86.急展開
ドンドンドンッと民家のドアが荒々しくノックされ、寝ていた家主のサイカは眠い目をこすりながらイライラした口調で起き上がる。
「もう……まだこんな時間に誰なのよ? うるさいわねえ……」
押し売りとかのしょうもない相手だったらぶっ飛ばしてやると思いながらドアを開けたのだが、ドアの外に待っていたのは物々しく武装したソルイール帝国騎士団の騎士達およそ十人だったので、一気に眠気もぶっ飛んでしまった。
「サイカ・エステル・エリクソンだな? ここにレウス・アーヴィンと言う隣国リーフォセリアからやって来た男を匿っているとの通報があった。中を調べさせて貰うぞ」
「え、え……あ、ちょっと!?」
サイカが戸惑いを見せている隙に、帝国騎士団員達は彼女を押しのけてズカズカと家の中に踏み込んで来る。
その多人数の騎士団員達が履いている鉄のブーツが木製の床を踏み鳴らす音に、ここに泊めさせて貰っている四人も次々に目が覚める。
「ん……何だぁ?」
「え、何?」
「ちょ……おい、サイカ!?」
「えっ、何なんだよこれは!?」
レウスもアレットもソランジュエルザも、寝起きに騎士団員達が踏み込んで来た光景を見ても頭が大して働いていないので、現状を把握するのに時間が掛かっている。
しかし騎士団員達にはそんな事はお構い無しなので、レウスを筆頭にして四人は次々に拘束され、武器も取り上げられて縄で縛られる。
「ちょ、おい待て!! 俺達が何をした!?」
「黙れ! 大人しくしろ!!」
「ね、ねえちょっと何なのよ!? 何よこれ、どういう事!?」
「おいサイカ、何だこれは!?」
「き、貴様……最初から私達をやっぱりはめるつもりで泊めたんだな!? ふざけるなっ!」
四人がそれぞれサイカに事情説明を求めるが、サイカはブンブンと首を横に振って否定する。
「ちっ、違うわよ! 私は何もしていないわ!」
「何もしていなかったらどうしてこんな事になっているんだ!? 説明してくれ!!」
「黙れと言っているんだ!!」
「ぐあっ!」
「レウスっ!!」
騎士団員の一人に頭を殴られ、力が抜けたその瞬間に抱え上げられたレウスを始め、四人は外に停まっている大きな鉄の箱の荷台を引っ張っている馬車のその荷台に押し込まれた。
勿論黙って連れていかれる訳にはいかないので抵抗したものの、人数差が四人と十人では大き過ぎる上に荒縄で縛り上げられてしまっていてはまさに手も足も出ない。
しかもレウスもアレットもエルザもまだあの薬の効果が続いているらしく、魔術も使えないままで何処かへと連行されて行ってしまった。
「た、大変だわ……」
残されたサイカはすぐに行動を開始する。
寝間着状態の自分の恰好から、昔の冒険者として活動していた時の装備を引っ張り出すべく一旦家の中に戻って行った。
このままではレウス達は勿論、今まで信頼関係を築いて来ていたソランジュにまで誤解されっぱなしだからだ。
自分は今回のこの騒動を何も知らなかったと証明する為に、大急ぎで壁に掛けられているシャムシールを手に取った……。
◇
「通報者って誰なんだよ!?」
「それはお前達に話す必要は無い。その善意の通報者が我々に通報してくれたおかげで、貴様等を捕らえよとバスティアン皇帝陛下から直々に命令が下ったのでな。大人しくクレイアン城まで来て貰うぞ」
「そんなの納得出来ないわよっ!」
レウスとアレットは騎士団員達に説明を求めるが、その団員達のリーダーは冷たい口調でそう言ったきり黙ってしまった。
そして、それは新たな誤解の種となる。
「そうだ! 私達は本当に何もしていないんだ!」
「でもちょっと待ってくれ。おいソランジュ……貴様もこの騎士団員達と繋がりがあって、私達を捕まえようと演技をしているんじゃないだろうな!?」
「なっ……ふざけるな! お主達に着いて行きたいと言ったのは私なのだぞ!? なのに何故私がそんな真似をしなければならないのだ!?」
まさかの自分が疑われ始めた状況に、ソランジュはエルザに敵意むき出しの視線を向ける。
そのいざこざの原因となったエルザは鼻で笑い、自分の予想を述べ始めた。
「ふん、どうだかな。あのベルフォルテの港町でレウスに対して騒ぎを起こしたと聞いた時から、貴様は怪しい人物だと警戒していたんだ。レウスに対して戦う様に仕向けたらしいじゃないか。そしてその後に私達がこのランダリルに向かうって話になった時に、まるで狙ったかの様なタイミングで都合良く現れたじゃないか。これ程までに怪しい行動や素振りがあって、なおかつ今回のこの騒ぎだ。貴様とあのサイカと、この騎士団員達が手を組んでいるんじゃないかって考えるのは、ごくごく自然な流れだと思うがな!?」
「お主……それ以上なめた口を利いてみろ! その首を撥ね落としてやるぞ!!」
だが、その言い争いを止めたのは騎士団員ではなくレウスだった。
「おい、少し静かにしてくれよ! 今ここで言い争ったってしょうがないだろ!」
「だが……」
「俺達は城に連行される事が決まったんだ。そこで俺達の無実を証明すれば良いだろうが!」
「……分かった。だが貴様、覚えておけよ!」
「ふんっ、そのセリフはお主にそっくり返してやるわ!」
大きなわだかまりを抱えたまま、四人を乗せた馬車はクレイアン城への道を進んで行った。




