89.はあ?
「きゃあっ!?」
「うわあ!!」
「な、何をするっ!?」
突然自分達に向けられた武器。
しかもここに来るまでの間に武器は全て取り上げられてしまって、拘束されたままの状態で跪いているので、まともな反抗も出来ない。
先程、自由な足を使ったハイキックで大皿を蹴り落としたレウスはバスティアンの暴挙を冷静に彼自身に問い詰める。
「何のつもりだ?」
「てめえが素直に言う事を聞かないからこうなるんだぜ? てめえが「はい」って言うまでこの女どもは人質だ」
「そこまでして俺に何か手伝わせたいのか? こんな事をしたら俺が更に手伝う可能性が低くなるんだぞ? まあ、元々手伝う気なんて無いけどさ」
「へぇ~~? ああ、そうなんだ。だったら俺と仲良しのドゥドゥカスちゃんに頼んで、てめえの両親をぶっ殺して貰っちゃおうかなあ?」
「は?」
これ以上心の中を引っ掻き回される訳には行かない。
この男は自分の両親にまで手を出すとほざいたので、アークトゥルスは誘拐犯ウォレスの元から逃げ出した時と同じ様に、後ろ手に縛られている両手を前に持って来る。
しかも今度は立ちっ放しの状態で大きくジャンプし、空中で身体を折り曲げつつ一瞬で前に持って来たのだ。
その前に持って来た両腕で、ツカツカと歩み寄ったバスティアンの胸倉を掴み上げてお互いの鼻の頭同士がくっ付く位まで顔を近付ける。
「この後ろに居る俺の仲間や、俺の家族にこれ以上手を出してみろ。その時は俺がお前をぶっ殺してやるからな!」
「五百年前の勇者の言葉とは思えねえなあ?」
「勇者かどうかなんてこの際どうでも良い……だがな、俺はそれ以前に一人の人間なんだよ。世の中で一番恐いのはドラゴンなんかじゃなく、人間の歪んだ心なんだ。それを忘れるなよ……」
「おい貴様っ、陛下から離れろっ!!」
セレイザとセバクターに力づくで引き離されたアークトゥルスは、セレイザにより首筋に彼のロングソードを突き付けられながら下がる事になった。
「けっ、冗談の一つも分からねえなんてつまんねえ奴だぜ」
「言って良い冗談と悪い冗談があるだろ」
「へっ、そんなの関係無えや。この国で何かする以上は、俺の目が光ってるってのを常に忘れんじゃねえぞ。ここでは俺がトップなんだよ」
「分かってますよ……ここではね」
この国を出たらそんなのは通用しないと遠回しに言うアークトゥルスだが、余り効果は無いらしい。
「ふん、まあ良いや。それでてめえに頼みたい事があるっつったけど、最近てめえの住んでいるリーフォセリアとの国境にもなっている、バランカの遺跡ってのがあんだろ。あの中を調べてサンドワームをぶっ殺して来い」
「えっ、あそこ?」
「ああ。あそこの砂漠を通っている商人の奴等から色々と苦情が入ってめんどくせえからな。なーに、五百年前の勇者様にとっちゃあ、あんな場所は魔術が使えなくても簡単に制覇出来んだろ?」
物事には限度と言うものがあるのだが、それをこの若い皇帝は良く分かっていないらしい。
それでもこの状況では逃げられそうに無いので、かなりムカつくもののアークトゥルスはレウス・アーヴィンとして依頼を受けるしか無かった。
「分かった。ただし約束してくれ。この任務が成功したら俺達を解放するって」
「そいつはてめえの出方次第だよ、勇者様。ゴチャゴチャ言ってねえでサッサと行きやがれ。俺は気が短えんだよ」
「……言われなくても、気が短いってのは良く分かるさ。それじゃ俺達四人で行くから武器を返してくれ」
しかし、皇帝バスティアンはとんでもない事を言い出した。
「おい、誰がてめえ達四人全員で行けっつったよ?」
「えっ?」
「行くのはてめえ一人だ、勇者様」
「はい?」
何と、海を渡って回避したあの危険なバランカ砂漠の遺跡に一人で行けと言い出したのだ。
流石にそれには、今までやり取りを黙って見ていたアレットやエルザも口を出してしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さい陛下! あそこはサンドワームが闊歩している危険な場所です!」
「そうですよ! 幾らレウスが強いって言っても限度があります!!」
しかし、バスティアンは聞く耳を持たない。
「へっ、そんときゃーそん時だ。こいつがそれっぽっちの実力しか無かったって事だろ? それとも魔術を使わなきゃあんな遺跡も踏破出来ない臆病者か?」
「何て男なんだ……」
人の命を何だと思っているのか分からないバスティアンの発言に、四人の怒りは爆発寸前である。
しかし、そこに進言する男が一人。
「陛下、私もあそこは危険だと存じ上げております。なのでいかがでしょう? ここはこの勇者の生まれ変わりである男の実力を試してから向かわせると言うのは」
「へぇ、お前もたまには面白え事を言うじゃねえか。だったら丁度良い相手がそこに居るから、そいつとこの勇者様のタイマンをここでやって貰え。この勇者様が魔術が無くても勝てるのかを証明して貰えば、この女どもも納得出来るだろーよ」
そう言ってこのソルイール帝国の若き皇帝が指差したのは、今までずーっと黙ってこのやり取りを見ていたセバクターだった。




