836.開けておいてくれよ
その衝撃に続き、今度は地下牢全体にウィーンウォーンと警報が鳴り響き始めた。
外からはバタバタと多数の人間や獣人が走り回る音が聞こえて来るので、これはカシュラーゼ側にとっても非常事態なのだろうとティーナとレアナは察した。
「一体何が起こっているのでしょう?」
「分かりません。ですがこの状況なら、もしかしたらテレパシーが繋がったり外に出られたりするかも知れませんよ!」
「そ、そうですわね。それじゃあもう一度テレパシーを……」
しかし、やはり現実はなかなか上手く行かなかった。
テレパシーを繋ごうとしたレアナだったが、まだうんともすんとも言わないので残念そうに無言で首を横に振った。
「ダメ……みたいですね」
「とにかくここからどうにかして出たい気持ちはありますが……見張りの方も居なくなってしまったみたいですし、チャンスなら幾らでもありそうです」
「そうですね。もう一度何か脱出の方法が無いか探してみましょう」
再度、何とかしてここから出る方法を探し始めたティーナとレアナだったが、そんな彼女達が動き出している一方で地上世界での動きも活発になっていた。
それは魔術防壁を抜けて突っ込んで来た、あの赤くて大きな存在が全ての始まりだったのである。
「うわああっ、何だこいつは!!」
「魔術が……効かない!?」
「うろたえるな! 全員で掛かれ! それから城の砲台もフル稼働させるんだ!!」
突然襲来した人型の、赤い金属の塊に恐怖を覚えて委縮する部下を奮い立たせるカシュラーゼ騎士団の隊長達。
騎士団の部隊は多岐に渡り、勿論人数も多いのだがその中でも特にやり手の若手だと言われているライマンドが、現在地下の方でベッドに寝てしまっている状態である。
その為、このニュースは騎士団全体を駆け巡って騎士団員達や魔術師達の戦意をダウンさせるのに十分な効果をもたらしてしまった。
そしてその人型の赤い金属の塊……ゼフィードを操っているレウスからしてみると「あの特訓とは一体何だったのか」と頭に疑問符を浮かべての戦いであった。
(おいおい、結局魔術防壁は解除してくれたんじゃねえか……)
レウス達は取り引きをする為に準備を進めていたのだが、出発前になってレウスの元にラスラットから通話があったのだ。
「……はい?」
『俺だ。今日の取り引き、忘れてねえだろうな?』
「あー、ラスラットか。忘れる訳が無いだろう。もう少ししたら昼になるからそっちに向かうぞ」
『ふん、忘れていなければ良いんだよ』
相変わらず傲慢な態度のラスラットに対し、レウスは通話を切られる前に頼み事をしておく。
「それなんだが、そっちのカシュラーゼの領土は全て魔術防壁で囲まれているって話を聞いた事がある。それについてはちゃんと解除して、俺が通れる道を開けてくれるんだろうな?」
『わーってるよ。それはちゃんと開けてやる。だがお前だけで来いよ。もし他の仲間の姿が少しでも見えたら、その時点で取り引きは中止だ。そしてあのティーナって奴も殺す。分かったな』
「ああ、それは分かっている。それじゃあ今から空を飛んで向かうから待っていろ。取り引きの場所はカシュラーゼのクルシーズ城前で良いか?」
『それで良いぜ。言っておくが少しでも遅れたら、その時点で取り引きは無しだぞ』
「分かったよ。それじゃあよろしく。と言うか今からもう開けておいてくれないか? 仲間は居ないから。俺一人だから」
『けっ、信用出来るかそんなもん。大方あれだろ、今から出発するから開けてくれって言っておいて、そっちのバックアップか何かに先に乗り込ませるつもりだろ。』
(くそっ、やっぱり向こうも警戒心は強いか)
そのままゼフィードを操って突っ込んで行こうと思ったのだが、このままじゃあ正面突破は無理である。
だったら作戦を変更して、エンヴィルークとアンフェレイアの力を借りる事にした。
「……って訳だから、こう言う作戦は無理か?」
『まぁ、それだったら出来ない事は無いけどリスクが高くないか?』
「だって向こうがああ言っているんだから、それしかこっちも出来そうに無いもん。な、俺達だけで決着をつける為にはこうするしか無いんだよ。あんた達だって世界の監視者として、このままカシュラーゼの連中に好き勝手される訳にはいかないんだろ?」
『分かったわよ。その代わり、ちゃんとカシュラーゼを止めてよね』
「勿論だ。乗り込むからには全力で止めるさ。絶対にエヴィル・ワンの復活なんかさせてたまるかっての」
それぞれの神に無理を言って、レウスはまずワイバーンでエレデラムの西から海を渡ってカシュラーゼへと向かう。
必要最低限の荷物だけ持ち、言われた通りに自分一人で向かうと見せ掛けてその裏ではカシュラーゼへの突入計画が着々と進んでいた。
そしてカシュラーゼに一足先に辿り着いたレウスは、まず領土全域を囲っている魔術防壁を解除して貰う。
それから王都のエルヴァンに向かった所で一旦ワイバーンを降り、エルヴァンの城門前で大声で宣言した。
「カシュラーゼのディルク、それからラスラットにエドガー! そして俺を裏切った両親のゴーシュとファラリア!! レウス・アーヴィンが来たぞ!!」