85.推理
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だから貴方達も気を付けた方が良いわよと忠告するサイカだったが、女のカンが当たるのか当たらないのかは男のレウスにとっては分からない話の一つである。
それでも、サイカの推理には割と感心していた。
それなりの観察眼は持っているらしいが、金目当ての殺害では無かったとしたら何が目的で殺されたのだろうか?
この点について、別の視点からレウスはアプローチしてみる。
「なあソランジュ、殺されたご主人様の長期出張の内容について、お前は何か聞いていないのか?」
「私か? いいや……私を含めて屋敷の使用人達は断片的にしか話は聞いていないな。大事な美術品を凄く大事な相手と取り引きするから、一か月位の長期出張に行って来るって言い残して出て行って、その後は通話魔術でのやり取りも何も無かったから何があったのかは分からないんだ」
「そうか……じゃあ宿屋に泊まってから殺されるまでの間はどれ位の期間が開いていたんだ?」
「ん~そうだなあ、あの美術商人の人が泊まりに来たのは大体十五日程前だったかしら。毎日朝早くからドタバタと何処かに出掛けて行って、夕方になって泊まりに帰って来て……って生活をしていたのを何回も見ていたからね。ただでさえ長期の滞在って事で普通のお客さんとは違う訳だし、今の時期は余り旅行者も来ないから余計に覚えてるわよ。美術品の取り引きってそんなに時間が掛かるものなのかしらねえ?」
サイカの言い分だと、その美術商人の生活サイクルはある程度決まっていたらしい。
しかしそれ以上の事は憶測でしか考えられないのが現状だ。
「何にせよ、その美術商人が殺されたのは事実。そして金銭トラブルや物盗りの犯行で無いのであれば、何か別のトラブルに巻き込まれて殺された可能性が高いな。ちなみに宿屋の中で殺されたとなれば、何時頃その美術商人が死んだとか、殺される前に誰か怪しい人影を見なかったかってのはあるかな?」
「ううん……殺されたのが分かった日も普段と変わりなかったわよ。朝早くからドタバタと出掛けて行って、夕方辺りに帰って来て、そしてご飯を宿屋の中の酒場で食べてお酒飲んで、部屋に戻って行ったわ。私もその人の接客対応をしていたから覚えてるもの」
「そうか……」
口には出せないが、となるとサイカも殺人の容疑者の一人になるとレウスは考える。
彼女が証言した所によれば、美術商人の泊まっていた部屋から何かが割れる様な音を聞いた同じ宿のスタッフが様子を見ようとドアを開けた所、中で死んでいる商人を発見したそうなのだ。
彼は喉をグッサリと鋭利な刃物で一突きされており、即死状態だったらしい。
その後は騎士団が駆けつけて宿が封鎖されたり、客達や宿のスタッフ達に事情聴取がされたりとバタバタしていた所にレウス達が出くわしたのだと言う。
部屋の中で花瓶が割れていた事で割れる様な音はそれだと分かったのだが、他は窓もドアも鍵が開きっ放しで閉まっていたので、結局内部からも外部からも犯行は可能だとして捜査は難航しているらしい。
その話をしながらの食事が終了し、後片付けを手伝ってからレウス達はそれぞれ用意された部屋に二人ずつで就寝する。
レウスはアレットと一緒に寝る事になったのだが、帝都に来て早々にこんな事件に巻き込まれるなんて悪い話だ……と自分の運の悪さを呪う。
しかし、アレットはそうでもないと考えていた。
「あーあ、戦いにはもう疲れているのに何でこんな事ばっかり巻き込まれるんだ……」
「本当よね。でも、もし私達があの宿に泊まっている時に殺人事件が起こっていたら、私達まで容疑者扱いになっていたのは目に見えているんだから、不幸中の幸いだと思うわよ」
「それはそうなんだが……人が死んでいるんだから素直に喜ぶ気にはなれないね、俺は」
「確かにそうよね。しかも、貴方はソランジュの目の前であのエジットとかって冒険者に魔術の話とかを暴露された訳だから本当についていないと思うわ。……それも、今回の殺人事件の話で話題になる事が無くて良かったって言うか、いや……良くは無いけどね」
アレットの言わんとしている事は分かる。
けど殺人事件が起こっているので喜べないし、むしろ悲しむべきなのかとは思うが、そのご主人様とやらはソランジュに暴行を働いていたのだとカフェ「サンマリア」のマスターや客達からの証言があったのもあってどうリアクションすれば良いのか困るレウス。
「とにかく今日はもう寝ようぜ。俺、凄く疲れたよ」
「そうね。それじゃお休み」
このグチャグチャな頭の中を一旦リセットしてまた起きたら考え直すべく、さっさと寝てしまおうと決意したレウスは、疲れのせいもあってすぐに寝入ってしまった。
願わくば、今までの出来事が全て夢であって欲しいと思いながら。
そんな願いを持ちつつ寝入ったレウスを始めとする、リーフォセリアやアイクアルからの入国者が滞在している帝都ランダリルの民家に、ソルイール帝国騎士団が多人数で押し寄せて来たのは明け方になってからだった。




