88.許される返答
「あっ?」
「何だその間抜け面はよお? 何だ、俺の言っている事がそんなにおかしいか?」
「……そりゃあ、ここに居る人間や獣人の大半はポカーンとしてますけど……」
そう言いながら、この国のトレードカラーであるオレンジに塗装された壁や床に豪華な装飾を施された謁見の間を見渡すレウスの目には、警護の獣人やセバクター、それから今までこの事実を知らなかったソランジュまでもが唖然とした顔つきになっているのが映った。
それから別の意味で唖然とした顔になっているのがレウスを始め、アレットとエルザである。
そして表情に変化が無いのがバスティアンと騎士団長のセレイザだ。
この時点で、自分がアークトゥルスの生まれ変わりだと知っている人間がまた増えてしまったと分かった上に、セレイザとバスティアンは前からその事実を何処かで知っていたのだろうとも推測出来る。
しかし、レウスにとっては騒ぎにならない様にしていた事なのでこれ以上広められるのはまずい。
「あ、あの……バスティアン陛下、俺はアークトゥルスの生まれ変わりなんかじゃありませんよ?」
と言う訳でシラを切ってみるが、バスティアンはまたしてもレウスを見下した表情で鼻で笑いつつ否定した。
「はっ、てめえのウソなんざこっちはとっくにお見通しだっつーの。今更そう言ったっておせーんだよ。俺はとある情報筋から、てめえがあの有名なドラゴン殺しのアークトゥルスの生まれ変わりだって話を聞いているんだから間違い無いな。アークトゥルスの墓だった所から魔力が流れ出たとか云々ってよぉ」
「……」
「何だぁ? 今度はだんまりかよ。自分に都合が悪くなればだんまり決め込んでおきゃあ良いとでも思ってんだろうが、そうはいかねえぜ。てめえがアークトゥルスの生まれ変わりだってのはとっくに調べがついてるんだし、魔力に影響がある薬を使って魔術が封じられてるってのもこっちはそのとある情報筋から仕入れてあるんだよ、高い金を払ってな。ええ? アークトゥルスよぉ?」
「……そうだとしたら望みは何なんだ?」
「貴様、陛下に向かって無礼だろう!!」
もう隠し通せないと悟ったレウス……いや、アークトゥルスはついに敬語を止めてタメ口になる。
それをみたセレイザが声を上げるが、バスティアンは彼を手で制した。
「良いじゃねえか。こんな態度を取るってのが、自分がアークトゥルスの生まれ変わりですって認めた様なもんだからよぉ」
「ですが、陛下……」
「少しはその堅物な頭を柔らかくして、黙って見ててくれやセレイザ」
「……失礼致しました。どうぞ続きを」
「よぉーし。で……だ。俺がこうしててめえ等を引っ立てて来たのは、ちょいとばかし協力して貰いてえ事があっての話なんだよ」
「協力だと?」
訝しげな視線を玉座に続く階段の下から送るレウスに対し、足を組んだままの尊大な態度でバスティアンは頷いた。
「ああそうさ。てめえがアークトゥルスの生まれ変わりって事が分かって、しかもマウデル騎士学院ですげえ魔術までぶっ放したって話も知ってんだぜ、俺はよ。それでドラゴンを撃破したんだったら、その力を俺達に使ってくれねえかなあ?」
「……」
「で、返事は? 黙ってちゃ分かんねえぞ?」
ここで堪忍袋の緒が切れてしまったレウス。
相手が一国の皇帝だからと言っても、勝手に自分達を連れて来た上にここまで物の頼み方を知らない相手とは死んでも協力するつもりは無かった。
「……残念だが、その話は断らせて貰う」
「あ?」
バスティアンのにやけた表情が、みるみる内に険しくなって行く。
「てめえ、今なんつった?」
「何度も同じ事を言わせるな。俺の答えはノーだ」
「てめえ、ふざけんなこの野郎!!」
レウスの返答に激高したバスティアンは、玉座のそばのテーブルに置いてある、フルーツが大量に乗った大皿を片手で引っ掴んでレウスに投げつける。
が、素早く立ち上がったレウスはそれを右足のハイキックで蹴り落とした。
「こんなでかい物を投げつけるんじゃない。危ないだろうが」
「うるせえ! てめえは自分の立場が分かってねえ様だな。俺に向かって許される返答は「ありがとうございます、ぜひ手伝わせて頂きます、陛下」だけなんだよ!! 良いか、もう一度聞くぞ……」
「これ以上、お前と話す事なんか無いんだよ……どクソ野郎」
「な……」
感情のこもっていない、それでいてまるで地の底から這いあがって来る様なレウスの不気味な声に、バスティアンの動きが一瞬硬直する。
しかし、そこは皇帝の立場がある彼は自分のメンツとプライドをこれ以上潰されてたまるものかと強硬手段に出る。
「はっ、そーかいそーかい。そう来る訳ね。てめえがそのつもりだったら俺にだって考えがあるんだよ!」
「はっ!」
バスティアンが、黒い皮手袋をはめた手でパチンと器用に指を鳴らす。
するとその瞬間、セレイザを含む護衛の騎士団員達が一斉に武器を突きつける。
それもレウス以外のアレット、エルザ、そしてソランジュの女三人だけに向けて……。




