく喜んでいたヘレンが項垂れてしまう。
「とにかく、城の中では油断はするなよ」
皆はそれぞれに返事をした。




