818.これ駄目だわ、一回ビンタだわ
「おおいっ、逃げるぞ!!」
「ろ、ロルフ!?」
「大爆発するわよ!! 早く逃げましょう!!」
いきなりの展開に訳も分からず走り出した一行は、その走り出す原因を作ったロルフに理由を尋ねる。
「ねえ、一体何がどうなっているんですか!?」
「何がどうって……あんたがここに来る途中で俺達に渡したんじゃねえかよ。自分だけだとこの爆弾を砲台に設置して破壊する隙が無いかも知れないので、皆さんにも砲台を破壊するチャンスがあればやって欲しいんです、って言って魔晶石を渡してくれたよな?
「あ……」
そうだ、今までの流れで忘れていた。
ここまで歩いて来る時にそのやり取りをしたのを思い出しながら、後ろからその魔晶石による爆発音が響いて来るのをしっかり自分の耳で聞くアレット。
結局コラードの安否は確認出来なかったものの、あのミネットがしてくれた後頭部への一撃によって倒れた上に、振り返ってみても分かる大爆発に巻き込まれたであろう彼の安否は、間違い無く今度こそ死亡だろう。
そう考えながら森の出入り口まで辿り着いた一行は、森の中に立ち上る黒煙と未だに聞こえる爆発音を耳にして会話を再開する。
「あ、あれってどれ位あそこに爆弾を仕掛けたんです?」
「とりあえずあんたから貰った爆弾を全部。俺だけじゃなくてこのクラリッサも一緒だぜ。あれで良いんだろ?」
「え、ええ……まぁ、砲台は木っ端微塵になっているみたいだし、作戦はとりあえず完了って事ね」
でもまさか、ミネットがあんな奇襲をするなんて思ってもみなかったとレメディオスが評価する。
「私達は騎士団員だから本来は私達がやらなければならないのだが、まさか君があんな奇襲をするなんて思ってもみなかったぞい、ミネット」
「だって私の存在に全然気が付いていなかったんですもん。それに周りは森でしたし、丸太が丁度良く落ちてたからやったまでですよ」
結果的に上手く行ったので、れ以上続ける気は無いと判断したミネットは、その奇襲の話はそこで終わらる。
それよりも……と向けられた視線は自分達の主君である国王のトリスティに向けられる。
「まだお話は終わっていませんよ、陛下」
「え?」
「え、じゃないですよ。これもう駄目ですよ、ビンタですよ」
「な、何で私がビンタされなきゃならないんだ?」
「おいミネット、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
放浪の事に対して叱責を受けていた流れを知らない騎士団員達だが、ミネットは端的に説明する。
「分かっています。分かった上での発言です。トリスティ陛下は王都のシロッコが砲撃された時に、すぐに戻って来られましたか?」
「いや……すぐには戻って来ていない」
「そうでしょう? 何時戻って来ました?」
「ついさっき……よね。うん、ついさっきね」
「そうですよね。それまでは陛下が不在のままでこうやって復興作業を進めていました。国の緊急事態なのに、こうやってすぐに戻って来なかった上に戻って来たら戻って来たで「自分にも放浪したい理由がある」と言い出すんですよ」
それの話はまだ終わっていない。
何時の間にかこの話を一番初めに切り出したアレットよりも、国民であるミネットの方がヒートアップしている状態だ。
「本来であればあり得ないですよ、こんな話。私だって自分で言っててあり得ないって思ってますから」
「あり得ないんだったらあり得ないままで良いだろう?」
「良くないから言っているんですよ。このままじゃずっと放ったらかしにされていた国民の感情が収まりませんよ。他国の砲台は他国に任せておけば良いんです。自分の国の砲台の処理をするのが先ですよ。それをするのを後回しにして、こうやって各国の砲台の場所を調べて来たって言うのは、自分の国をないがしろにしているのではありませんか?」
「……」
しーん、と静まり返る空気。
大勢の騎士団員達や自分の目の前で、騎士団の食堂に努めているとは言え一般人の立場でもあるミネットに叱られている一国の国王の姿を見て、アレットは見ている方が辛くなってしまったのでここで声を上げた。
「あ……あの~、それで結局どうするんです? ビンタするんです?」
「それで収まるなら、まぁ……私は構わないと思っているが」
「えっ、いや……私はミネットさんに聞いているんですけども」
しかし先に声を上げたのは、何とビンタされそうな側であるトリスティだった。
流石にこれに対しては騎士団の三人からも声が上がる。
「陛下まで何をおっしゃっているのです!?」
「そ、そうですよ陛下。俺達の目の前で陛下がそんな叩かれるなんて……」
「流石にそれは見逃せないと思いますけどね」
「いいや、あの……私もこれを機会に自分の放浪癖を少し見直してみようと思ってな。そのケジメの意味も含めて、ビンタを受けようと思ってな」
ここまで言われて心変わりをしたのだろうか? それとも口先だけのパフォーマンスか?
いずれにしてもビンタを受ける事にしたトリスティだが、ビンタをしてくれる相手を指名する。
「それでだな、ビンタをするのはアレット君にお願いしたい」
「わ、私ですか?」
「ああ。ここでの事は他言無用だ。それから最初にこの話を言い出したのは君だ。だから君は私にビンタをする権利がある」
「権利とかそんな問題じゃ……でも、まぁ……分かりました。それでは失礼します」
何だかやっぱりムカつく。
そう思いながら繰り出されたアレットの右手のビンタが、森の出入り口で多数の騎士団員達に見守られながら乾いた音を立ててトリスティの顔に炸裂した。