815.戻って来た国王トリスティ
アイクアル王国の領土内に位置している小国のシルヴェン王国に、放浪していた国王が戻って来た。
これが普段であれば何時もの事であるので、臣下達は呆れながらも国王を出迎えてさっさと仕事に戻って貰うと言う何事も無い光景なのである。
だが、今はそんな自分の君主を許す気にはなれないのが臣下達である。
特に国王に忠誠を誓っている騎士団の団員達からしてみれば、その国王がこんな非常事態に連絡も無く放浪しているだけあって、怒りのピークはすぐそこまで迫っている状態である。
そんな所に、ワイバーンを使ってひょっこりと戻って来た国王。しかも迎えに行かせた筈の食堂の従業員二人の内、コックの狼獣人は一緒に戻って来ていない。
その代わりに、何故か自分達の顔見知りの女が一緒にここまでやって来ていると言う話を聞いて、何が何だか理解が追いついていない。
放浪の身であるが故に、精神的な事を考えると進んで自分から連絡も出来ないし、それよりも大切な用事があって世界中を駆け回っていた国王からしてみれば、今からそれを説明したい気持ちで一杯だった。
「ハッキリ言うが、私達だけではその砲台とやらを壊すには戦力が足りないだろうな」
「そうですね。シリルさんが居ればとは思いますが、彼はソルイール帝国に行ってますし」
「ええ。レウスがそう振り分けをしたんですからこのチームでやるしか無いですよ。……でも、一旦城に帰るよりこのまま砲台を壊しに行った方が良いと思いますけどね、私は」
かつて、シルヴェン王国に来た時に色々な場所を回った記憶がある。
あのウルリーカが率いているシンベリ盗賊団に出会ったのも、確かこの王国の中だった。東の方にある洞窟の中で盗賊団に出会ってから始まった因縁。
それを今まで何回か経験して来たのだが、こうしてまさかこの出会いの場所がある王国に戻って来るとは思ってもみなかった。
だが、以前このシルヴェン王国に来た時は砲台を壊さずに残しておいて欲しいとの通達があった。
その時は壊さずにそのまま出国したのだが、今回はやはりきちんと壊さなければならないしその為にここまで来たのである。
「そうそう、ミネットさん。メンバー変更の話、騎士団に連絡は入れたんでしたっけ?」
「ええ……ここに来るまでに入れたんだけど、かなりカンカンに怒っていたわね。特にクラリッサ団員の怒り様は凄かったわよ。あの国王はこんな時に世界中をほっつき歩いてたんですって!? とかって。その辺りの事情を説明したら幾らか怒りは収まったみたいだけど、やっぱり砲撃によって町を……それも王都のシロッコを滅ぼされちゃったって時に国王が不在って事で、怒りのボルテージは最高潮に達しているままね」
とりあえず城に戻るか、それともこのまま砲台を破壊しに行くかを考えると、やっぱり砲台を破壊しに行った方が良いとの結論に達した。
国王である自分が破壊してしまえば誰も文句は言わないだろうし、何よりまた砲撃される危険性があるのにこのまま砲台を破壊せずに残しておくのはかなり危なっかしいとの考えから、トリスティは騎士団に対して「文句があるならそっちから来て、一緒に砲台を破壊しろよ」と連絡しておいた。
本当に来てくれるかどうかは分からないが、とりあえず騎士団が来るにしても来ないにしてもあの砲台を破壊する事には変わりは無い。
だが、それについてアレットには不安要素があった。
「あの砲台に載っている大砲からあの砲撃がされたんだったら、また狙われる可能性が高いわ」
「だから先に砲台を破壊して、しっかりと元を断つつもりか?」
「そうです。王都に行って報告するのはそれからでも出来ると思いますし、また何時狙われるか分かりません。もし王都に先に行って、そこで王都もろともまた砲撃を受けたら、今度こそ本当に国は壊滅してしまうかも知れないですから」
「確かに貴女の言う通りだ。それに放浪しているとは言え国王は私だ。私にはこの国を守る責任があるからな」
「ですね、でも……」
民を守るべきだと自覚している筈のトリスティに向かって、アレットはグイっと顔を近づける。
「その放浪をしていた事によって、すぐにこのシルヴェン王国の人達が動けなかった事はお分かりですか?」
「え、ああ、それはまあ……」
「国王が居なくて、その状態で騎士団が主導してこうして復興作業をしていると言う事は、忘れていないですよね?」
「勿論だ。だから私はこうして戻って来たんだ」
「それは当たり前の事だから胸を張って言える事ではありませんよ。貴方がどんな気持ちで国を出て放浪していたのかは分かりませんが、私がもしこのシルヴェン王国の国民だったら、あの国王はこんな時に何やってるんだって言いたくなりますから」
「ちょ、ちょっとアレットさん……落ち着いて」
しかし、アレットのセリフは止まらないばかりかミネットにも飛び火する。
「本当は貴女もそう思っているんじゃないですか? ミネットさん」
「え?」
「だって、まだまだ時間の掛かる復興作業には食事だって当然必要です。なのにこうしてこの国王陛下を連れ戻しに駆り出されている訳ですよね。これって腹が立たないですか?」
そのアレットの質問に対して、ミネットは無言で頷いた。
つまりそれは彼女もまた、この放浪癖のある国王に対して相当頭に来ている証拠だった。