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ネフリティスの軌跡  作者: 鳥兎子
【第2章 星と海の猫】
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8


「もー、カレン姉ってば、もっと早く起きないと遅刻するよ?」



そう首をかしげるのは妹のエレナだ。


起きるのがいつも遅い私を毎日起こしに来てくれる。



「あら、ほんと。もうこんな時間?ケイン、カレンにコーヒー出してあげて。朝食食べる時間無いでしょ?」



「いいのか、食べなくて?」



仕事のために、準備をする母のベリとコーヒーのマグカップを取りだす父のケイン。


いつもの朝の光景だ。


そうだ、これが当たり前なのだ。


それなのに嬉しくて、なんだか手を離したらすぐに飛んでいきそうな風船のように儚い。


それが怖くなってこの光景を忘れないように目に焼きつけた。



ガタン、ガタン。


その振動と背にあるものの感触でここがどこなのか思い出した。



「夢・・・だったんだ」



カレンの故郷、リシェールから移動し始めてはや三日。


今は魔法汽車に揺られてどこかへ移動中だ。


起きたカレンに香ばしい香りが届き、お腹鳴った。



「君のお腹は正直なんだねぇ」



そう彼に言われ、頬が赤くなる。


からかうようにこちらを見るのはヴァリエ。


一緒に旅をしている仲間だ。


ヴァリエが持つコーヒーカップが目に入る。


これのせいで夢を見たのか。



「べ、別に朝なんだからお腹すいて当然よ。・・・あれ、あなた髪染めたの?」



まあね、とコーヒーを持たないほうの手でヴァリエは自分の髪を一束つまんだ。


その髪色は神光石ゴッドライトと張るような白銀ではなく、闇夜を切り取ったような漆黒へと変わっていた。


さすがに銀色の髪は目立つ。


目立たないために染めたのだろうけど、なんだか少し・・・もったいない気がした。


しかし、その色彩を見比べて納得する。


漆黒の髪色は青緑色の瞳を以前より深く、そして神秘的に見せていた。


・・・まあ、そのためじゃないんだろうけれど。



「魔法汽車の中でどうやって・・・だいたい、染めるための道具あったの?」



「道具なんて使ってないさ。強いて言うなら『君の魔力』かな」



「私の魔力勝手に使えるの!?」



悪びれる様子もなくヴァリエは答えた。



「そうだよ。魔力は君と僕とで循環しているから、僕も君の魔力を使えるんだ。君が眠っている間に使わせてもらった。」



コーヒーを口にしようとしたヴァリエの足を、怒りを込めて思い切り踏みつけた。


ヴァリエはいきなりきた足への衝撃でコーヒーにむせた。



「何するんだよ・・・ケホッ」



「『何するんだよ』?」



あまりに自分勝手な言葉にカレンはオウム返しに言った。



「あなたねえ、確かに貴方と魔力は循環してるだろうけど、私の魔力は私のもの。勝手に泥棒しないで」



「そんなにたくさんあるんだからいいじゃない」



「そういう問題じゃない、せめて使う時は私に許可を取って」



ヴァリエは探るように目を細めた。



「じゃあ、『髪染めたいから、君の魔力頂戴』って言ったら・・・くれた?」



「そんな自分勝手な使い方、誰が」



ほらね、とヴァリエはそっぽを向いた。


まったくヴァリエは私の魔力を何だと思ってるの!?


視界にちらりと漆黒と青緑の色彩が目に入る。


・・・でも、あの色彩を知っていれば許可したかも。


そんな考えを慌てて打ち消した。


誰がそんなことに!



「ねえ・・・三日くらい乗り物に乗りっぱなしで腰が痛いけど、私たちどこに向かっているの?」



しばしの沈黙を置いてカレンは聞いた。



「君の町リシェールから、僕たちは北へ進んでいる。もうすぐ雪の都市ユマニに着くよ」



「そこが終点?」



「とりあえずはね」



「・・・でも何でそこに行くの?」



ヴァリエは眉を寄せて言った。



「僕に呪いをかけた魔女が南の方から追ってきてるんだ」



その言葉に目をみはる。



「分かるの?」



「なんとなく。理由は分からないけど、たぶんろくなことにならないよ」



それはそうだろう。


そもそも死に近づく呪いなんてかけた魔女に会いたい訳がない。



「まあね」



ヴァリエはあまり彼女について多くを語りたくないようだ。


銀世界を背景にしたヴァリエはどこか人形じみていた。


そのまつげが雪の結晶のように儚くて・・・。



「カレン?」



彼に声をかけられてやっとヴァリエをじっと見つめていたことに気がついた。


慌てて目をそらしたカレンの頬が薄く色づく。



「そ、そういえばそんなに高いものを買って大丈夫なの?」



「え?何が」



「服とか、そのコーヒーカップとか。それからこの一級の乗り場所とかも」



リシェールから旅だった時から思っていたが、生活必需品から何までいい品を使っている。



「僕は魔法屋なんだ。資金には困らない」



カレンは、コーヒーを改めて飲むヴァリエを見て納得する。



確かに、目くらましの魔法だとか、領主様から銀龍の牙を取り戻したりなんて、一般階級の魔法では難しいと思っていた。



「その腕輪で、君は魔力の暴走を防げ、僕と銀龍の牙は君の魔力の恩恵を受けられる。使うあてのない膨大な魔力があるんだから、一緒に魔法屋をやればいい」



当たり前のようにヴァリエはそう答えた。


だがカレンは憂鬱そうに言った。



「・・・狂った貴族クレイジー・ノウブル



「まあ、そう言うなって」



カレンが口にしたのは、魔法屋の良く言えばあだ名。


魔法屋とは魔法で呪いを解いたり、魔法関係で起きたことに対処したりする、いわゆる魔法の何でも屋だ。


一般階級では対象できないことや、貴族自信が表だって手をつけられない事を代わりに請け負ったりする。


膨大な魔力と専門知識が必要で、それゆえに魔法関係で優れている貴族がなるのが一般的だ。


依頼があればそれなりに儲かるが、貴族はそんなものは必要がない。


それでも破門されたり、貴族をやめてまでなる魔法屋が多いせいで、狂った貴族クレイジー・ノウブルと呼ばれるのだ。


だから、進んで変わり者の仲間入りをしたくないとカレンは言いたいのだ。



「君の言いたいことは分かってる。だけど旅をしててもできて儲かる仕事なんて他になかなかないよ?」



「・・・しょうがないわよね。でも私、難しいことできないけどいいの?」



「別にいいよ。魔力を僕に使わせてくれればいいだけだから」



「分かったわ。と、なるとヴァリエはまさか元貴族なの?」



「いや、君ほどじゃないけど、生まれつき少し魔力が強くてね。コントロールと使い方はある人に教わったんだ」



ヴァリエもカレンと同じ、特殊な体質だった。

カレンを助けてくれたのにも、自分と同じ立場だったということがあったのかもしれない。



「ある人?」



「僕を追ってくる魔女さ。元々彼女の弟子だったんだ」



そうだったのか。


だが、弟子だったのに呪いをかけられ狙われるまでになるなんて、一体どんなことがあったのだろう。


ヴァリエに尋ねようとして…やめた。


あまり話したくないようだし、いつか機会があれば話してくれるはず。


その時ユマニに着いたことを知らせるアナウンスが響いた。


ヴァリエに渡されたコートを着込み、白い地面へと足をおろした。


実はこのコートもかなりの値打ちものらしい。


魔法屋をやってもはたして養えるものなのだろうか。


ざく、とくぐもった音を立てて進む。


深く積もった雪の柔らかな感触が心地いい。


雪の感触を楽しみながら進んでいると、頬に冷たいものが降って溶けた。


白い雪達が乱舞しながら降ってくるさまは、静かな美しさをもっていた。


その一つへとカレンは手を伸ばした。


――雪、きれい。


リシェールでもさすがにここまでは積もらない。


少し新鮮だ。


しばらくそうして雪を愛でていると、雪でくぐもった景色の中に立ち並ぶ建物達を見つけた。



「あれは・・・」



「そう、あれが雪の都市ユマニだよ」



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