809.風
「最後にここの様子を見に来たのって、大体どれ位前の話なんですか?」
「つい先週だけど」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。この闘技場の近くを通り掛かった時にまだ城に戻る前に時間がありそうなら、今回と同じ様に鍵を開けて中の様子を見る様にしていたんだ」
しかし、メンテナンスが無い日でもイベントで使われる事はあるのでその時は見回りをスルーしていたフォンとニーヴァス。
それ自体は別に、メンテナンスが無いのに出入りしている人物が沢山居るのだから特に気にしていなかった。
だが、それがもしかしたら盲点だったのかも知れないとセバクターは考え始める。
「イベントの時に怪しい人物が紛れ込んでいても、大勢の人物を一人一人チェックして中に通すとなればそこまで時間は割けない。特にイベントとなれば人物のチェック以外にも多数の仕事があるしな」
だから怪しい人物を中に入れてしまって、何かを仕出かしていたと考えるセバクターだがフォンがそれに対して反論する。
「ただ……そこはきちんとこちらも不審者のチェックはしているんだ。少なくとも、今までこの闘技場の中で見つかった不審者を外に出して逃がしてしまったと言う報告は無い」
「今までは、だろう?」
「まぁ……それはそうだがな。でもこちらの警備体制は完璧だったと言える」
胸を張ってそう言い出したフォンに対し、まだ疑いの目を向けるのを止めようとしないセバクター。
それを見ていたドリスは、このままでは何だか話が悪い方向に進みそうなので、とりあえずこの闘技場の中を手分けして何か怪しい場所が無いかを探してみる事を提案する。
「ほらほら、そうやって話し合うよりもとりあえずこの中を色々探してみましょうよ。何か新しい発見があるかも知れないし!」
「そうだな……」
「なら丁度四人居るから、東西南北に分かれて色々と探してみよう。俺は北を探す。それからセバクターは西。ニーヴァスが南、最後にドリスが東だ。それで良いな?」
「はい!」
何か気になる事や物を見つけたら、すぐに誰でも良いのでお互いに報告する事。
そう決めた四人の中で、気になる物を見つけたのは東に向かったドリスだった。
(ここは……着替えの為の部屋だわ)
汗や血で汚れてしまった服を着替える為の部屋を見つけたドリスだったが、そこに入った瞬間に違和感を覚えた。
何故なら部屋には窓も何も無いのに、明らかに何処かから風が吹いているからである。
(うっ……何かしら、この風?)
そこまでの突風では無いにせよ、何故かこんな部屋の中に風が入り込んでいると言う状況を考えると、明らかにおかしいと思わざるを得ない。
何処からこの風が吹き込んでいるのかを確かめるべく、自分の感触を頼りに風が少しずつ強くなって行く方に従って足を進めて行く。
すると、部屋の奥に掛けられている服を着替える為の仕切りのカーテンの奥から風が吹き込んでいるらしいと突き止めた。
(こんな所から風が……? でも、このカーテンの奥には何も無い筈なのにおかしいわね?)
だが、その違和感はどうやら間違いでは無かったらしい。
経年劣化によってやや黄ばんでいる白いカーテンをめくってみると、その奥の壁の下に手を入れられるだけの窪みがあり、その奥から風が吹き込んでいるのが分かった。
「こ……これは!?」
形からすると、これもあの闘技場の中心に入っていた切れ込みと同じく明らかに人の手によって作られたものに間違い無いとドリスは察した。
とりあえずドリスは呼んで来た他の三人に、この窪みを見せてみる。
「こんな窪みって、前にここに来た時はありました?」
「いや、実はここまでは見ていないんだが……」
「はぁ!?」
まさかのニーヴァスからの衝撃的な発言。
もしやと思いフォンを見てみると、彼もまたバツの悪そうな顔をしている。
「さっき、何回もここに来ているって言ってませんでしたっけ?」
「え、あ……まぁ」
「その時には異常が無かったって言ってませんでしたっけ?」
「はい、言いました……」
思わず口調まで変わってしまったフォンを見て、これ以上責めるのは止めるドリス。
「もう……とにかくこんな怪しいものを見つけてしまった以上、この窪みをどうにかしたら何かが起きるのでは無いでしょうか?」
「ここを見る限りでは、この窪みにピッタリ合う様にかなり薄く手形がついている。となればここに手を合わせて……」
セバクターがその薄い手形に合わせて自分の手を使い、窪みをグイっと上に持ち上げてみる。
すると石造りのその壁のイメージからは思いもよらない程に軽く、そのまま上に向かって壁が押し込まれる形になった。
そしてその奥には……。
「これ、階段ですよね?」
「ああ。それも地下へと続く階段だ」
セバクターと一緒にそれを確認したドリスは、後ろを振り向いてニーヴァスに尋ねる。
「この闘技場に地下ってあるんですか?」
「いいや、そんなものは無い。あったらとっくに備品を置いたりして有効活用しているからな」
「だとしたら……これは誰かが造った階段と地下って事になりますよね?」
どうやら、この先で良からぬ事が行なわれているのは確からしい。
意を決して、四人は武器を準備してから地下へと続く階段を下りて行った。