837.取り引きの駆け引き
レウスのその声に反応したカシュラーゼ側のメンバーが、ぞろぞろと城門に向かって来る。
先頭を進むのはディルク……では無く、マウデル騎士学院を裏切ってカシュラーゼ側についたエドガーだった。
「よぉ……良く来たじゃねえかレウス。いや……アークトゥルスって呼んだ方が良いか?」
「どっちでも良いよそんなもん。ってか、俺達を裏切っておいて良くもこうやってノコノコと顔を出せたもんだよな? そもそもラスラットは何処に居る?」
「それは俺がこれから案内してやるよ。おい、その槍は俺に渡せ。ぶっ刺されでもしたらかなわねえからよ。後、腰に下げている二振りのロングソードもこっちに渡せ」
「はいはい」
隙を突いて槍で心臓を一突きにでもされたら敵わないので、レウスの持っているその槍と腰のロングソード二本を没収する。
それから一通りのボディチェックをしたのだが、そこで取り上げた持ち物を見てエドガーが気が付いた。
「おい、持ち物はこれだけか?」
「ああ。もうこれで安全確認も出来たから十分だろ? だからさっさと取り引きに入ろうじゃないか」
「だが……その前に確認してえんだけど、約束の品物が全部見当たらねえんだがな? これだけしかねえぞ?」
レウスが槍以外に手ぶらに近い状態でやって来たので、それに気が付いたエドガーが口は笑みを浮かべていてもこめかみがピクピクしている。
それを見たレウスは、あらかじめ用意しておいた話を持ち出して自分のペースに持ち込もうと画策する。
「品物は一部しか持って来ていない。ってか、そもそも俺一人じゃあ持って来られないから、まずはこの持って来ただけの品物で取り引きだ」
「……何の冗談だ? てめぇ、ふざけんじゃねえぞ」
一気に声のトーンが変わるエドガー。
しかし、そのリアクションは既にエドガーだろうがディルクだろうがラスラットだろうがレウスにとっては想定済みだったので、自分のペースに持ち込むべく頑張ってみる。
「ふざけてなんかいないさ。そもそもふざけているのはそっちだろ?」
「は?」
「は? じゃない。考えてもみろ。俺一人で来いって言ったよな、そっち。そしてここまで来た。だけど俺一人であんなでかいものを一気に沢山持って来られる訳が無いだろうが」
「ワイバーンに載せて来たんじゃねえのかよ?」
「載せられないよ。ワイバーンだって重量オーバーになってそのまま墜落するのが目に見えていたもん。だからティーナを渡してくれたら、俺だってエヴィル・ワンの身体の欠片を渡してやるよ」
だが、エドガーの方も引き下がらない。
「口の利き方に気をつけろよ。てめぇの仲間が人質に取られているって事、忘れんじゃねえぞ」
「だからその前提条件が無茶苦茶なんだよ。俺一人に持って来させないで、そっちから来れば良かったじゃないか。そうでもしなきゃこの取り引きは出来そうに無いね」
「へえ……そうかそうか、どうやらお前は自分の立場が分かっていない様だな? だったら交渉は決裂って事だな」
それを聞き、レウスはやはりこう言う展開になるのかとカシュラーゼ側のやり方を悟った。
「おいおい、それじゃあ最初から俺と真っ当な取り引きをするつもりなんて無かった、って言っている様に聞こえるぜ?」
「ふふふ……なかなか勘が鋭い様だな。そーだよ、そもそも俺達はお前の仲間を人質に取った時からちゃんと考えていたさ。お前もお前の人質も皆殺しにして、エヴィル・ワンの身体の欠片を奪い取って一気に復活までこぎ着けるってな!!」
「そう言うのはもうちょっと後になってから言うもんじゃないのか? それこそ、俺がディルクと会ってからだろ。そしてディルクの口から言わせるもんじゃねえのか?」
「そんなおとぎ話みたいな事なんかしてられっか。ってな訳でお前はもう用済みだから、ここでさっさと死んで貰うかなっと。それで良いよな?」
だが、この後にレウスは妙な事を言い出した。
「死ぬのは時が来れば誰でもそうなるが……残念だな。せっかく手土産を持って来たのにそれは無いよな?」
「手土産?」
「ああそうさ。とっておきの手土産さ。あんた等に見せようと思って用意した手土産があったんだから、せめてそれを見てからにしてくれないかな、俺を殺すのは!!」
そう言い切ると同時に、レウスは黄色い手袋をはめた手で器用に指をパチンと鳴らす。
するとその瞬間、上空に大きな影が現われた。
「何だ……うおおおおおおおっ!?」
「おらっ!」
「ぐあ!!」
完全に頭上に気を取られたエドガーの顔面を、レウスの右ストレートが捉えた。
その右ストレートによってエドガーは吹っ飛んだだけでなく、その頭上からこの城門前に落ちて来た「それ」に危うく潰されそうになって緊急回避する。
そして一方のレウスは、落ちて来たそれを見て二つの神に感謝した。
「助かったぜ。それじゃあ反撃開始だ。これが俺からの手土産だから、存分に受け取って貰うぞ!!」
落ちて来たゼファードが上手く仁王立ちしたので、レウスは背中からコックピットに乗り込んでクルシーズ城へと飛び始めた。