84.ソランジュとサイカ
「ソランジュと知り合ったのは一年位前になるかしらねー。その頃はまだこの子も冒険者として活躍してたから、私の勤めている宿屋に泊まりに来たのが切っ掛けだったのよ」
「そうだったな。懐かしい気もするけどお主と知り合ってまだそんなに時間が経っていないんだよな」
「そうなのか? 意外と知り合ったのは最近なんだな」
昔の思い出話に花を咲かせながら、ソランジュとサイカは料理をつつき合う。
その横では話を聞きながらレウスとアレットとエルザが同じく料理を食していた。
食事を始めて色々と聞き出せたのは、サイカの素性とソランジュとの関係である。
本名サイカ・エステル・エリクソン。今ここで食事を囲んでいる人間達の中で最年長の二十一歳。このソルイール帝国の帝都ランダリルで生まれ育ち、現在は城下町の宿屋で働いている。
しかし、宿屋で働く前は職にあぶれてしまったので自分の能力を高めるべく、十五歳の時に帝国騎士団に所属している従兄弟から一年間の戦闘訓練を受け、十六歳の時から三年間ソルイール帝国国内を始め冒険者として世界中を回っていたのだと言う。
「で、十九歳の終わり頃に冒険者を引退して地元に戻って来て、あの宿屋で働き始めてからソランジュが泊まりに来てくれたのよ。東のイーディクトからやって来て自分と同じく冒険者をやっているって言ってたから、親近感が湧いちゃってね」
「じゃあ、知り合ったのも最近だし宿屋で働き始めたのも最近だったんですね、サイカさんって」
「そうなのよ。でもまさか殺人事件が起こるなんて思わなかったからびっくりしちゃってね。しかもその被害者がソランジュの知り合いだって聞いた時にはどう返答して良いか分からなかったわよ」
「確かにそれはそうかも知れないですね」
そう言いつつ、アレットはチラリとレウスの方を見る。
おい止めろ、意味ありげにこっちに視線を投げて寄こすなとレウスが視線を送り返しておく。
「ところで貴方達、この先の予定は決まってたんだっけ?」
「ああ。私達はソランジュと一緒にイーディクト帝国方面に向かう予定なんだ。訳あって世界中を旅する事にしているんでな」
「へえ~、貴方達も冒険者なのね」
ソランジュから聞いた話によれば、自分の家に泊めて欲しいと言う人間が数人居るとの話だったので、可愛がっているソランジュからの頼みであれば……と特に悩みもせずに許可を出したらしい。
これについては、幾ら知り合いの知り合いだからとは言え知り合って日が浅い人間を、それも複数人自分の家の中に泊めても良いのだろうか? とレウス達が心の中でサイカの危機管理意識の甘さに疑問を持っていた。
(防犯意識がちょっと薄いんじゃないのか、この女……)
そのレウスの心配はさておき、根掘り葉掘りレウス達の事をサイカが聞かないのはソランジュが余り情報を漏らしていないせいもあるからだろうが、実際にエルザがサイカ自身にその理由を尋ねるとこんな答えが返って来た。
「なあ、私達の事は聞こうとしないけど大丈夫なのか? 自分で言うのもなんだけど、こんな得体の知れない人間達をホイホイ簡単に家の中に招き入れるなんて、私達がもし泥棒の類だったらどうするんだ?」
「ん~……そうねえ、それは自分でもちょっとは思ってるんだけど結局泊まるのは一日だけだし、ソランジュの知り合いだから大丈夫かなって思ってるし、何より宿屋で毎日沢山のお客さんを相手にしていると何となく分かるのよねえ、危ない人かそうじゃないかってのは」
「そ、それで良いのか?」
「うん。女のカンって言うのを私は信用するタイプだから任せておいてよ!」
(自分で言ってどうするんだよ。本当にこの女、大丈夫なのか?)
レウスがますます心配になるのも無理は無いサイカの返答だが、別の方向で彼女が心配している事があるらしい。
「でもねえ、今回の宿屋の殺人事件ってちょっと嫌な感じがするのよね」
「嫌な感じ? お主がそう感じたのか?」
「うん。何て言うのかな、その……ハッキリとは言えないんだけど、ただの殺人事件じゃない様な気がするのよ。もっと裏で大きな出来事が動いていて、それ関係で殺されちゃったって思うのよねえ。だってあんな美術商人だったら街中の小さい宿にポンポン泊まるとはあんまり思えないわ。どっちかって言えばもっと高級な宿屋に泊まって身の安全を確保すると思うもん。でなかったら、ギラギラした宝石のついた指輪を自分の指に何個もはめたり、仕立ての良い服を見せびらかす様に着込んでいるのにあんな安い宿にわざわざ泊まりに来るのかしらねえ?」
「お金持ちってのに気が付いていたって事ですか?」
アレットの問い掛けにサイカは頷き、自分の予想を述べる。
「そうね。持っていた宝石満載のバッグの口を開けて中を見せびらかして「この宿で一番良い部屋を取ってくれ」って言われて、もうそこから身なりからして成金って感じだったから、金目当ての人に狙われやすいなーとは思っていたけど……それにしては変なのよ。殺された時に私達従業員が駆け付けた時は、そのバッグの中身は手付かずだったって後で騎士団の人から聞いたのよね」




