853.追い詰めた部屋で
もう一つレウスとレアナが気になっている、この地下世界の筈なのに天井部分に開いている大きな穴の存在は後で確かめるとして、いよいよこの旅路の元凶の一人と言えるエドガーとのバトルが始まる。
レアナを部屋の隅に下がらせ、レウスは自分一人でこの「元」学院長と刃を交え始めた。
「この勝負、貰った!」
「それはどうかな!?」
レウスはエドガーにそう言い返し、ロングソードの薙ぎ払いや突き攻撃、それから時折り繰り出される蹴り攻撃等を槍と反射神経を駆使して防いだり避けたりする。
ロングソードよりも自分が使っている槍の方がリーチが長いので、戦況を見守っているレアナからしてみればレウスの方が有利に戦いを進めている様に見える。
しかし、レアナもこのまま自分が黙っている訳にはいかなかった。
何故なら、この広い部屋の天井に開いている大きな穴もそうなのだが、部屋の中にある大きなガラス張りの四角い容器も気になったからだ。
(ここは……何かの研究室なのかしら?)
レアナはテレパシーが使えるとは言え、実はそこまで魔術に詳しい訳では無い。
しかし、そんな彼女がこの部屋の中をぐるりと見渡しただけでもこの部屋が何かの研究室だったのではないか、と言う予想が簡単に立てられる設備や道具が取り揃えられている。
……いや、取り揃えられていた形跡があった。
部屋の中は何かの影響でぐちゃぐちゃに荒らされており、彼女が気になった横にも縦にも大きなガラス張りの容器を始め、至る所に設備の破片や残骸が散らばっているのがその証拠である。
(尖っているものもあるし、これは足元に気を付けないと危ないわね……)
足元に注意しながら、戦っているレウスの邪魔をしない様にそのガラス張りの容器に近づいて行くレアナ。
周囲の床は水浸しであり、しかも床を濡らしているのはただの水ではなく、気持ち悪い黄緑色の液体だった。
そしてその液体が流れ出たのは、ガラスの一部が大きく割られているせいであると簡単にイメージ出来た。
だったらここには元々「何か」が入っていた。
そして地下世界なのに、空が見える位に破壊されて大穴が開いている天井部分から外に出たのだろうとレアナは考えた。
(位置的に考えて、確かこの地下世界の上には……城の屋外鍛錬場があった筈。となればここから地上に出るのは分かるけど、それでも天井を突き破るなんて明らかに恐ろしい力を持っているものね……)
一体ここには何が入っていたのだろうか。そしてその何かは地下から地上に出られる大きな生物か何かであり、翼でもあったのだろうかと推測するレアナ。
すると、ガラス張りの容器の周囲に新たな痕跡を二つ発見した。
(これは人間の足跡ね。それからこっちは大きな生物の足跡……って、この足跡の形はまさか……!?)
レアナの頭の中で最悪の展開が繰り広げられて行く一方で、本気のエドガーと戦っているレウスは相手に対して違和感を覚えていた。
(おいちょっと待て、攻撃が届きそうだから向こうは魔術防壁を掛けていないみたいだが、俺は魔術防壁を掛けている。なのにどうしてさっきからこの男のロングソードが俺の顔や身体を掠っているんだ!?)
「おらあっ、ボケっとしてんじゃねえよ!!」
「ぐっ!!」
魔術防壁を掛けている筈なのに、まるで掛かっていないかの様な状態にレウスは首を傾げながら、積極的に攻め込んで来るエドガーに対して苦戦していた。
五百年前の恨みもあるからなのだろうが、彼はレウスよりも速いスピードと大柄な体躯を活かしたパワーで一気に叩き潰す作戦らしい。
それは五百年前の自分と比較しても申し訳無いレベルの腕前であり、油断したらやられてしまいそうなので気が抜けないレウス。
せめて魔術防壁が発動しているか分かれば精神的に余裕が出るのだが、今の状況ではそうも行きそうに無かった。
そこでレウスは一旦バックステップで大きく距離を取り、会話に持ち込みつつ体力の回復と疑問点の解消に掛かる。
「くっ……流石は学院長ってだけの事はあるな。やるじゃないか」
「それはどうも。五百年前の伝説の勇者様に褒められるとは嬉しいねえ!」
「だったらついでに教えてくれないか。もしかして、今の俺には魔術防壁が掛かっていないのか?」
しかし、その質問に対してエドガーは予想だにしない答えを返して来たのだ。
「あー、ここの部屋はお前の魔術を全て封じられるんだよ。だからここまで逃げて来たって訳だ」
「え?」
ロングソードを構える腕を一旦下ろし、説明に入るエドガー。
自分でもこの隙に攻撃すれば良いのではないかと思うレウスと、それを見ているレアナだが、自分から説明を求めておいて途中で遮ったら後味が悪いのでここは真剣に聞き入る。
エドガーもそれを分かっているのだろうか、隙をなるべく与えない様にしながらもぐるりと部屋の中を見渡してもっと詳しく説明を始めた。