830.交渉
その連絡が来たのはドゥドゥカスの魔晶石にでは無く、最初に連絡が来た時と同じくレウスの魔晶石にであった。
しかも連絡をして来たのもその時と同じく、ディルクの弟子であるラスラットだった。
「おい、ティーナは無事なんだろうな?」
『ああ、あの女なら無事だぜ。今の所はな。それよりも取り引きの内容をキチンと話しておこうじゃねえか』
「ああ。ってか、それを昨日の内に先に言えよな。そうしたら俺だって一日待たなくて済んだんだよ!!」
しかし、そう文句を言ったレウスの耳にトーンが変わったラスラットの声が聞こえて来た。
『おーっと……俺にそんな口を利いて良いのかな? こっちはお前の仲間の女の命なんて何時でも軽く終わらせられるんだぜ?』
「くっ……」
『分かったならさっさと話の続きをしようじゃないか。こっちはお前の持っているエヴィル・ワンの身体の欠片が欲しい。そっちはこの金髪の女を返して欲しい。だったらこの二つで物々交換と行こうぜ』
「おいっ、ティーナは物じゃねえぞ!!」
人間を物扱いするラスラットに対して憤りを隠せないレウスだが、先程と同じく何処かおちょくっている様な口調で警告するラスラット。
『口の利き方には気を付けろと言った筈だぜ、勇者様。それ以上生意気な口を利くと、こっちだってあの女に何するか分からないぜ……?』
「わ……分かった! それで日時と受け渡し場所はどうなるんだ!?」
『日時だが、それは明後日の昼にさせて貰う。このカシュラーゼでは昼の時間に鐘が鳴るんだ。だからそれを合図にして取り引きを開始させて貰う』
「分かった。昼の鐘が合図だな……」
一緒にこの会話を聞いているメンバーの内、ギルベルトにメモを取らせるレウス。
そしてレウスは、ラスラットに対してもう一つ気になる事を切り出した。
「それからさぁ……受け渡し場所はそっちの城に行けば良いのか?」
『そうだ。言っておくがお前等が前回来た時の裏の方じゃねえぞ。表の……地上の城に向かえ。そこで大量の部隊を待たせておくから、そこで女とエヴィル・ワンの身体の欠片を全て交換だ』
「……もしかして、それってまだ俺達が集めていない身体の欠片の事も言っているのか?」
『えっ?』
「ん?」
レウスが切り出した話に対して、今までと違った反応を見せるラスラット。
しかし、次の瞬間に魔晶石の向こう側でガサゴソと何か音がしたかと思うと、ラスラットから彼の師匠に通話の相手が変わった。
『久し振りだな、アークトゥルス……』
「あれっ、お前はもしかしてディルクか!?」
『もしかしなくても僕だよ。そうか……やっぱりゴーシュとファラリアが言っていた事は本当だったか。そっちにエヴィル・ワンの身体の欠片がもう一つあるって』
「えっ、それって本当だったの? 俺は完全にデマだと思ってたけど」
あえて自分も知らなかったと言う事にしておくレウスだが、ディルクはそれに構わず話を続ける。
『デマだったらゴーシュとファラリアとエドガーからこうやって話が出たりしないだろう。だからそれも見つかったら持って来てよ。もし持って来なかったら、リーフォセリアを焼け野原にしてでもこっちが探し出すけどさ』
「サラッと物騒な事を言ってんじゃねえよ!! とにかくそれを持って来いってもう決定事項みたいだけど、それを探す時間を考慮して取り引きの日時に猶予が出来たりしないか?」
『残念だけどそれは無いね。答えはNOだ。僕達だって暇じゃないんだよ。取り引きの時間に間に合わない様な相手とは取り引きなんてしたくないからね。だから取り引きは約束通り、明後日の昼に鳴る鐘が合図だ』
「くっ……」
『忘れるなよ。一分でも遅れたらティーナの命は無いからな』
そう言って切れてしまう通話。
残されたレウス達は、とにかくそのもう一つのエヴィル・ワンの身体の欠片を探す為に行動を起こす事を決意する。
しかし、どうやらその必要は無かったらしい。
「いや……それなんだけどね、実はそのエヴィル・ワンの身体の欠片は僕が持っているんだよ」
「へ?」
「ど、何処にあるんですか!?」
ドゥドゥカスからの衝撃的な告白。
だったら早くそれを出して運ぶ準備を始めようと急かすパーティーメンバー達だが、彼は思い掛けない場所からそれを取り出したのだ。
「えーと、それはここだよ」
「そ、そこ……え、それですか!?」
「ああ。盲点だろ?」
「いや、盲点とかそんな問題じゃなくてどうして陛下がお持ちなのですか!?」
ドゥドゥカスの執務机の引き出しから、紙でグルグル巻きにされた物体が現われた。
まさかそんな場所に、しかもそんな雑に梱包されている物体を見たエルザがやや崩れた口調でドゥドゥカスに詰め寄ると、彼はバツが悪そうな顔で告白する。
「実はずっと前に……三年程前に僕がこの城の庭の片隅で見つけてね……だけど、もうこのリーフォセリアにはエヴィル・ワンの身体の欠片があるって知られていただろう? それで、この事は言わない方が良いだろうってなったんだ」
「ってか、どうしてそんな場所で見つけたんだよ?」
「僕だってビックリしてたんだよ。その時は中庭の掃除をみんなでしていたら僕が見つけてさ。それで色々調べてみたらエヴィル・ワンの身体の欠片だって分かったんだよ。でももし二個目が発見されたと他国に知られたらまずい事になりそうでね。それで黙っている事にした」
「何だかもう無茶苦茶ですね……」
思わず本音が出てしまうレウス。
しかし、それを聞いていたペーテルが思わぬ話をし出したのはその時だった。