13
「カレン」
いきなりした声に驚いて振り向く。
「何だ・・・ヴァリエか。おどかさないでよ」
振り返ると、髪を銀髪に戻したヴァリエがいた。
「髪、戻したんだね」
「ああ、自然に戻ってきちゃうんだ。どうせならって、全部戻したんだ。…もう目が覚めたんだね。ここにいたんだ」
「・・・一日寝てて体ほぐすために散歩したいって言ったら、ロウンドさんがそれならいい所があるって言われてここに」
「ロウンドさんは?」
「私がもう少しいたいって言ったらすぐ戻ってくるんだよって戻って行ったわ。ヴァリエもロウンドさんに教えてもらったの?」
「まあ、そうだね、前に。もう大丈夫なの?」
「うん、そうね。だいぶいい感じかな」
そうして話題が無くなってしまうと、二人は沈黙に包まれた。
なんだかその沈黙がいたたまれなくて、視線を腕輪に向けていた。
「カレン、そういえばさ」
「え、何?」
いきなり沈黙を破ったヴァリエを見る。
「その腕輪のことだけど・・・君と僕と銀龍の牙の魔力が循環するって言ったでしょ?」
「うん、私の魔力の暴走も防いでくれるんだったよね。本当にありがとう」
「・・・でもさ、救われたのは僕のほうなんだ」
「え?」
意味が分からず、首を傾げる。
「君の魔力は流れに乗って僕のところに届いて、僕のコントロール力で無意識に暴走を防げている。でもそれだけじゃなかったんだ」
ヴァリエは顔を上げると言った。
「君の膨大な魔力は呪いで僕が魔力を無くす石を求めても、膨大ゆえにけして無くなったりはしない。君は呪いから僕を救ってくれているんだ」
ヴァリエは開放されたように微笑んでいた。
「私が・・・ヴァリエを救っている・・・?」
ヴァリエは頷いた。
カレンは嬉しくて、笑みが溢れた。
嬉しい。
今まで大嫌いで、家族からも離れなくちゃいけなかった原因だったその魔力でも誰かを助けることができるなんて。
「僕だけじゃない。あの猫も君は救った。これからはたくさんの人をその魔力で助けられるんだ」
「私だけじゃ助けられないよ。使う人がいないとね」
そう言ってヴァリエを見つめると何故かヴァリエは下を向いた。
「別に僕はたいしたことないよ」
「そんなことないって。さ、早く戻ろう。ロウンドさんに改めてお礼を言わなくちゃ」
小屋へと向かおうと、踵を返すと、突然ヴァリエに手をとられる。
驚いて振り返ると、ヴァリエは何かを言おうと口を開く。
だが、再び口を閉ざした。
「…どうしたの?」
カレンが首を傾げると、ヴァリエは俯いた。
「…昨日のこと覚えてる?」
「…なんの事?」
ヴァリエがそう聞いてくることに、心当たりがない。
「覚えてないなら、それはそれでいい」
ヴァリエは、微笑んだ。
儚くて、消えてしまいそうに。
「ヴァリエ…」
カレンも何かを伝えようと、名を呼んだが、それ以上は出てこない。
二人の後ろでは三本の銀の柱がきらきらと輝いていた。
「…戻ろうか」
カレンはヴァリエの言葉に頷いた。
*
雪が地面を覆いつくすこの都市はいつでも白く、静かだ。
道行く人々も無表情に歩いている。
でも、仕方が無いのかもしれない。
『無』の特性を持つセレナ神が作り上げた街だ。
しかし、彼女はこの街を守るために眠りについた。
彼女は彼女ができる精一杯のことをしたのだ。
それでユマニという都市があるのなら、誰も彼女を攻めはしない。
「カレン、早くおいでよ」
「あ、今行くわ」
この白い都市ともお別れだ。
ロウンドさんが魔法汽車に乗るカレン達を見送りに来てくれている。
少し、名残惜しいけどきっとまた来れるよね。
魔法汽車に乗ろうとしたその時だ。
「まて!」
どこからか少年の声が聞こえたと思うと、カレンに何か黒い塊が飛びついた。
「きゃあ・・・!?」
「カレン?」
先に乗っていたヴァリエが顔を出した。
だがカレンは目の前のものに精一杯でそちらに気を向けることができないでいる。
カレンのコートに爪を立ててなんとかしがみついているそれは、助けたあの黒い猫だった。
その猫が顔をあげると、驚きも忘れて思わず見入った。
銀と青の瞳。
オッド・アイだった。
「おいらを置いて行く気か!?」
「しゃ、喋った・・・猫が」
また、驚いて固まってしまっているカレンの背後からため息が聞こえた。
「はぁ・・・お前か。お喋り猫」
それに反論するように猫がヴァリエに威嚇する。
「お喋り猫って言うのやめろ!おいらはルオルだ、いいかげん覚えやがれ!それに呪いのせいなんだから、馬鹿にするなよ!」
「え・・・呪い?」
「ああ、そうだよ。初めて見た時は驚いた。呪い持ちの猫なんて初めてだったからな」
ヴァリエの声に納得する。
だから、あの時あんな言い方をしたんだ。
「とにかく、おいらも連れて行け!こんな所にいたら飢え死にして、凍え死ぬ!」
「二回も死ねないだろ・・・」
ヴァリエの力の抜けた突っ込みの後、発車を告げるアナウンスが響く。
「仕方ない、乗り遅れるよりましだ。カレン、それ連れて早く乗って」
ヴァリエの声に慌てて乗車する。
窓の外ではロウンドが手を振っている。
それに手を振り返しながら、カレンは言った。
「そういえば、ロウンドさんの所にいれば良かったんじゃないの?」
ルオルはふん、と鼻を鳴らした。
「あいつはダメだ。獣医で医者のくせに、猫アレルギーなんだ」
「くしゃみしながら、こいつの世話してたからな」
ヴァリエが言った。
「とりあえず、よろしくね。ルオル」
「さすがカレンだ、おいらを助けてくれただけはある。こいつとは大違いだ」
「俺も一応、助けたんだけどな?」
ヴァリエに悪態をつくルオルと、それをやるせなく返すヴァリエ。
カレンは苦笑いした。
「あはは・・・」
予想もしない旅になりそうだった。
「ん・・・?」
ヴァリエが険しい表情で窓を見つめていた。
「どうかしたの?」
「いや・・・」
カレンの声に首を横に振る。
気のせいだ。
雪の魔女はまだこの街には来ていないはずだ。
「ふん、どうせ髪でも直してたんだろ?窓を鏡代わりにするとあっちから丸見えだぞ?」
「僕はそんなことしない」
「あー、もう二人ともやめて」
窓に反射して、ルオルとカレンが笑っているのが見える。
カレンが意識を失う直前伝えた言葉。
彼女が覚えていなくてもいい。
だけど、誓ったんだ。
(俺は、君を守る)
やがて魔法汽車は発車し、次の街へと向かい始めた。
駅の柱の影で、白い影は言った。
「ヴァリエ、みーつけた」




