829.動き出したカシュラーゼ
立ち上がったエルザはそのままバトルアックスをしまって、ここである事を思い出した。
「……そうだ、私、貴様に一言言い忘れていたんだ」
「何だ?」
「私、最初に貴様と出会った時にアレット達を助けて貰っただろう。だからその時の礼をまだ言えてなかったと思ってな。本当にあの時の事は感謝しているよ」
「お、おう……何だか凄く今更だけど、まぁ……別にあれ位の事だったら俺にとっては大した事は無いからな。どういたしまして」
こうして結局、レウスに勝てずじまいだったエルザと一緒にギルベルトとそのレウスが部屋に戻る。
……筈だったが、その前にここにやって来た人物が一人。
「あっ、居た居た!!」
「え……あー!? アンリ!?」
慌てた様子で息を切らしながら鍛錬場に飛び込んで来たのは、リーフォセリア王国騎士団員の中で何かと面識回数の多いアンリ・ルイ・ボワスロだった。
一体何事なのかとギルベルトが聞いてみると、彼の口から衝撃的な言葉が出て来た。
「皆さん、早くドゥドゥカス陛下の所へお戻り下さい!! カシュラーゼから連絡が入ったんですよ!!」
「な、何だって!?」
「ついにカシュラーゼが動き出したか……!!」
ついにその時が来てしまったらしい。
レウス達はアンリの先導で、全員が集まっているドゥドゥカスの執務室へと向かった。
「全員集まったな。それじゃあ説明を始めるけど、先程僕の魔晶石にカシュラーゼのドミンゴと名乗る者からの連絡があった」
(あいつか……)
連絡をして来たのはカシュラーゼの中でも、ディルクと近い場所に居るあの大柄な緑髪の魔術師だったらしい。
ライマンドはヴァーンイレスの無人島でアニータとサィードとイレインに敗北して行方不明のままである。
しかしこちらもティーナを人質に取られているので、向こうが彼女に何をしているのかが分からないままなのは精神的にきついものがある。
「それで、向こうは何を言い出したのですか?」
「カシュラーゼ側の要求としては二つ。一つはまず、カシュラーゼに対してこちらが持っているエヴィル・ワンの身体の欠片を全て渡す事。それから受け渡し場所はカシュラーゼの中で、レウスが一人で来る事……だそうだ」
「あっ、それは無理だ」
「おいおい、そんな即答されちゃ僕達だって困るよ。何故無理なのか理由を説明してくれないか?」
レウスの間髪を入れない返答にパーティーメンバーやギルベルト、それからドゥドゥカスの視線が集まる。
しかし、その集まる視線に対してもレウスは堂々とその理由をこたえ始めた。
「そもそも、あんな大きな身体の欠片を俺が一人で運べる訳が無いんだ。だから一人受け渡し場所に来いって話なんだろ? だったら絶対無理だね。そんな事をしたら俺がエヴィル・ワンの身体に押し潰されて終わりさ」
それに、とレウスはもう一つの理由を告げる。
「このリーフォセリア王国に、もう一つエヴィル・ワンの身体の欠片があるって聞いた事がある。それを見つけ出さない事には向こうも納得しないんじゃないのか? 向こうだってそれなりの情報は既に仕入れていると思うし、何よりこのリーフォセリアから裏切った連中が三人も居るからな」
そう、その三人の方がこのリーフォセリアに居た時間が長い分、残っているエヴィル・ワンの身体の欠片についての情報を持っている筈だ。
それも込みでの取り引きの話をされたのかと聞いてみるが、ドゥドゥカスからの答えは首を横に振るものだった。
「いいや、そんな話はされなかったね。とりあえず僕はそう聞いただけだから、それが必要になるかどうかは聞いていないよ」
「だったら次の連絡を待つしか無いだろうな。それについての話が無いのであれば、それを口実にティーナに何かしないとも限らない。それにそもそも、俺にエヴィル・ワンの身体の欠片を運ばせる日時も時間も詳しい話は何も無いんだろ?」
「そうだね。まだ何も無いよ」
「やっぱそれだったら次の連絡を待とう。それで連絡が来たらすぐ俺を呼んで、そして相手に代わってくれ。俺が交渉するから」
「分かった」
相手からの連絡が不十分なら、もっと詳しく取り引きの条件を聞いて交渉に臨むだけだ。
そう意気込んだレウスの元に連絡が来たのは、その翌日の昼過ぎだった。