6.出発
「馬車?」
「ああ。この町と王都を往復する馬車が出ているんだが、良かったら乗って行かないか?」
レウスはアレットやエルザ達にそう提案してみたものの、結論から言えば答えは「NO」だった。
「気持ちだけ受け取っておくわ。私達は全員馬に乗ってここまで来たから、移動手段なら間に合ってるの」
「そうか……だったら俺だけ馬車で行く事にするよ」
「ああ、そうしてくれ。こっちも御前みたいなのが隣に居ると何だかストレスが溜まりそうだ」
エルザの言い分にレウスはカチンと来たものの、こっちには五百年前の記憶があるので相手にしない、と言い聞かせながらそれ以上絡まずにスルーする。
こう言う性格の悪い女なんか幾らでも居るんだからと考えながら、何回か父のゴーシュに乗せて貰った事がある乗り合い馬車の待ち合い場所に向かった。
だが、運が良いのか悪いのか乗り合い馬車が出発すると乗客はレウスだけだった。
王都に着くまで何回か途中で停車するものの、途中から乗って来る乗客は少ないので実質このまま王都までの一人旅になりそうだ。
一緒に王都に向かう為に町の出入り口で事前に待ち合わせをしていたマウデル騎士学院の一行と合流して、そのまま団体で王都へ向かう。
馬車の窓の外に広がる平原をボーッと見つめながら、何時もは馬車を引く二匹分しか聞こえない筈の馬の蹄の音を沢山聞いてレウスはふと疑問に思う。
(そういや、確か統率役としてあのエルザって気に食わない女が今回ここまで来たみたいだけど……でも、普通は学生だけでこんな場所まで行かせるもんなのかね?)
良く良く考えてみると危機感が薄すぎる気がするが、実地訓練だと言っていたしあえてこうして生徒だけで向かわせたのかも知れない。
レウスの転生前の時代でもそれこそ騎士学院みたいな学校はあったものの、こうして生徒だけで行動させるなんて話は聞いた事は無かった。
こんな生徒だけで行動するカリキュラムがあると言うのは、やはり未来の王国騎士団員を育成する上で必要なのかも知れないとレウスは思う。
魔術や技術が進化して、五百年以上前の世界とは常識が違う部分も多々あるからだ。
それと同時に、身近な人間に騎士学院と関わりが深い人物が居るのをレウスは思い出す。
(そういや、父さんも今の生活を送る前は騎士学院に居たって話を聞いた事があるな)
騎士学院を卒業して騎士団に入ったは良いものの、人間関係につまずいて三か月で退団してしまったゴーシュはその後冒険者となり、世界各地を冒険していたのだと話していた。
その冒険の中で色々と人脈を作り、最終的に生まれ育ったこのリーフォセリア王国で小さな商店を始め、作った人脈でかなりの大きな取り引きを成功させて今に至るらしいとレウスは聞いている。
今では王国騎士団や王族関係者の一部にも顔が利くので、父のゴーシュと王族関係者が取り引きを交わしている姿も何回か目にした事があった。
レウスはレウスで、これまたゴーシュのツテで就職した飲食店の従業員として働いているのだが、いずれはゴーシュの跡を継いでゆっくりと暮らすのが望みである。
(俺は前世で色々な戦いを経験して来たからな。今度の人生ではなるべく戦いとは無縁の生活を送りたいもんだ)
五百年前、あのドラゴンによって滅んだ国は数知れず。
このエンヴィルーク・アンフェレイアの世界中を我が物顔で荒らし回ったサビ色のドラゴンを討伐して、レウスの戦いは終わったのだ。
だからこそ、今度の人生ではなるべく静かに暮らしたい。
ギローヴァスの様に野性の魔物を討伐する事こそあれど、世界中を巻き込む戦乱に関わる様な事はもうゴメンだ。
そう思いながら馬車に揺られていたレウスが窓から外を見ていると、アレットが馬を馬車に寄せて窓越しに話し掛けて来た。
「ねえどうしたの?」
「何が?」
「いや……何だか凄く険しい顔してるから、何か魔物でも見つけたのかと思って」
「別に。単純に物思いに耽っていただけさ。昔の事を色々と思い出してね」
「昔の事って……私と同年代だってのに、何だか年寄りみたいな事を言うのね、貴方って」
「はは……」
「まあ良いわ。学院に着いたらご飯とお風呂と寝る場所は用意出来ると思うから、一晩泊まって行ってよ。せっかく一緒に来て貰うんだし、エルザを説得してそう言う事になったからね」
レウスの顔に思わず苦笑いがこぼれてしまうのも無理は無かった。
アレットの言っている事は間違ってはいないし、実質何百歳ものサバを読んでいるからだ。
もし彼女達が自分にまつわる本当の事を知ったら、その時はどんなリアクションをするのだろうかとレウスは思いつつ、王都までまだまだ時間があるので眠る事にした。
(仕事場のみんなにも連絡はして来たし、騎士学院に行ったら親父が居る筈だから、そのまま一緒に帰って……そしてまた今まで通りの平和な日常に戻る。それで全てが終わるんだ)
そう、これ以上の騒ぎなんて起こる筈が無いと信じて。
今の自分のそばに置かれている愛用の槍を、地元の田舎町に戻るまでこの先で使う事は無いだろうと思いながら。




