80.帝都ランダリルへ
ワイバーンをレンタルし、帝都ランダリルへ向かう準備は整った。
後は天候がそこまで持ってくれるかどうかだが、レンタル担当の職員に聞いた話ではランダリル方面は晴れているので問題は無いらしい。
それに、今のタイミングでワイバーンの移動が出来る事はラッキーだとレウスは考える。
以前、学院の魔術の授業で講師が召喚したケルベロスが、自分の強大な魔力に反応して怯え切ってしまい授業にならなかったあの時の事を思い出していたからである。
(今、あのウォレスって奴に投与された薬のせいで魔力が封じ込められてしまっている。だがそれは魔物が俺を恐れないでいるって事だ)
つまり、集団で襲い掛かって来た最初のあの森の魔物達や暴走状態にあったギローヴァスはともかくとして、もし今回ワイバーンに乗る前に魔力抑制の薬の効果が切れてしまっていたらケルベロスと同じ様にワイバーンが怯えてしまい、乗れずに別の移動手段でランダリルに向かわなければならなくなったかも知れないのだから。
それを考えたら、あの薬を投与されたのは結果的に良い事でもあったのかも……とレウスは複雑な気持ちを抱くしか無かった。
レウスがそんな事を考えている間に出発準備が整ったので、レウスはアレットと一緒にワイバーンに乗り込み、もう一匹のワイバーンはソランジュが操縦する後ろにエルザが乗り込んだ。
「うっわあ、高い……」
「しっかり掴まってないと落ちるから気をつけろよ」
「う、うん……」
レウスの腰に手を回し、アレットは彼に操縦を任せて帝都ランダリルへの空の旅。
一方のソランジュとエルザも空の旅を楽しんでいる様だが、ここで思いもよらない事態が発覚する。
「う、うう……」
「おい……どうした? 気分でも悪いのか?」
「い、いやそうじゃない。ただその……私は高い所が余り好きじゃないんだ」
「はっはあ、そうか! お主は高い所が嫌いなのか!!」
「言うなぁ! 現実を突きつけるな!!」
そう、エルザは高所恐怖症なのである。
学院の屋上であれば端に寄ったり下を見下ろしたりしない限りは平気なのだが、今の自分が居る場所はワイバーンの背中の上。
しかも空高く飛び上がっている上に操縦しているソランジュと二人乗りの状態なので、座れるスペースが限られているのも更に恐怖心を増やす原因となっていた。
「慣れればどうって事は無いぞ?」
「こんなもの慣れてたまるか! それに誰にでも苦手なものはあるだろう!!」
「確かにそれはそうだな。ならランダリルまで三時間、ずっと目をつぶっているか?」
「いや、それはそれで怖い!」
「そうかそうか。だったら頑張ってみるが良いさ」
完全にソランジュのペースに乗せられてしまっていると実感するエルザだが、それよりもこの状況の恐怖心が心を支配しているので言い返す事も出来ない。
本当にワイバーンの実技授業が無くて良かった……と安堵しているエルザを乗せて、二頭のワイバーンは夕暮れの空を帝都ランダリル方面へ向けて翼をはためかせながら飛び続けて行った。
◇
その頃、帝都ランダリルにある冒険者ギルドのソルイール帝国の本部では二人の男が密談を交わしていた。
「そうか、ウォレスの奴はしくじったか」
「ああ。俺の仲間からの報告があった。まさか魔術を封じた筈なのに逃げられてしまうとはな」
暗い部屋の中で密談を交わしている男二人の内、一人が深い溜め息を吐いて大きな窓の外をジッと見つめる。
そのまま五秒程、夕暮れ時のランダリルの街並みを見つめ続けた彼はもう一人の男の方を振り返る事もせずに呟いた。
「これも因縁って奴か……あの勇者アークトゥルスの生まれ変わりが、こうして五百年の時を超えて俺達の前に立ちはだかるなんてな」
「これからどうするつもりだ?」
「心配無い。既に対策は考えてある。次の一手は常に用意しておくものだよ」
そんな二人の居る部屋の中に、出入り口のドアが開いて一人の女が姿を現わした。
二人の男はその女の方を振り向き、女からの報告を待つ。
「どうやら新しい仲間が増えたみたいですよ」
「仲間?」
「ええ。女が一人増えたみたいですけど……どうします?」
「今はまだ気にしなくても良いだろう。ただし定期的な監視と報告は続けてくれ」
「分かりました」
自分達にはこのソルイール帝国の中だけではなく、エンヴィルーク・アンフェレイア中に信頼出来る仲間達が居る。
だからこそ、アークトゥルスの生まれ変わりが何処で何をしているのかが定期的な監視によって報告される。
どうやら今はこのランダリルへと向かって来ている様なのだが、あいにくこの国でやるべき事はもう終わってしまったので、自分達は次の国へと移動するだけなのだ。
「良し、夜の闇に紛れて向こうに着ける様に移動を開始するぞ。アークトゥルスの生まれ変わりがここに来た時には既に俺達には会えずじまいだし、あいつ等が何かしようものならこの男を入れた足止め部隊が居るから心配するな」
「分かりました」
「そっちも頼んだぞ」
「ああ、任せておけ。ただしその分の報酬は弾んで貰うぞ」
「分かったよ」
夜の闇が近づくと共に、このメンバーが野望の達成にも少し近づいた。




