92.屈辱
(とりあえず、手首を縛られたまま戦えとかって言われなかったのは不幸中の幸いだったみたいだな。あの皇帝の唯一の情けだったりするのか? いやいや、何を言っているんだ俺は……)
セバクターとの手合わせで、バスティアンがセレイザに命じて手首の縄を解いてくれたのだけは良かったのかも知れない。
しかしそれ以外は、あの野蛮で粗暴な皇帝を例え百発ぶん殴ったとしても気が収まらないだろう。
何せ、自分の仲間や家族を殺すかも知れないとまで脅されているのだから。
しかもあの三人が人質になっている上に、街中から砂漠に至るまで見張りがつけられているとなると、クソみたいな皇帝の事だからそれ以上にまだ何か狡猾な手を考えている様な気がする。
とにかく今は与えられた任務を無事に終わらせて、あの三人を助け出さなければならない。
しかし、それ以上にレウスにとって疑問なのは、何故セバクターがバスティアン率いるソルイール帝国に協力しているのかだった。
(ある程度の予想は付く。傭兵だからってのがこの帝国に協力する理由だろうな。傭兵は金次第で敵にもなるし味方にもなってくれるって聞いた事があるから、実際そうかも知れない。でも、それよりもあの男は逃げないのかな……?)
自分がもしあの男の立場だったとしたら、マウデル騎士学院の爆破事件の容疑者の一人として追い掛けられているのだから、こんな所であんな皇帝に協力していないでサッサと逃げてしまうに限る。
(でもちょっと待てよ? 確かセバクターはあの赤毛の二人組と一緒に行動していた筈だよな。このソルイール帝国でもそんな話を聞いた覚えがあるし……だとするとまだ赤毛の二人もこの国の何処かに居るんじゃないのか!?)
そうなれば、バランカ遺跡に向かうまでの道中であの二人組と会えるかも知れない。
その時は絶対捕まえて色々聞き出してやると意気込むレウスだったが、バスティアンがそうはさせてくれない様である。
「レウス・アーヴィンだな? この馬車に乗って遺跡に向かうぞ」
「……あの皇帝、逃げ場が無いって言ってたのはこう言う意味だったのか……」
ランダリルの街の出入り口で、バスティアンからの命を受けた馬車が既にレウスを遺跡まで送り届けるべく待機していたのだ。
レウスが街を出てそのまま逃げられない様に手を回していたらしく、否が応でもバランカ遺跡に向かうしか無い様である。
屋根と窓付きの荷台の斜め後ろ下に、それなりの大きさの荷物を入れる場所がある位のなかなか豪華な馬車であるが、荷物は金と武器以外に特に持って来ていないので騎士団員達が預かるらしい。
そのまま、まるで犯罪者の様に荒々しく馬車の中に押し込まれたレウスは、馬車の御者係を含めて合計四人の騎士団員に囲まれた状態でランダリルからバランカ遺跡まで送迎……いや、連行される破目になってしまった。
そして、馬車の中の空気も最悪である。
バスティアンに対して色々と口答えをしたり小馬鹿にしたり、更には胸倉を掴んで忠告したりと言ったあの一連の流れをセレイザ経由で聞いていた騎士団員達は、レウスに対して嫌味と細かい暴力を浴びせる。
「チッ、何で俺達がこんな奴の送り迎えなんかしなきゃなんねえんだよ?」
「本当だよなー。俺、本当は今日の夜に雑貨屋の看板娘のあの娘とデートの約束をやっと取り付けたってのによお、こいつのせいで全て台無しになっちまったよ!!」
「いっ……!?」
密室状態なのを良い事に、レウスはその騎士団員に耳を思いっ切り引っ張られる。
「てめえよお、黙ってねえで何とか言ったらどうなんだ、お? こんな立派な耳がついていながら、今の俺達の話を聞いてなかったのかよ?」
「……ってえな、何するんだ!!」
「あっくそ、この野郎俺の手を払いやがった!」
「何だと? だったら公務執行妨害で現行犯逮捕してやっか?」
「そうだな。この際だから適当な理由つけて別件で逮捕して気の済むまでぶん殴ってやれば、何か他にもゴッソリとホコリが出て来そうだもんなあ?」
耳を引っ張った横の騎士団員に続き、レウスの真正面に向かい合わせに座っている騎士団員がペッ、とレウスの顔にツバを吐き掛ける。
「……っ!?」
「はははっ、ツバかけられても文句も言わねえでやんの、ダッセーよなあ。やっぱり女どもを人質に取っておいて正解だったなあ? 抵抗すれば即刻ここから連絡が行って、セレイザ団長の手であの女どもを犯して殺してやるって約束だからよ!」
「俺はどうなっても構わない。だが、俺の仲間に手を出したらお前達を全員殺してやるからな」
そう言いながらツバをコートの袖で拭おうとしたレウスだが、その前に騎士団員のブーツの底が顔面にめり込むのが先だった。
「ぐほっ!?」
「口の利き方に気を付けろよ。てめえは俺達にとっちゃ、ただのストレス解消のおもちゃにしか過ぎねえんだ。本気でやればここで死なせてやる事も出来るんだぜ。魔力を封じられているお前なんか、俺達の敵じゃねえんだよ!」
こいつ等も何時か絶対に痛い目にあわせてやる。
レウスは心の中でそう固く誓い、鼻血を流しながら我慢するしか無かった。




