94.彼女の考え
「ランダリルに戻るか?」
「ううん、それをしたら危ないかも。もし私達がここで騎士団員達を倒して帝都に戻ったとしたらあの皇帝の事だから逆上して、無差別殺人を犯すかも知れないじゃない」
「それもそうか……」
このソルイール帝国の帝都で働いているだけあってそれなりに皇帝の情報も入って来るサイカは、レウスよりもあのバスティアンの性格が良く分かるらしい。
ここは素直に彼女の言う事を聞いて、やっぱりこのままバランカ遺跡へと向かう事を決める。
「貴方がアークトゥルスの生まれ変わりってのは今はどうでも良いわ。それよりもまずはバランカ遺跡に向かって何が出来るかを考えましょう」
「そうか、それも聞いてたんだよな。それについてはまたおいおい話すかも知れないが、君が帰る気が無いのならもう俺は止められない。ただし、命の危機があるってのだけは覚えておいてくれ」
「勿論よ。これでも伊達に冒険者をやっていた訳じゃないし、多少の魔術なら使えるから」
彼女にはそれなりの考えがあるらしい。
前にチラッと話していた気がするが、彼女はこの国の騎士団員に親戚が居るのでその親戚から戦い方を教わって冒険者として活動していたとの情報だった。
すると、もしかしたらその親戚絡みで何か手立てがあるのかも知れないとレウスは考える。
「なあ……もしかして君が前に話していた、冒険者の心得を教えてくれた親戚の手を借りるのか?」
「えっ、そんなの全く考えてなかったけど……どうしてそう思ったの?」
「だってほら、あのバスティアンを出し抜けるかも知れないって言うのは、俺から考えると騎士団絡みの何かを利用するんじゃないかって気がするんだ。あいつは俺が接した限りじゃ物凄い暴君だけど、例えば君の親戚が何かバスティアンの弱みを握っているとかそういう感じか?」
なかなかぶっ飛んだ予想をレウスがサイカにぶつけてみるが、彼女はブンブンと首を横に振って否定する。
「いやいやいやいや、あの皇帝の弱みなんか握られないわよ。そんな事したら即刻死刑よ。まだそれなりに若い皇帝の筈だけど、話を聞く限りじゃずいぶん甘やかされて育ったみたいだからね。つまり精神年齢はもっともっと若い……と言うよりも子供レベルだから、例え臣下が弱みを握っても権力と騎士団の力で何とかなるって考えていると思う。実際、貴方だってとんでもない事されたんじゃないの?」
「ああ、まあな……色々脅されたりもしたさ。流石に俺の両親を手に掛けるぞって脅された時は、例え騎士団長の目の前でだろうが殴り殺してやりたいって思ったよ」
しかし、あの三人の事を考えると出来なかった。
今の自分はまだ誘拐された時に投与された薬の効果が切れていないらしく、魔術が使えない状態のままだ。
魔術が使えればそれこそバスティアンやセレイザを城ごと消し去る事も出来なくは無いのだが、それを実際にやるのはなかなかしんどい。
それこそバスティアンだけだったら、大きな魔術をブチ込んでやれば一発で終わるだろうと考えていた。
が、騎士団の親戚からサイカはこんな噂を聞いた事があるらしい。
「それが……あの皇帝って粗暴だけど、それなりに鍛錬を積んでいるらしくてね。噂によれば騎士団長のセレイザって人よりも強いって話なのよ」
「そうなのか?」
「まあ、親戚越しに聞いた話だから本当かどうかは分からないけど、それが本当だったら貴方がやろうと思っても苦戦するんじゃないかしら?」
「ううーん……分からないな。俺とあのバカが戦いをやるにしてもやらないにしても、どっちにしても面倒臭い奴なのは確かだろうな。凶暴だし、何時キレるか分からないし」
騎士団に居る親戚からの情報だからそれなりに信憑性は高いのだろうが、そもそもレウスが聞きたいのはそんな事では無かった。
「って、それはさておき……親戚の力を借りるんじゃないってなると、何かそれなりの考えがあるんだろ?」
「まぁ……親戚の手を借りるのは合っていないとも言えるし、会っていないとも言えるわ。ただ、その場合は必然的に戦う事になるわね、騎士団の団員達とは」
「うーん、良く話が見えて来ないな。とにかく何か考えがあるってのは分かったよ。この話は遺跡での任務が無事に終わって以降の話だよな?」
「そうね。私は上手くこの中に隠れて一緒に着いて行くわ。前にバランカ遺跡にも行った事があるけど、その時に裏口っぽい場所を見つけたからそこから入れると思う。そこから入って内部で合流しましょ」
「行った経験があるなら心強いな」
だとすると、内部の道案内はしてくれるかも知れない。
ただし内部はサンドワームがウジャウジャ居ると言うので、その内部で合流するまでは彼女が倒されない様に祈るだけである。
五百年以上前は一つの地方都市として栄えていた場所だが、五百年以上経った今では現地を見るのも初めてなので何処がどうなっているのかさっぱり分からない以上、レウスはサイカ以上に気を引き締めて掛からねばならないのだから。




