861.「あれ」を使う準備
二手に分かれた赤毛の二人を追い掛けて行ったワイバーンを左右に見てから、レウスはエヴィル・ワンを追い掛けつつ、魔晶石を取り出した。
(こうなったら、最悪の事態に備えて……!!)
せめてゼフィードが有ればエヴィル・ワンも何とかなったかも知れないが、肝心な場面でエネルギー切れを起こしてしまったので既に放置して来てしまった。
なので現在、こうしてワイバーンで追い掛けているのだがまだまだ油断は出来ない。
そう考えるレウスは、魔晶石で連絡がついた人物へと準備の連絡をする。
『はい……って、凄い雑音だな!?』
「あっ、俺だけど聞こえるか!?」
『ああ、何とかな!! どうしたんだ?』
「例のものの準備をしておいてくれ! 最悪の手段として、あれを使えば何とかなるかも知れない状況になったんだ!!」
そのレウスの声を聞き、通話の相手は驚きの声を上げた。
『ええっ、あれを使うのか!?』
「そうだよ! だからこうしてあんたに頼んでるんだよ! 何時でもすぐに起動出来る様に頼むぞ!!」
そう言い残して通話を切ったレウスだが、目の前を飛んで行くエヴィル・ワンがその瞬間いきなりスピードを上げた。
当然、レウスもワイバーンに魔力を注入してスピードアップをするのだが、それを見計らっていたかの様にエヴィル・ワンの背中から特大のエネルギーボールが飛んで来た。
「うおっと!?」
ワイバーンをコントロールして、それをギリギリで回避するレウス。
自分は魔術防壁を掛けているので何も問題は無いのだが、問題があるのは自分が今コントロールをしているこのワイバーンの方だった。
二手に分かれて赤毛の二人を追い掛けて行ったあの三人が、エヴィル・ワンを追い掛けて行ったと聞いて慌ててここまでこうして全速力でワイバーンを飛行させて来たので、すっかり魔術防壁を掛けるのを忘れていたのである。
それでも何とかコントロールでエネルギーボールを回避出来たので、これで良かったんだと自分を納得させていたレウスだったが、問題はその後だった。
「んがっ!?」
横から感じる強い衝撃。
今のエネルギーボールを避けたレウスが体勢を立て直すのを見越していたのだろうか……いや、きっとそうに違い無いエヴィル・ワンが、今度はその尻尾を使って鞭の様に振り回してレウスの乗っているワイバーンを叩き落としたのである。
魔術防壁を掛けていない上に、ワイバーンよりもかなり大きなこのエヴィル・ワンにドカンと横から攻撃をされれば、レウスはそれだけで思いっ切りワイバーンごと吹っ飛ばされてしまった。
「う、うおあああああっ!?」
ぐるぐる回る視界。
そんな状況にあっても、とにかくこの手綱だけは手放すまいと必死に手に力を籠めるレウス。その願いが通じたのか、ワイバーンも必死に体勢をコントロールして立て直した。
「はっ、はっ、はぁ……し、死ぬかと思ったぜ……」
こんな空中であんな攻撃をされれば、墜落は免れなかった筈なのに良く持ち直したものだと心臓の動悸が聞こえる中で安堵の息を吐く。
しかし、その攻撃によってエヴィル・ワンとそれを操っているディルクに一気に引き離されてしまったレウスは、完全にエヴィル・ワンを見失ってしまったのだった。
そしてその吹っ飛ばした側であるディルクは、後ろを振り返ってホッと息を吐いた。
「良し、これで何とか振り切ったみたいだな。全く……アークトゥルスの生まれ変わりも本当にしつこいったらありゃしない。君の……アークトゥルスの力を借りるのは最後だよ。君を確実に仕留めて、君が屍になった後で僕とこのエヴィル・ワンが世界を頂くんだからね」
ブツブツとそう呟くディルクを乗せているエヴィル・ワンだが、まだ完全復活には至っていない。
あの培養している部屋から強引に天井を突き破ってまでこうして自分のものにした訳だが、結局あのアークトゥルスの生まれ変わりは身体の欠片を持って来てくれなかった。
あれがこのエヴィル・ワンの完全復活には必要な物なので、それを今からこうして探しに行く為に飛んでいたのだ。
すると、その考えが通じたのかエヴィル・ワンが鼻をヒクヒクと動かして「それ」の匂いをキャッチした。
「ん、こっちかな?」
『ガウッ!!』
「良し良し、分かったから慌てないで飛んでくれよ。君が完全復活するまでもうすぐなんだし、復活した暁にはこの世界で存分にその力を振るえるんだからね!」