18
「いや、何よもう!」
振り向きたくなかった。
なんとかそれを解いて走り出すと、何かが音を立てて追ってくる。
「やめてよ、私なんか捕まえて何すんのよ!」
叫んだカレンを木の根が転ばした。
絶体絶命。
血の気が引いた。
追いかけてきたなにかも動きを止めた。
思い切って振り向くと、そこには獣ではないそれがいた。
シャァァ。
怪しげな音を立てるそれは無数の蔓を生やしていた。
カレンの足をつかんだのは、きっとそれだろう。
赤に毒々しい黒の斑点が散った花びらを開いて中に生える牙を見せている。
食人花・・・。
図鑑でしか見たことがないそれを目の当たりにしながら、後ろの木を支えになんとか立ち上がる。
ゆっくりと花が迫ってくる。
いや、違う。
ゆっくりに見えるだけだ。
牙をカレンに突き立てようと、迫ってくる。
「いやあああああああああぁぁぁっ!!」
ズサッ。
突き刺された音がした。
目の前に長い銀色の物が見える。
え・・・?
カレンを食らおうとしていたそれが剣を生やしていた。
今まで大きく広げていた花びらは苦しんだように剣に絡みついていた。
「大丈夫?」
花の向こうに青緑の瞳がこちらを見つめていた。
安堵して、堪えきれずに涙が零れた。
ヴァリエ・・・。
カレンは声なくそう言った。
力の抜けたカレンを、ヴァリエは剣を引き抜きながら抱きとめた。
「まさか、ついてきていたなんて」
ヴァリエはため息をついた。
「その…ヴァリエが心配で…」
「心配してくれたんだね。だけど、心臓が止まるかと思った」
「ごめん…、だけど、ありがとう…」
申し訳なく呟いた。
それと同時に今の状況に気づく。
思い切りボロボロ泣いてしまって、ヴァリエに縋っている。
急に恥ずかしくなり、赤くなった顔を見られないうちに離れようと手を添えるも、ヴァリエの腕は弱まらない。
どうしたんだろう。
「ヴァリエ…?」
「カレンはさ、何で心配してくれるの?」
「え…?」
当たり前じゃない、と思う。
だけど、旅の仲間だから? いつも助けてくれるから?
「ヴァリエだから…かな」
「僕だから…か」
繰り返すヴァリエに、なんだか気恥ずかしくなる。
もうちょっと上手く答えられればよかった。
「忘れて…」
「忘れないよ」
伝わるヴァリエの体温が恥ずかしくて緊張するのに、どこか安心できて、ずっとこのままでもいいと思ってしまった。
「僕のお父さんは、殺されたんだ」
ヴァリエの告げる事実にギョッとする。
死んでいた?
ヴァリエの語るお父さんは、強くて優しくて…今も生きていると思ったのに。
「僕の師である、雪の魔女に」
「どうして…」
「理由は分からない。尋ねる前に逃げ出してしまったから。僕は弱いから、彼女を恨むことも、お父さんが死んだことも受け入れられないでいるんだ」
カレンの手に力がこもる。
そんなの、仕方ないと思う。
大切な人の死も、裏切りもそんなにすぐに受け入れられるものではない。
「逃げだした後、魔法屋になってずっと1人だった。たぶん、寂しかったんだと思う」
私は何も出来ないけど、一緒にいることで少しは支えになっているだろうか。
それならば嬉しい。
「今は私達がいるから」
「うん…カレンのお陰で今は大丈夫」
ヴァリエの腕が弱まり、離れていく。
体温が離れてしまう。
代わりにヴァリエは手を差し伸べる。
「帰ろうか。夜は冷えるから」
ヴァリエの手をとる。
「うん」
手を繋いだところから、体温が伝わる。
少し気はずかしい。
けど、星がずっと綺麗に見えて、帰り道は長くてもいいと思った。




