96.サンドワーム
(五百年以上前、この地はまだバランカって言う町だった。砂漠の中のオアシスとして機能していて、行き交う行商人達がひと時の安らぎを求めて滞在していたのを、俺は覚えている。だけど……それも五百年以上経って、こんな事になってしまっているなんてな)
バランカ遺跡までの道のりを、砂を踏みしめながら歩くレウスは当時の記憶を引っ張り出して回想していた。
当然、五百年以上前とは丸っきり様変わりしてしまっている状態だが、その遺跡とやらがあの町のままの姿を保っているのであればまだチャンスはある。
当時の姿であればある程、地理には困らないからだ。
本当ならもう一人、バランカ遺跡に向かうあのサイカに道案内をして貰いたかったが、彼女は騎士団員達に気が付かれない様に別のルートで遺跡に向かったのをハッキリと見た。
なのでこの砂塵の中を自分で歩いて行かなければならないのだが、足跡なんかすぐに消えてしまいそうなので早々に迷ってしまいそうだ。
ひとまずはさっき騎士団員達と別れた場所のすぐ近くにあった「遺跡はこの奥」と表記がされているボロボロの木製の立て札を信じるしか無いらしい。
出来る限りまっすぐ歩き、時折り後ろを振り返りつつ遺跡を目指すレウス。
そう言えばバランカがまだ遺跡では無くて町だった頃、町の様子は記憶にあるのだがそこに至るまでの道のりに関しては、実は余り覚えていないのを思い出して頭を抱える。
(しまった……町の中の建物とかは割と覚えているけど、道のりはサッパリだ……)
人間の記憶なんてあんまりアテにならないのかも知れない、と嘆きながらも更にレウスが足を進めると、地面の一部がズモモモ……と盛り上がりながらこちらに迫って来る!!
レウスにはそれが何なのか一瞬で察しがついたので、迎え撃つべく槍を構える。
それとほぼ同時に、見た目がモコモコしている金色の細長い生物が砂の中から姿を現わした。
(出た……やはりサンドワーム!!)
砂漠と言えばこの魔物、と言われる位にこの世界ではお馴染みの魔物なのだが、獲物を地中に引き摺り込む性質を持っている上に、地中を動き回って攻撃が当たらない様に獲物を撹乱するのでかなり厄介なのだ。
本来であれば魔術が使えれば一気に倒せるし、魔力を武器に込めて衝撃波を出す事で驚かせて地中からおびき出す事も出来るのだが、今は魔力を封じ込まれてしまっているのでどちらの戦法も使えない。
(ったく、あのバカは本当に余計な事をしてくれやがる!!)
心の中でバスティアンに悪態をつきつつ、レウスはサンドワームがまた土の中に潜り込んでしまう前に倒すべく、敵の動きを良く見る。
サンドワームの方は獲物のレウスを地中に引き込むべく隙を伺うが、レウスはその心配はしていない。
何故なら、自分の頭と同じ位のサイズしか無い小さなサンドワームが相手だからだ。
(そこだ!!)
動き回るサンドワームを見据え、タイミングを合わせて槍を斜め下に突き出すレウス。
その槍は的確にサンドワームを貫き、ウネウネと気持ち悪い動きをしながら痙攣した後、紫の液体を流して動かなくなってしまった。
サンドワームは食用として食べられる事も多く、実際に焼いたり姿煮にしたりと言った料理をレウスは勤めていた料理屋の賄いとして食べた事もある……が、あの食感がレウスには受け付けない。
(ただでさえ俺の嫌いな食材だってのに……動きも気持ち悪いし。こんなのが沢山居る場所に踏み込むのは、アークトゥルスとしての俺だって嫌だったぞ!!)
それでも後戻りは出来ないので、レウスはその後も時折り現れるサンドワームを倒しながら遺跡へと向かって進んで行く。
そしてその道中で、遺跡へと向かうヒントをそのアークトゥルスだった時代にこのバランカの町で聞いたのをふと思い出した。
(あ、そうだ……確か道に迷いそうになったらサンドワームが沢山居る方向を目指せば良いって、昔ここに来た時に武器屋の奴に教えられたっけ)
人間や獣人の匂いがする方向に向かって来る習性を持っているサンドワームは、当然人間や獣人が多く集まる町の方へと集まって来る。
町の中はそのサンドワームの侵入を防ぐ為に石で地面が舗装されていたのだが、五百年以上経ってしまった今では既にその防壁も劣化によって破られてしまっているだろう。
その時のアドバイスを思い出したレウスは、段々増えて来るサンドワームとその気持ち悪さという二つの敵と戦いながら進む。
すると……。
(あ、見えた……あれかな?)
町は死んだが、そのアドバイスは生きていたらしい。
既に廃墟となってこの砂漠と同化している街並みの遺跡……アークトゥルスにとっては砂漠のオアシスだったバランカの町が、砂塵の中からうっすらとその姿を見せたのだ。
五百年以上の年月が経過しており、何時滅んだのかは定かでは無いが、少なくともここまで荒れていて人っ子一人居ないとなるとかなり昔に滅んでしまったのだろうとレウスは予想する。
色々な事があったよなー……とこの町での記憶を思い返しつつ、出入り口だった場所からレウスはバランカ遺跡の中へと足を進め始めた。




